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続続・御用猫  作者: 露瀬
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薔薇髑髏 19

「男爵」ヘイロンは、その二つ名の通り、元は貴族であった。南町の男爵家に生まれた彼であったが、幼少時より体格も大きく、貴族学校でも喧嘩は毎日の事、上級生や有力貴族との揉め事さえも、珍しくない男であったのだ。


 これ程に問題児であったヘイロンが、処分もされずに済んでいたのは、彼の男爵家が、医療関係について力を持つ家系であり、代々優秀な医師を輩出し、治療呪術についても、秘伝の法を編み出していたからであった。しかし、栄誉あるヴァーキス家も、彼の代になると、地場のやくざと手を組み、悪事に手を染め始めたのである。


 一通りの悪行非行は全てこなし、更には、医療用と称して違法な薬物を精製し、それを裏社会で捌くと、莫大な利益を生み出した。結果としては、それが現国王、グラフールの怒りを買う事になり、ヴァーキス男爵家は取り潰しとなったのであるが。


「……儂はな、元々、こっちの方が、性に合っていたのさ」


 もう、何度目になるかも分からぬ、過去の武勇伝を語りながら「男爵」ヘイロンは南町の縄張りを練り歩く。供に連れているのは、彼の信頼する右腕と、貴族時代から彼に付き添っている専属の護衛頭、そして、ふくろうから雇い入れた、腕利きの用心棒が二人ほど。


 薔薇髑髏とラキガ二、同時に相手取るには、少々、不安があるやも知れぬが、これ以上の護衛は、彼の小心さを笑われかねないのだ。返り討ちにしてやると豪語した手前、裏社会での評判を落とすような真似は、自尊心の高いヘイロンにとって、我慢のならぬ事であるだろう、ここ数日、彼等は同時刻、同経路にて、こうして釣りを続けていた。


「だから、何処の馬の糞かは知らねぇが、このヘイロンがな、舐められたとあっちゃあ、これはいけねぇ……ラキガ二もそうよ、切り刻んで、畑に撒いてやるのさ、いずれ、本当に馬の糞になるだろう」


 がはは、と笑うヘイロンに、彼の部下は追従するのだが、用心棒二人は、愛想笑いさえ浮かべない。こうしたヘイロンの大言壮語は、既に彼等の、飽き飽き、と、したところであるのだ。


 南町の夜は、微温い空気が裏路地に溜まっているようで、五人は首筋に汗を滲ませていた。こうして夜歩きするのも、既に四日目を迎えている、少しばかり、緊張感も失せてきたであろうか、とはいえ、談笑するのはヘイロンとその部下ばかりであり、付き合う用心棒達にとっては、なんとも、退屈な仕事であるだろう。


「ひゅう」


 なので、用心棒の一人は思った。隣から聞こえる、この音は、退屈に耐えかねた相棒が、口笛でも吹き鳴らしたものであろうかと。


「おい、マチス、真面目にやれ、これでも普段の倍、のっ! 」


 きいん、と高い金属音、同時に聞こえたのは、マチスと言う名の男が、倒れた音であろうか。


 続けて振るわれた一閃を、間一髪にて凌ぐ、細目の用心棒、どうやら、かなりの遣い手であるらしい。


「旦那ァ! こいつは、本気で割に合わねえぜ、追加で金を貰うからな! 」


「おお、やってみせろや、言い値指し値で構わねぇぞ! 」


 現れたのは、髑髏騎士。


 その名の通り、しゃれこうべを模した仮面を被り、白い服に黒いマントの出で立ちである。下顎の骨があるべき場所には、口元のみ素顔が露わになっているのだが、その口角は、きゅう、と、つり上がったままであり、笑ってはいるのだろうが、どうやら、声を発するつもりは無さそうである。


 何とも、余裕のある姿ではないかと、ヘイロンは、髑髏騎士に腹を立て、ひとつ挑発でもしてやろうかと、牙を剥きかけたのだが。


「……旦那、これは、いけねえ……早く逃げな、もう暫くなら、持たせてみせるから、よ」


 二、三度、剣を打ち合わせただけの用心棒は、しかし、途端に弱音を零し始めるのだ。


「はぁ? 何を言ってやがる、まだ始まったばかりだろうが、だらしの無ぇ……ラリー、手を貸して……」


「いいから逃げろ、喋らせるな、(はらわた)が溢れちまう」


 よくよく見てみれば、彼は片手で、自らの脇腹を押さえているではないか。顔色も青褪め、脂汗も浮いていた。


「お屋形様、お下がりを、私が残ります」


 ラリーと呼ばれた護衛頭は、腰の長剣を引き抜くと、用心棒の左に進み出た。これは、傷を負った側を守るつもりであろう。


「済まねぇ、ラリーさん、気を付けな、見たよりも斬撃が遅れて来る、こいつは、シャイニングソードじゃねえ……ロンダヌスの剣だ」


「承知」


 黒いマントを翻し、髑髏騎士が再び攻撃を開始する。迎え撃つは二人掛かりとはいえ、即席の連携である、腕は確かであろうとも、早々に息は合わせられぬであろうか。


「ヘイロン様、早く、こちらに」


 側近に手を引かれ、ヘイロンは、もたもた、と走り始める。残した二人が、死地に居るのは理解出来た、加勢したいとの思いもあったのだが、ラリーを始め、用心棒二人ともに、自らの身体で確かめた腕前であるのだ、その二人が、口を揃えて逃げろというのだから、これはもう、従う他には無いだろう。


 ちらり、と最後に振り向いたヘイロンの目が、宙に舞った丸い影を捉えた。


「ぎいぃっ! 」


 悲鳴は、押し殺した。


 南町の裏社会を取り仕切る彼が、大口を開け、女子供のように喚くなど、自尊心が許さないのだ。


 ただ、端から見る者があったとしたならば、太い足をばたつかせ、引き絞った口角に泡を吹き、迫り来る恐怖に顔を歪める、今のヘイロンを見る者があったならば、こう、口にしただろう。


「……みっとも無ぇな「男爵」ヘイロン! この屑が、今日がお前の、年貢の納め時だぜ! 」


 はう、と足を止め、周囲を見廻す彼の頭頂に、強い衝撃が走る。道脇の屋根から舞い降りた人物が、ヘイロンの脳天に、木剣を叩きつけたのだ。


 ぐりっ、と目を回し、白髪頭の大やくざは、顔から地面に倒れた。残されたヘイロンの側近は、主人を見捨て、尻に帆を掛けて逃げ去ってゆく。


 しかし、それも仕方の無い事ではあるだろう。


 何故ならば、目の前現れたのは、しゃれこうべを模した簡素な仮面に、黒いマントの怪人物、であったのだから。




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