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続続・御用猫  作者: 露瀬
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うでくらべ 14

 ハボック達との待ち合わせ場所は、西町にある「ばれん茶屋」という店であった。ここは、大井屋商会の傘下にある喫茶店であり、御用猫は、顔馴染みである商会長の大井スキットに頼み、午前中は、続きの三部屋ほど貸し切りにしていた。


「いえいえ、若先生の頼み事なれば、喜んで……大先生の所にも、近々挨拶に伺うと、宜しくお伝え下さい」


 少しばかり薄くなった頭を下げ、一も二もなく引き受けるスキットであった。ガンタカ事件の後、随分と、取引先を減らしたらしいとは聞いていたが、その分、家族に割ける時間が増えた様で、スキットの妻などは、以前より機嫌が良いらしいのだ。


 年始の挨拶には、家族で田ノ上道場に現れ、餅をついて近所に振る舞ったのだとか。


(ふぅむ、餅つきか、なんだか楽しそうだし、今度、やってみるかな……チャム、聞こえてるか?)


(へいへい、感度さんじょうでごぜーますよ)


(なんだそりゃ……あ、良好ってことか)


 いつぞや、卑しいエルフに襲われた彼女の、その艶めかしい喘ぎ声を思い出し、御用猫は、成る程、と納得する。しかし、何処に転がって居るのかは分からないが、相変わらずチャムパグンの念話は、大したものなのだ、雑音も入らず、頭痛も起こさない。


(そういえば、さんじょうも念話が得意だとか言っていたな……おい、おチャムさんよ、見えるか? あの三人だ、左から、赤、金、銀で頼む)


(うぃ、餅は、ヨモギが好きでごぜーますよー)


 二階の窓から、リリィアドーネに連れられた男女の姿を確認し、御用猫は、卑しいエルフとの接続を切る。六畳程の部屋には、真ん中に囲炉裏と、それを囲むように、穴あきの四角い机が置かれており、火にかけられた鉄瓶から、自分で好みの茶を淹れる仕組みになっている。内密な会話をするには、なかなか都合の良い店であるだろうか。


 既に人数分用意されていた、茶請けの小さな万頭を、ぽい、と、ひとつ口に入れ、御用猫は座布団の上に座り込むのだ。かすかに階段の軋む音が、皆の到着を告げていた。


「お初に、お目にかかります、ハボック ヘェルディナンド、と申します」


「辛島ジュートだ、宜しく」


 初対面の三人と挨拶を済ませると、各々が席に着く。御用猫と向かい合わせにハボックが、右側の席には、ラースとニムエが並んで座り、最後に残ったリリィアドーネは、なにやら、逡巡していた様子であったのだが、ぽんぽん、と、御用猫が、自らの隣の座布団を叩くと、顔を赤らめながら、そこに腰を下ろすのだ。


 少しばかり、近過ぎる座布団の位置を気にした様子で、なにか居心地悪そうに、視線を彷徨わせ、もじもじ、と身体を揺する串刺し王女の姿に、ラースもニムエも、驚きを隠せないようであった。御用猫にとっては、普段と変わらぬ彼女の行動であったのだが、確かに、それを知らぬ人間には、珍しくも、意外であった事だろう。


(ほう、串刺し王女といえど、年頃の娘、という訳か……そういえば、辛島ジュートは、アルタソマイダスとも恋仲だと聞く……最初は、何の冗談かと思ったが、こうして対面すれば、分かる話だ、堂々とした立ち居振る舞い、剣の腕も立ち、王女からの信頼も厚く、なにより、顔立ちが、まことによろしいのだ、あの銀髪など、どうだ、まるで、貝の裏側のようではないか……まこと、絵になる男だ、それにひきかえ、私など)


「……内面の醜さが、滲み出ているのだろうな、なんとも、醜悪な面構えではないか」


「ハボックぅ!?」


 がたり、と立ち上がったラースが、友の頭を押さえつける。いつでも動ける様に待機していたのであろう、なんとも素早い初動であった、眉を寄せたリリィアドーネが、言葉を放つ暇さえなかったのだから。


「ね……辛島殿、この男は、少々変わっているのだ、今のは、どうか、聞き流して……」


 はっ、と、御用猫の腿を押さえ、リリィアドーネは、慌てて弁明するのだ。無礼なハボックの発言に対する怒りよりも、彼の機嫌を損ねたであろう事に対する、申し訳の無さが勝ったのだろう。


「……お前、ハボックとか言ったな」


 しかし、当の御用猫は、別段、気にした様子もなく、向かいに座る男の顔を、じっと見つめ。


「ちょいと、自分を卑下し過ぎだな……聞いてるぞ、ダラーンを土下座させたそうじゃないか、大したもんさ、自信を持てよ……あと、思ってる事は、一度、全部口に出してみろ、今よりは、誤解されずに済むだろうよ」


 笑って、そう、告げたのだ。


「む、私が……ですか? 声に出していなかった、と? 」


「なんだ、自分で、気付いて無かったのか? はは、確かに、噂通りの変人だ」


 これは傑作、と、笑い続ける御用猫に、女性二人が顔を見合わせる。


「え、なんすか、辛島さん……ひょっとして、心とか、読めたり、とか、するんスか? 呪い? 」


 ひとり、青い顔のラースは、友人の背後に身を隠すのだが。その時、ハボックの肩に乗せた彼の手は、その身体が、小刻みに震えているのを感じ取った。


「まさか、残念ながら呪いは、からきし、なんでね、だが、見れば分かるよ……なぁ、ハボックよ、これには気付いてるか? お前は、随分と顔に出る、性質、のようだな」


 微妙ではあるが、彼の顔は、ころころ、と、実によく変わるのだ。無表情なみつばちを見慣れた御用猫には、ハボックの僅かな表情の変化も、その心情を、雄弁に語っているようにさえ、思えたのだ。


「喋る前に、妙な間もあるしな……回転が早いのか? まぁ、これからは気を付けろよ」


「そう! そうなんスよ、こいつ、頭は良いんだけど、余計な事ばっかり考えてやがるから……口数も少ないし……あいや、流石ですわ、流石は名誉騎士どの、分かる人やわー」


 ハボックの背後から、滑り込む様に、御用猫の隣に移動し、ラースは拳を差し出してくる、ごつごつ、と、それを打ち合わせ、最後に、二人は、ぱぁん、と、互いの手を打ち鳴らした。


「いぇーぃ」


「やー」


 ワハハ、と、笑い合う二人に、付いて行けぬのか、リリィアドーネとニムエは、それを眺めるばかりである。一方、ハボックといえば、その震える肩を、両の腕でかき抱き。


「私と! 決闘して頂きたい! 」


 くわ、と目を剥き、大声にて叫んだのだ。


「え、やだよ、面倒くさい」


 しかし、御用猫の方は、いつもの返答である。鉄瓶から、焙じ茶の急須に湯を注ぎ、二、三度回してから、自分の湯呑みに注ぎ込む。


「私は! リリィアドーネ殿に求婚しました! 」


「そうなんだ、やるじゃん」


 ずずっ、と茶を啜り、御用猫は、その、余りの熱さに顔を顰める。いや、これは、腿に乗せられたままの、リリィアドーネの指先に、力が加えられた為であろうか。


「……何故ですか、私は、駄目なのです、このままでは……生きているとも言えぬのです……このような……私の、生きる意味とは……」


 がっくり、と項垂れるハボックに、ラースが目を送る。その目に浮かぶ感情は、しかし、哀れみや同情では無い、むしろ、羨望、といった方が、近いであろうか。


「ふぅむ……これは、ちと、込み入った話になるかな……リリィ、済まないが、どうやら、ちょいと時間がかかりそうでな……河岸を変えたいと思うのだ、ここは、男衆だけで話させてくれ、沽券に関わる問題だからな、女には、聞かせたく無い話であろう……構わぬか? 」


「え、うん、はい、分かった」


 腿に載せたままの手を、ぎゅう、と御用猫に握られ、リリィアドーネは耳まで赤くすると、頷いたままに俯いてしまうのだ。


「スキットには、迷惑をかけられぬからな、ここは時間まで、女同士で寛いでおいてくれ……さて、行くぞハボック、と、ラースだったか、どこか静かな場所に案内してくれ」


「あい、それなら、お任せッスよ、西町は、もう、俺っちの庭みたいなもんですからね」


 二人掛かりにハボックを立たせると、男達は、女性陣に背を向けるのだが。


「……ねえ、ラース? 分かってるわよね? 」


 背後にて、表情の見えぬニムエの、深く、低く響く声に、それに込められた、余りの圧力に。


 ラースばかりか、御用猫まで、どきり、と、肩を震わせたのだった。


 


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