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続続・御用猫  作者: 露瀬
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うでくらべ 13

 リリィアドーネは、深く後悔していたのだ。


 先程は、自分以外の者と仲睦まじく戯れる御用猫を見て、嫉妬心から、思わず責め立ててしまったのだが、これは、いかにも迂闊な事であったろう。何しろ、これから彼には、非常に厄介な頼み事をせねばならぬのだから。


(ぐぅ……この為に早朝から足を運んだというのに、久し振りに、朝食も用意したというのに)


 少々、打算的かとも思えたのだが、彼女は、男の為に朝早くからマルティエを訪れ、食事の用意をしていたのだ。薄切りにしたハムに卵を落として蒸し焼きにしたものと、簡単なスープに、自宅から持ち込んだ手製の塩パンのみであったのだが、しかし、これは、以前の彼女を知る御用猫にしてみれば、まことに、驚きであっただろうか。


「むぅ……美味いな、見事なものだ、なんと、手慣れてきたものだなぁ」


「そ、そうか? 良かった……実はな、毎日とはいかぬが、叔父の家でも、料理は続けていたのだ」


 嬉しそうに破顔するリリィアドーネを見て、ほう、と、御用猫は素直に感心する。最初、料理を作ったと言われた時には、反射的に、胃が縮むような恐怖感を覚えたのだが、どうやら杞憂であったようだ。


 味に卑しいチャムパグンさえ、口に運べば、嫌がる事なく食い付き、満足そうに頬張っているのだ、もう、こちらの方は及第点であろう。


(まぁ、キャベツの千切りが、全て同じ幅なのが、恐ろしいといえば、恐ろしいかもな)


 しゃきしゃき、と、顎の内側に音を鳴らしながら、御用猫は、ぼんやりと、そのような事を考えていたのだが。


「……それで、何か用事があるんじゃないのか? 制服を着てるからには、休みって訳じゃ無いんだろう、話なら今聞くが」


 今日の彼女は、テンプル騎士団の白服姿であるのだ、今は椅子に掛けてあるが、濃緑のローブも持参している、料理も終わり、冬用のジャケットを着込んでいたのだが、相変わらず、下は短いスカートのままである。


 これは、最近になってアルタソマイダスから聞いた話であったのだが、いかにも頭の固い、ふしだらな事を嫌うリリィアドーネが、女性用のズボンを選択せずに、こうして扇情的な恰好をしているのは、シファリエル王女に命じられた事なのだという。


「ねえ、リリィ、側仕えするには、見栄えも必要なのよ? こっちを履いてちょうだい」


 といった理由らしいのだが、おそらく、これは、揶揄われているだけであろう。しかし、近衛騎士団長であるアルタソマイダスが、笑いながら着替えてきた為、こうして、その美しい脚を、二人して晒す事になったようだ。


(まぁ、確かに、どちらも外見は良いのだ、王宮でも、さぞかし、目の保養になっているだろう……近付きさえ、しなければな)


「う、うむ、それなのだがな……少し、猫に頼み事があって……な、なに? どうしたの? 」


 知らぬ間に、少々不躾な視線を、彼女の脚に送っていたのだろう、リリィアドーネはスカートの裾を掴んで、膝を擦り合わせていた。気にするな、と笑ってみせると、御用猫は、続きを促す。


「わざわざ、登城前に立ち寄ったからには、何か急ぎの用なのだろう? 遠慮せずに、言ってごらんよ」


「う、む……その、な……」


 リリィアドーネは、覚悟を決めて、口を開く。しかし、心の中では、祈るような、気持ちであったのだ。




「あぁ、構わないぞ」


「す、済まない、やはり、そうであるな、このような事、お前が嫌うのは分かっていたのだ、悪かった、忘れてくれ、元々、私とて反対して……へぁっ!?」


 なので、彼女が、些か間の抜けた声をあげたのも、当然であろうか。リリィアドーネの知る御用猫は、こうした頼み事に、普段ならば、やれ面倒だ、やれ気が乗らない、と、いかにも腰の重い男であったのだから。


「ほ、本当、に? 」


 恐る恐る、確認する彼女であったのだが、問いかけた相手は、膝の上に抱いた子エルフを撫でながら、爽やかな笑みを返してきたのだ。


「なんて顔をしてるんだ、当然だろう、可愛いリリィのお願いを、俺が無碍にした事があるか? 」


「ぎゅぅ」


 膝を抱えて、蹲ってしまったリリィアドーネは、もう、もう、と、頭を振りながら身をよじる。


「……先生ぇ、たしか、あったんじゃねーですかね? 」


「奇遇だな、俺もそう思う」


 うはは、と、笑い合う二人を眺めながら、さんじょうは思うのだ。


(……うん、やっぱり、私は間違ってない)




「でも、本当に、大丈夫なの? その、話を持ち込んだ私が言うのも、おかしな事なのだが……ハボックという男は、何と言うか……随分と、変わり者でな、その、猫に、迷惑をかけてしまうかも知れぬのだ……何度叱っても、決闘するのだと、聞く耳も持たぬし……」


 店を出た所で、リリィアドーネは振り返り、なんとも申し訳なさそうに、眉根を寄せてみせる。もう、二度も別れの挨拶を交わしているのに、何やら、不安げな表情にて、ちらちら、と、上目遣いに、御用猫の様子を窺ってくるのだ。


(やれやれ、心配性なやつめ……どれ程の変わり者かは知らないが、まぁ、志能便共に比べれば、可愛いものだろう)


 このままでは、らち、が明かぬとばかりに、御用猫は、リリィアドーネの身体を抱き締める。一瞬、びくり、と、全身を震わせ、しかし、直ぐに彼女は、肘から先を戦慄かせ、果たして、抱き返すべきか、それは、はしたないだろうか、と迷い始めるのだ。


「なに、心配はいらぬさ、任せておけ、リリィにも、頼まれれば、断りにくい相手が居よう……男が格好をつけると言うのだ、たまには好きにさせるのが、良い女、というものだぞ」


「……うん、ありがとう」


 御用猫の腰に、いかにも遠慮がちに、そっと腕を回し、こつん、と額を預けたリリィアドーネであったのだが。直ぐに身体を離すと、とびきりの笑顔を満面に浮かべ、フードも目深に、王城へと走り出した。


 御用猫は、小さく手を振り、それを見送ると、こきこき、と首を鳴らし。


「しかし、これは丁度良いな、テンプル騎士が三人も向こうからやって来るとは……城まで行くのは面倒だったし……なぁ、おチャムさんよ、ひとつ頼まれてくれないか? 」


「うわぁ、相変わらずひでー男でごぜーますね、余韻とか無いんですか、甘い空気もぶち壊しやで」


「……私も、そう思います」


 振り向いた御用猫は、しかし、さして気にした様子も無く、卑しいエルフを抱き上げる。


「まぁ、そう言うな……簡単な仕事だよ、ちょいと変装したいだけなんだが、テンプル騎士相手だと、お前の呪いでなければ、見破られる可能性があるからな」


 持ち上げられ、左右に振られる卑しいエルフは、しかし、卑しい笑みを、その端正な顔に貼り付ける。


「うーん、やってあげてもいいんですけどね……最近、飯を食わせりゃ言うこと聞くだろうと、軽く考えちゃ、いませんかねぇ」


 げすげすげす、と卑しく笑う卑しいエルフは、両足で御用猫の腰を挟み込む。


「むう、相変わらず卑しいやつめ……いいだろう、今夜は、さんじょうを抱き枕にする権利をやる」


「のった」


「ちょっと! 」


 きゃいきゃい、と、じゃれ合いながら店に戻る二人に、手を伸ばしたまま固まるくノ一は。


「……姉様、早く、帰ってきて」


 ついに、ほろり、と、涙を零したのだった。





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