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続続・御用猫  作者: 露瀬
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薔薇髑髏 7

 晩七の店を出た御用猫は、真っ直ぐに、王宮を目指していた。当然に、気は進まぬのであったのだが、アルタソマイダスからの伝言には、これを断れば、色々と、面倒な事が起こるであろうと匂わせる言葉も、添えられていたのである。


 足取りも重く、蒼天号の廊下を進んだ彼は、近衛騎士団長の私室の扉を前に、何度か深呼吸をしてから、ゆるゆる、と、それに手を伸ばし、半分ほどに押し開いたのであったが。


「……申し訳ありません、部屋を間違えました」


「間違えてはおらぬ、近うに」


 くるり、と、背を向けた御用猫に、言葉を投げたのは、クロスロードの国家元首、その代理である、シャルロッテ ジ オ ロードスルサス、であったのだ。


 部屋の中央に、仮の玉座を据え、その両脇には、アルタソマイダスとアドルパスが控えている。これは、何かの間違いであろうと断じた御用猫であったのだが、その姿を目にしてしまえば、その声を耳にしてしまえば、やはり、中に立ち入り、膝をつく他にはあるまいか。


「辛島ジュート、参上仕りました、この様な場所にて、殿下に拝謁叶いましたこと、まこと、恐悦至極に御座います」


「うむ、今回のそなたの働き、既に耳にしておる、ナローでの野盗征伐、ご苦労であった」


 御用猫は、さらに深く頭を下げる。しかし、万が一にも、その渋面を誰かに悟られたならば、無礼打ちは免れまいか。


「辛島ジュートよ、ナローの領主より、貴公の働きぶりを讃える手紙と、嘆願書を預かっておる、麒麟パイフゥ騎士団団長からも、感謝の言葉が寄せられたぞ」


 普段と違い、声量を抑えたアドルパスの言葉には、少しだけ、楽しげな響きも感じ取れたのであるが、これは、おそらく、突然の事に戸惑う御用猫の姿を見て、してやったり、との感情が働いたのであろうか。


(おのれ、アドルパスめ、帰りに酒を、強奪してやるからな)


「有難きお言葉にございます、しかし、場を収める為とは言え、殿下のご威光と、クロスロードの名を出した事、己の力不足に、恥じ入るばかりであります」


「よい、無辜の民を救わずして、何が聖騎士か……そなたに預けた私の信は、その様に遣うべきである」


 はは、と平伏する彼の姿は、まさに、頭を地に付けんばかりである。必要以上に視線を合わせぬ御用猫には、分からぬ事であったのだが、もしも、目を合わせていたならば、シャルロッテ王女の表情には、僅かばかりの、不満の色が見てとれたであろうか。


「……面を上げよ」


 どきり、と背なを震わせる御用猫である。何とか、やり過ごそうと思っていたのではあるが、確かに、最後まで頭を下げたまま、というのも、些か不自然な事ではあるだろう。


 彼は、務めて、真面目な顔を作り出すと、不敬に当たらぬ程度に、王女の顔に視線を向ける。王宮に住まう妖怪達にすら「目を合わせれば野心を忘れる」とまで言わせる彼女の美貌ではあるのだが、御用猫にしてみれば、雲の上の、そのまた上、成層圏の存在であるのだ。


 その、柔らかな銀髪も、碧眼も、透き通る程に美しいとは感じるものの、それは何か、天然自然の絶景を目にした時のような、現実味の無い、漠然としたものなのである。


「労いの言葉も、こうして目を合わせねば、届くまい……これからの働きにも、期待する」


 再びに頭を下げる御用猫の脇をすり抜け、王女は、アドルパスに先導されて、部屋を後にした。




「はあぁー、くそう、おのれ、アルたそよ、謀ったな……妙に待たされたとは思ったのだが……もう良い、もう此処には来ないからな、きーまーせーんー」


 大きく息を吐き出すと、御用猫は、絨毯の上に、うつ伏せに身体を伸ばす。流石に、近衛騎士団長の私室である、絨毯の素材も高級なものではあったが、少々、傷んではきているだろうか。


(相変わらずに、倹約家だな……)


「そうだ、アルたそ、絨毯要るか? ナローでな、商人の知り合いも出来たのだ、館の方も傷んでいるだろう、一枚くらいなら……おい、見られたら困るんじゃ無いのか? 」


 すとん、と彼の隣に腰を下ろす剣姫に、首だけを巡らせ、御用猫は声をかける。


「寝そべってる人に、言われたくは無いわね……あと、無駄遣いになるから要らないわ」


「そうか、なら、何か別の物を……」


「薔薇髑髏について、調べさせているそうね? 」


 うつ伏せに身体を伸ばす御用猫の、背中を押しながら、アルタソマイダスは問いかける。どうにも彼女は、半ば無意識に、彼の身体を触る癖があるようだ。


「ん? あぁ、そうだな、一応な……縄張りを荒らされるのは、好きじゃ無い、取っ捕まえて、説教くらいは、してやりたいのさ」


「言っておくけど、賞金は掛けられないわよ? 殺してるのは、悪党ばかりだし、なにより証拠が無いもの……それに、市井での評判も高いのよ、一部では、名誉騎士の仮の姿だ、なんて言う者もいるわ」


 御用猫は、アカネの報告書を懐から取り出し、アルタソマイダスに放り投げる。此処に来るまでに、目は通しておいたのであるが、確かに、薔薇髑髏に殺された人物は、やくざや高利の金貸し、悪徳商人ばかりであるのだ、それに最近では、不殺の人助けもしている様子である、個人賞金ならば兎も角、国からの懸賞金を掛けるのは、難しいのかも知れない。


「……念の為に聞いておくけれど、貴方に、関わりは無いのでしょうね? 」


 御用猫の背中を撫でていた、アルタソマイダスの手が、ぴたり、と止まる。当然に、そこは、彼の腎臓の上であった。


「無ぇよ、あと、そこは、つぼじゃ無いですから、やめてください」


 そう、とアルタソマイダスは呟くのだが、どうやら、その件に関しては、余り興味も無い様子であるのだ。彼女は、御用猫の急所から手を離すと、ごろり、と彼の隣に身体を伸ばす。


「……見られたら、困るんじゃ無いのか? 」


 近衛騎士団長ともあろう者が、なんと弛んだ事であろうかと、呆れた様に言う御用猫であったのだが。


「そういえば、貰った事が無いわ」


「……何を? 」


 彼女の返しは、なんとも、理解に困るものであったのだ。寝転んだままに、片眉を上げる御用猫は、意味が分からぬと、訝るような視線を、アルタソマイダスに送るのであったが。


「やっぱり、装身具がいいわね」


「だから何を? 」


「贈り物」


「……無駄遣いは……はい、何でもありません、可愛いの選んできます」


 ぐみっ、と腎臓の辺りに圧を感じた御用猫は、一瞬にして笑顔を作り出すのであったが。


(……はん、装身具か、よし分かった、仮面でも叩きつけてやろう)


 この鉄面皮には、丁度良いであろうかと、彼は、そう、心の内に決意するのであった。




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