薔薇髑髏 6
「そうかい……ケッサの奴は、死んじまったかい……」
東町の口入屋「早晩一件」の茶室にて、御用猫は、晩七と向かい合っていた。彼は、早朝からの訃報に、少々俯き、ひとつだけ溜息を零すのだが、依頼主として、仕事の結果については、これといった文句も無い様である。
「もうちっと、早くに、若先生に頼むべきだったなぁ……」
「田中ケッサとは、古い知り合いであったのか? 」
晩七からの依頼は、あくまで、草原の迅雷という、野盗の退治なのだ。これが、田中商会の護衛といった仕事だったならば、御用猫としても、報酬は受け取れぬところであったろう。
「そうでも無いんだが……あいつの親父には、ちょいと縁があってな……まぁ、随分と跳ねっ返りの餓鬼であったし、遅かれ早かれ、こうなっていたのかもなぁ……」
そういえば、ランゲも、そのような事を言っていたであろうか、と、御用猫は思い出す。ペドロもそうであったが、ナロー人にしては珍しく、二人共に、向上心の、些か強過ぎる人間であったのだとか。
「まぁ、今となっては、詮無い話か……いや、若先生にも、手間をかけさせちまったよ、お詫びと言っちゃ、なんだがな、報酬には、色をつけといたからよ」
「ん、それは有難い……最近、また大飯食らいが増えてしまってな」
「……聞いてるわよ、まぁた女を連れて帰ったんだって? 相変わらず、お盛んなことだね」
からり、と襖を開けたのは、赤みの強い金髪に茶目、泣き黒子の色年増であった。大きく胸元を開けた赤い小袖の合わせ目からは、二つの膨らみが顔を覗かせている。
「アカネか、久し振り、どした、何か用事でもあるのか? 」
「用事が無けりゃ、声なんか掛けないよ……あんたのとこの、あの、五月蝿い小娘いたろ、あれに、渡しといてくれよ」
これは、間違い無く、サクラの事であろう。ぽい、と投げ落とされた手紙の様な物に、視線を向けた御用猫であったのだが、しかし、その顔には、疑問符が浮かんでいたのだ。
「……おい、あんたが調べさせてんだろ? 繋ぎくらいしなよ、例の、薔薇髑髏の事、纏めてあるからさ」
「あぁ、そういや、そうだったな……いや、あれ? サクラに頼んでは、無かった筈だが」
御用猫の疑問も、もっともではあるだろう。リチャードとみつばちには、確かにそのような事を頼んだ記憶もあったのではあるが、となれば、あの、お転婆な啄木鳥少女が、勝手に首を突っ込んできたものか。
しかし、彼の言葉を聞いたアカネは、うなじの辺りを掻きながら、露骨に顔を顰めてみせる。
「あのさぁ、言っとくけど、あんたが何か調べさせるとさぁ、あの小娘は、必ず食い付いてくるんだからさぁ……回り回って、私が子守する事になんのよ、その辺り、分かってる? 全く、最初に面倒みたせいで、妙に懐かれちまって……迷惑してるんだよ、こっちはね、ほんとにさぁ」
確かに、迷惑そうな表情ではあるだろう。しかしながら、この女は、もしも本気で面倒ならば、サクラなど、全く相手をしないだろう、彼女は、そういった性格なのだ。
なので、それを知っている御用猫は、少しだけ、頬を緩めてみせた。
「そいつは悪かった、サクラには、金輪際、アカネに付き纏うなと、きつく言っておくよ……しかし、そうか、迷惑であったか……なんだか、ちょいと、可哀想な気もするなぁ……彼奴はいつも、アカネさん、アカネさん、と、あんなに頼りにしていたのになぁ……」
「……別に、仕事なら、構わないよ……ちゃんと金は、貰ってるし……」
つい、と嘴を尖らせ、アカネは顔を背ける。
「そうか、分かった、仕事以外では近付くな、と言っておくよ」
「いや……別に、面倒なだけで、嫌っては無いよ……素直な子だし……」
「わはは、なんだそりゃ、アカネよぅ、年増が捻くれても、可愛くねぇ……」
最後まで言い終える事なく、晩七の額に、湯呑みの蓋が命中した。木製だとはいえ、手加減無しに投げ付けられた、それは、かなりの衝撃であったろうか。
そのままに揉み合う二人に手を上げると、笑いながらに、御用猫は立ち上がる。
「なんだい、もう帰るのかい」
馬乗りになって、晩七の頬肉を摘むアカネは、首だけを御用猫に向けた。すっかりと乱れた着物の裾からは、肉付きの良い脚が放り出されている。
「あぁ、ちょいと今日は忙しくってね……また、顔出すよ」
「あぁ、それで思い出した、いのやにも顔出しなよ、カンナが布団齧ってるらしいからさ……いのさんが、困ってるんだと」
御用猫は、それには答えず店を出る。
暴れる二人が騒がしかった所為で、良く聞こえなかったのだ。
彼は、そう、思う事にした。




