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続続・御用猫  作者: 露瀬
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血風剣 迅雷 20

 轟半蔵田が、こと切れるまで、長くはかからなかった。鼻を中心に数度の打撃の後、喉仏に親指を差し込んだ御用猫は、呼吸困難に陥った男の眼球を潰し、立ち上がって無防備な金的に踵を落とす。


 呻きながらも、反射で身をよじる半蔵田の背後に回ると、御用猫は、首を捻って、とどめを刺したのだ。処理するまでの時間は、十秒にも満たないだろうか。


 何とも残酷であり、機械的な手順であったのだが、しかし、これは、ペドロ一家を無残に殺害した半蔵田に対する、報復などでは、決して無い。御用猫は、それ程に、この、東方の武士を警戒し、持てる力と技術を総動員して、確実に仕留めただけの事なのである。


 半蔵田と対峙して、彼が優位に立てる機会は、今の一度きりであっただろう。もしも、途中で手を緩めたならば、反撃の機会を与えてしまったならば、今現在、こうして見下ろされるのは、御用猫であったに違いないのだ。


 まだ、息を吐く事もなく、野良猫は地面に突き立つ牙を引き抜く。言葉を無くした女達の方へ、ゆっくりと振り向き、最後の言葉を投げかけるのだ。


「……さあ、次は、そっちの答えを聞こう……降伏するか、死ぬか、二つにひとつ、だ……トロネよ、お前が選べ」


「それは、どっちも死ぬんだろうねぇ……」


 御用猫は、答えない。その沈黙が、返事になるであろうから。


「……分かっちゃいたけど、なんとも、無慈悲な終わり方じゃないか……悔しいねぇ……だけど、もう少しだけ、足掻かせてもらうよ……クシー、皆を連れて逃げな、アタシが時間を稼いで……」


 しゃらり、と抜剣した彼女は、御用猫を睨み付けたままに、最後の指示を出す。しかし、トロネ傭兵団の二番手であろう金髪の女は、幼馴染みである赤毛の首領の、その肩を、ぽんぽん、と優しく叩き、首を振るのだ。


「……馬鹿言わないで、今まで、ずっと一緒に、やってきたでしょう……今更ひとりになんて、させるもんですか」


 トロネは、彼女を叱りつけようと、思わず振り向いたのであったが、他の四人も、皆がみな、笑顔を浮かべているのを目にすると、遂に膝をつき、両眼から涙を零し始める。彼女達は、トロネを中心にして抱き合い、泣き続けた、それは、十五年も前に、焼け落ちた町から逃げ出した、その日の夜と、同じ光景であったのだ。


「姉さん……姉さん! ねぇさん! 」


 堪えきれずに飛び込んだドナも、姉にしがみ付き、一緒になって泣き始める。


「ごめん……ごめんよ、ドナ、こんな、お姉ちゃんで、ごめん……」


「好きよ! ずっと、大好きだった! これからだって、アタシは、大好き……ありがとう、大好き、ありがとう、お姉ちゃん……」


 それは、姉妹の別れであるのだ、卑しい野良猫には、黙って見ているしか、無いのである。彼は、血に塗れた自らの拳に視線を落とすと、溜め息をひとつ。


 彼女達に差し伸べるには、少々、汚れ過ぎであるだろうかと、そう、考えたのだ。





 ナローの中央広場は、珍しくも、人に溢れていた。今日は、長らく世間を騒がせた「草原の迅雷」一味の裁判が行われるのである。


 クロスロードの犯罪者は、法に則り処罰されるのだが、こうした重大犯罪や、罪を犯したのが貴族の場合には、公開裁判が執り行われる。大都市であれば、通常は専属の裁判官がいるのだが、そこは、牧歌的なナローのこと、大きな犯罪も久しく、裁判官兼務の領主である、ベリル ユニットも、些か緊張した面持ちであった。


 彼を中心に、数人の文官と、麒麟騎士達が机を並べ、その前に、トロネ達と草エルフの生き残りが並べられている。従士達が仕切る人の輪の、少しばかり内側には、御用猫達や、ランゲの姿もある、これは証人として招集されたものではあるが、事情の聴取は既に終えており、ここでの発言権は無い。


「それでは、判決を言い渡す! 「草原の迅雷」一味、首魁は既に討ち取られ、残党も全て捕縛してある、ナローの街道は安全を取り戻したが、彼奴等の畜生働きは、まことにもって許し難く、クロスロードの法に従っても、極刑しかあり得ぬ! 」


 少々太り気味の領主は、精一杯の威厳をもって、トロネ達に死刑を宣告する。周囲からは、割れんばかりの歓声が上がるのだが、御用猫の隣では、ドナが唇を噛み締め、俯いて肩を震わせるのだ。


(だから、来なくて良いと言ったのに……あぁ、気分が悪い……賞金の受け取りさえ無ければ、ランゲに任せられたものを)


 遣る瀬無い表情にて、重い息を吐き出す御用猫、その袖を、くいくい、と引く者がある。


「……猫ちゃん猫ちゃん」


「何だ、大人しくしていろ……というか、何しに来たんだ、チャムまで連れて……面白い見世物じゃ無い、と言ったであろう」


 面倒そうに袖を切り、御用猫は、黄雀を軽く睨む。少々苛立つ、今の彼には、この、ひまわりの様な少女の視線は、心に、ちくり、と突き刺さる、煩わしいものであるのだ。


 しかし、これは理不尽な苛立ちであろうか。煩わしいのが分かっているならば、連れて来なければ良かったのだ、ドナとは違い、参加する意味も無いのだから。


「助けてあげて」


 少女の視線は、やはり、真っ直ぐなものであった。卑しい野良猫の様に、自らの生まれを恥じる事も無く、その手の汚れに、引け目を感じる事も無い。


「……助ける、理由が無い」


 言い訳を探して生きる野良猫とは、やはり、違うのだ。


「あるよ、だって、筋が通ってないんだもの、猫ちゃん、そーゆうの、嫌いでしょ? 」


「……嫌いといえば、そうだろうが、これは、俺が通す筋じゃ無いだろう、それこそ筋違いだ」


 確かに、トロネを救う方法はある。彼女は迅雷に手を貸していたとはいえ、まだ、直接に、誰かに被害をもたらした、という訳でも無いのだから。


 もちろん、罪は罪であるし、あの場に、チャムパグンと黄雀が居なければ、御用猫とドナ達は、殺されていただろう。これは、あくまで結果論ではあるし、ナローの住民感情を考えるならば、到底許される事では無いのだ。


 とはいえ、厳密に、クロスロードの法に照らして考えるならば、北の開拓地で、数年の強制労働が、妥当なところでもあるだろう。しかしながら、御用猫は、あくまで賞金稼ぎ、法律家でも、弁護人でも無い。


「きいちゃん、勘違いするなよ……良いか? 俺はな、ただの……」


「……正義の味方、だよ? 今は、ほら」


 黄雀は、つるり、と御用猫の傷を撫でる、そう言えば、変装の為に消したままだと、彼は思い出すのだ。彼女の向こうからは、げすげすげす、と卑しいエルフの笑い声も、響いてくる。


「先生ー、御用猫の先生ぇー……今回、あっしはね、ずいぶん働いたと思うんですがね? 主義を曲げてまで、きぃちゃんの治療もしたんですわ……これは、大変な貸しですわ、先生が苦労するのを見て、笑わなけりゃ、収まりませんわ、いいからやれよ」


「くそう、腹立つなこいつ」


 周囲からは、ナロー領主と、麒麟騎士団を讃える声が沸いている。ベリルがこれを収め、判決を神に届ければ、裁判は終わり、罪人は引き立てられるのだ。


 ふと、ドナの方を見れば、彼女は胸の前で両手を組み、御用猫の方を見詰めている。半開きに震える唇は、この後に及んでなお、彼に、それを言うべきか、言わざるべきか、迷っているのだろう、なんと、真面目な女であろうか。


 ぎゅう、と閉じ、それを開いたドナの目端から、涙が一雫、零れ落ちる。


「……おねがいします……姉さん、を、助けて……おねがい……」


「……ああ、くそっ! 」


 乱暴に頭を掻き毟る御用猫は、額に手を当て、天を仰いだ。もう、これは、仕方の無い事なのだ、この悪魔達の包囲網からは、逃げ出せる筈もない。


「ドナ、この貸しは、高くつくぞ……貴様の身体で、返して貰うからな! 」


 御用猫は勢い良く立ち上がると、大きく息を吸い、それを全て、言葉に込めて吐き出した。


「異議あり!!」


 突然の大声に、広場の歓声が掻き消され、代わりに、さざ波のようなざわめきが広がってゆく。警護の麒麟騎士が数名立ち上がるが、しかし、御用猫に動きが無いと見て、領主に判断を仰ぐ。


「な、何じゃお前は、ああ、証人か、だが、お前達に発言権は無いぞ、騒がず黙って座っておれ」


 小さく跳ねた口髭を、落ち着き無くしごき、ベリルは御用猫に言い放つ、少々、神経質そうな男であろうか。


(ん、これならば、問題無いか……聞く耳持たぬ、という訳では無さそうだ)


「重々承知、しかし、私とて名誉ある騎士の身、過ちは見過ごせません、ここは、敢えて言わせて頂きたい! 」


「何だと、無礼な……貴様のような奴は知らぬぞ、何者か、名を名乗れ! 」


 麒麟騎士の責任者であろうか、老齢に差しかかる頃の男が、机を離れ、御用猫に歩み寄る。若い騎士達もそれに続き、抜剣する者も現れた、周囲の観衆からは、どよめきが生まれ、平和なナローでは、滅多に味わえぬ興奮に、皆が心を躍らせ始めるのだ。


「ええぃ、ひかえひかえー、ひかえおろーぅ! 」


 ぴょいん、と飛び出した黄雀が、些か間の抜けた声音にて、周囲に手を振り始める。水着姿の彼女が注目を集めた所で、卑しいエルフが、懐から印籠を取り出し、高く掲げてみせるのだ。


「この紋所が、目に、入らぬかぁ! 」


 ずかずか、と進んで来た老騎士は、しかし、チャムパグンの突き出す印籠に目を眇め、そして、次の瞬間には、大きくそれを剥いて、尻餅をつくのだ。


「はっ、がっ、け、剣十字金剛石雷鳥、の、紋章……まさか」


 雷鳥の紋は王家の印、そこに捧げた剣と、与えられた栄誉の石は、クロスロード広しといえども、たった一人にしか、持つことを許されぬ紋章なのである。


 今となっては、知らぬ者も居ないであろうか。老騎士の呟きに、周囲の騎士達も足を止め、まさかまさか、と互いに顔を見合わせるのだ。


「こちらにおわすお方をー、どなたと心得る! 」


「かの名誉騎士! 」


『からーしまージュートにー、あらせられるぞー! 』


「……それ、練習したの? 」


 しん、と静まり返るも、一瞬の事に、観衆から、驚嘆の叫びが発せられるのだ。その、余りの歓声に、御用猫は顔を顰める、これは、迂闊であったかと、一時の気分の悪さを消す為にしては、些か、代償の方が、大きいのではなかろうかと。


 そう、思い始めていたのであった。





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