うでくらべ 12
「生きる事に、意味を見出してはならない」
焚き火にかざした刀身に、綿で油を塗り付けながら、男は呟いた。先程までは、あれほどに、ささやかであったこの炎も、次々と燃料を投げ込まれ、今では、めらめら、と盛んに燃え上がっている。
「何だよ、藪から棒に」
そう返した少年は、懐から取り出した布切れを眺め、一瞬、眉を顰めると、赤黒く染まったそれを、焚き火の中に投げ込むのだ。
「一本、筋の通った人間は、確かに揺らがぬだろう、夢を追う者は、確かに諦めぬだろう……だけど、それは、硬い強さなのさ……妥協を許さぬ者は、別の可能性に気付けぬだろう、何かを追い求めるならば、何かを捨てる事になるだろう」
焦点のぼやけた様な瞳にて、刀身を眺める男の顔は、何を考えているものか、何を見つめているものか。
「お前の偏った持論は良いけどさ、それは、こんな血生臭い場所で、考える事かねぇ」
むせ返る様な血臭は、風の通らぬ林の中に淀み、その濃密さは、獣さえ近寄らぬ程であるのだ。何しろ、武装した侍達が三十人、周囲に転がっているのだから。
だが、これはあくまで、少年に数える事のできた人数である。彼が斬り倒したのは十四人、しかし、戦いながらでは、目の前の男に倒された人数は、十六人までしか、確認する事が出来なかったのだ。
「だからこそ、さ」
いつもの澄ました顔に戻った男は、少年に目の焦点を合わせると、今度は、嫌味を充分に乗せた笑顔を作ってみせる。
「……お前、何人倒した? 」
「ぐっ」
周囲に転がる全ての死体を、少年は、敢えて数えなかったのだ。
「こいつが! 足手まといが居たからだ! 汚ねえんだよ、さっさと俺に押し付けやがって……こんな奴ら、俺一人でだって、幾らでも殺れたんだ! 」
「それも、また、強さだろ? 出し抜かれたお前が、間抜けなのさ」
ぎりぎり、と奥歯を鳴らし、しかし、少年は、ひとつ溜め息を吐くと、手入れも途中に、愛刀を鞘に納める。どうせ、この太刀は錆びる事など無いのだ、血脂など吸わせてしまえば良いだろう、と、考えたのだ。
「……何故、護った? 」
「はぁ? 」
腰の後ろに両手を付き、足を放り出した少年に、男が唐突に問いかける。その眼は、普段よりも、少しだけ、鋭かったであろうか。
「……何でも糞も、こいつを届けるのが、仕事だろう」
「こんなもの、仕事とも呼べないだろう、有難くも着払いのうえに、届け先が彼女を受け入れるとも限らない、お前の嫌いな、ただの面倒事だよ……だのに、何故だ? 」
再び問われ、少年は答えに詰まるのだ。若くして運命に翻弄される、この不幸な女を、哀れに思ったからでは無い、ましてや、戦乱に喘ぐ民草の為に義憤に目覚めた、などと、この卑しい野良猫には、決してあり得ぬ事だろう。
「……知らねえよ、ただ、引っ付いてたから……何となく、だ」
「はは、なんとも野良猫らしい、頭の悪い答えだね……だが、それで良い」
楽しげに笑ってみせると、男は、なんたる事か、あれほど念入りに手入れしていた筈の愛刀を、ぽい、と、雑に放り投げたのだ。
「……俺はね、答えを見つけた気がしていたのだ……正と邪、陰と陽、表と裏……等しく併せ持つ者こそが、強い者だと……だけど、違った、真理に辿り着いた気になって、その実、やはり、分けて考えてしまっていたのだ……硬い考えであったのだ、つまるところ、俺はね……弱かったのさ」
「だから、知らねえよ、つか、そうやって、答えの無い事を、ぐだぐだぐだぐだ、と考えてるから、駄目なんだろ」
腰袋から取り出した干し肉に噛り付き、少年は、興味無さげに言葉を返す。すると、僅かに目を剥き、驚いた様子で口を開いた男は、しかし、言葉を発する代わりに、くつくつ、と笑い始める。
「お前は……女を抱いた方が良いな」
「なんでそうなる」
呆れた様に眉を顰める少年に、笑いながらも、立ち上がる男は、焚き火の側で寝息を立てる、黒髪の女性を、少年の隣に引き摺って移動させる。
「ほら、丁度良い、こいつは気を失ってるから、面倒も無いさ……やっておきなよ」
「なんでそうなる」
男は、遠慮すんなよ、と、少年の手を取り、仰向けに寝転ぶ女性の、その柔らかい胸に押し付けるのだ。
(む、これは確かに、もちもち、だな)
「んっ、先生……駄目です……ねえさまに、怒られちゃう……」
御用猫が、その柔肌を揉みしだくと、艶めかしくも悩ましげな、吐息の混じる、微かな声が耳に届けられる。
「んー? まぁ、大丈夫だろ、減るもんじゃなし……それに、これは日課みたいなもんだから」
確かに、最近では、これが無いと落ち着かぬ御用猫である。固過ぎず、柔らか過ぎず、なんとも絶妙な弾力を手の平に覚えながら、彼は少しづつ覚醒してゆく。
「え、でも、そんな、やっ、あっ、だ、駄目です! やっぱりだめぇっ! 」
「ぐふふ、ねーちゃん、なかなかいいモン持ってるやないか、おぉ? ここか? ここがええのんか? 」
「ふわぁ……む、チャム、お前、また人のシャツを咥えて寝たな? べたべたするから、止めろと言ったろう」
ぐにぐに、と、さんじょうの膨らみを揉みしだくチャムパグンの腹肉を揉みしだきながら、完全に目を覚ました御用猫は、再び、大きく欠伸をするのだ。
(こないだ、親父と話したからか……あまり、見たくはない夢なのだが、な)
半身だけ起き上がり両手を伸ばすと、早速に空腹を感じ、彼は、自らの、その卑しさに苦笑を零す。隣では、チャムパグンの執拗な責めに耐え切れず、さんじょうが、少々あられもない嬌声を上げ始めていた。
「ほら、いい加減にしろ、そういうことは、サクラかリリィにしてやれ、少しは育つかも知れないだろ」
「……何がだ? 」
咄嗟に、布団に潜り込んだ御用猫であったのだが、この様な薄布一枚で、串刺し王女の攻撃は防げまい。
瞬く間に引き摺り出された野良猫は、早朝から、硬い床の世話になる事になったのだ。




