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続続・御用猫  作者: 露瀬
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血風剣 迅雷 16

 ナローまでの復路は、うだるような暑さであった。前日の夜雨が、初夏の熱気に炙られ、遠くの稜線が揺れる程である。


「うあー、暑い暑いね、お外の人は、大変そうだね……みんなも脱いだらいいのに」


 馬車の縁から、てろり、と両手を垂らした黄雀は、緩慢な動作で荷台の女性陣に顔を向けるのだ、未だ体調はすぐれぬ様である。しかし、チャムパグンの呪いを節約している為に、暑いのは確かであろうが、ドナ以下、荷台の少女達は、皆が水着同然の格好であり、これ以上の脱衣には、少々、問題があるやも知れぬのだ。


「嫌よ、きぃと一緒にしないで……というか、姉さん達は、みんな我慢してるんだから、アンタも、しゃん、と、しなさいよ」


 ドナの方は、西の丘陵地を遠視にて睨み、迅雷の襲撃に備えている様子である。荷台に残る妹分達であるが、彼女の他は実戦経験も浅く、まだ十代半ばの少女でもあり、戦いが近いとあって、皆が緊張の色を隠せないでいた。


「だって、まだ羊さんは来てないよー、おチャムさんが寝てるもの、それに、どうせ、こっちからは脱いでるように見えるんだから、おんなじおんなじ、だよ? 」


「同じじゃないわよ! きぃこそ、そのまま水着で戦うつもり? 呪いで偽装してる意味とか、考えて無いのかよ」


 我慢できなかったものか、ついに振り返り、ドナは黄雀を指差して非難する。どうやら彼女達の姿は、呪いで水着に見せているだけで、実際には、普段の色気の無い格好であるようだ。


「えー、だってだって、動きやすいし……」


「投げやすい、でしょ、もう聞いた! 」


「おぉい、ドナちゃん、さっきから騒がしいぞ……全く、もう少し緊張感を持ったらどうなのだ」


「アンタにだけは絶対! 言われたく無いわよ! この変態! 」


 御者台で、小エルフを揉みしだく御用猫に、ありったけの侮蔑を込めた視線と罵声を浴びせ、ドナは、ぷい、と顔を背ける。しかし、荷台の後方からは、くすくす、と笑い声が聞こえるではないか。


 どうやら、この数日で、彼等の関係にも、少しだけ変化があったようだ。おそらくは、歳の近い黄雀が、その屈託の無い距離の詰め方にて、籠絡してしまったのだろう。


「ドォナ、少し煩いよ、いくら楽な仕事だからって、気を抜くなと言っただろう? 」


 殿を務めるトロネが、馬足を早め、荷台に近付いてくる。口調こそ咎めるようなものであったのだが、その目は笑っているようだ。


「だって、姉さん! コイツが! 」


「おっと、丁度良い……トロネよ、そろそろ呪いを受けておけ、匂いが変わった……お客さんが来るやも知れん」


 御用猫の口調が、余りにも普段どおりであった為に、皆は一瞬、反応に困ったようであったのだが。


「は、はぁ? ちょっと、アンタ、本気で言って……」


「ドナ、不自然な動きはするんじゃ無いよ……交代でここに来るから、矢避けの呪いを頼む」


 瞳から笑いを消した姉の言葉に、息を呑んで頷くと、早速に、呪いの準備を始めるのだ。


 御用猫の立てた作戦は、何時ものように、単純なものである。待ち伏せにしても強襲にしても、敵は穴羊の機動力を生かして、付かず離れずの距離から、弓を射掛けてくるだろう、しかし、囲まれた時こそが此方の好機でもあるのだ、チャムパグンの「草絡(グラススネア)み」で、穴羊を一網打尽にしてしまえば、いかな草原の迅雷とて、ただの野盗と変わりないだろう。


「だけど、さ……迅雷にとって、アンタ達が居たのは、大きな誤算だろうねぇ」


 妹からの呪いを受け、隊商の先頭に向かい走り去るトロネは、不敵な笑みを浮かべ、片手を上げる。その表情に、僅かな違和感を覚える御用猫ではあったのだが。


「……ふん、まだ、終わった訳じゃ無いのよ、全部片付いて、その時に、役に立ったと思ったなら……まぁ、少しは、認めてあげても、いいけどね」


 御者台からそれを見送る御用猫の背中に、ドナの声がかけられる。その、余りにも捻くれた、子供のような発言に、またも荷台には笑いが起こるのだ。


「まったくまったく、ドナちゃんは素直じゃないんだからぁ、そんなの、もう流行らないんだよ、もっと、ぐいぐい行かなきゃ、だよぅ」


 抱き着いて頬ずりする黄雀を、真っ赤になって引き剥がす彼女である。確かに、些か緊張感に欠ける光景ではあろうか。



 先頭の馬車が止まったのは、それから、暫くしての事であった。



「何だ……なぜ足を止める? おい、チャムよ、近くに敵が居るのか? 分かるか? 」


「ふごご……んんー? もうちょい先でごぜーますよー……こっちには向かってるみてーでごぜーますが……あ、いや、今ふえた、すぐそこに居ますねー」


「だから、それを早く……ん、何だと? どういう意味だ」


 尋ねる御用猫の耳に、その答えは入ってきた。何事か喚きながら、先頭馬車を降りるのは、四人の男達である。


「よォし、全員動くなよ、大人しくしとけ」


 いや、四人と一括りにするのは間違いか。何故ならば、その内の一人は後ろ手に縛られ、猿轡も噛まされて、自由を奪われている様子であるのだから。


「ランゲさん! まさか……アイツら、裏切ったのか! 」


「……みたいだなぁ、いや、最初から、迅雷の仲間だったのかもな……きぃちゃん、チャムを頼む」


 卑しいエルフを荷台に放り投げると、御用猫は立ち上がり、角刈りの剣士に向けて、大声で宣言するのだ。


「ランゲさんよ! 悪いが見捨てるぞ! その代わり、そこの三人と迅雷の一味は、必ず首を刎ねてやるからな! 」


 丘の向こうには、豆粒程の影も見え始めていたのだ。ここで時間はかけられまいが、それにしても、少しばかり冷たくに過ぎる発言であろうか。


 しかし、これは御用猫なりの揺さぶりでもあるのだ、人質に意味はないと思わせ、相手の動揺を誘い、その隙を突く腹積もりである。もっとも、それで上手く行かなければ、結果的には同じであろうが、少なくとも、こういった場合には、これが最善手だと、彼は考えている。


「な、何言ってんの!?ランゲさんを見殺しにするつもり? そんなの、できる訳無いじゃない! 」


 青ざめたドナは、御用猫の裾を掴み、座らせようと力を込める。どうやら、荒事に生きる傭兵の割には、意外に甘い考えの持ち主であるようだ、やはり、心根が優しく、真面目な性格のだろう、このような、やくざな世界には、向いているとも思えない。


「こ、こら、引っ張るな、離せ、邪魔なんだよ、分かれよ」


 こうしている間にも、迅雷の本体は近付いて来るのだ、珍しくも、少々慌てた様子の御用猫は、この聞き分けのない女を、殴り倒して吶喊しようかとも考えたのであるが。


「そうだねぇ……確かに、アンタには、ランゲを守る義理は無いものねぇ……だから、どうだい? 黙って立ち去るなら、この場は、見逃してあげても、いいんだけどねぇ」


 馬首を巡らせ、トロネは抜剣する。なんたる事か、隊商を囲む他の五騎からも、同様の擦過音が鳴り響いたのだ。


「……姉さん? 」


 まるで、独白の様に呼び掛ける、ドナの声音には、混乱と、事態を飲み込めぬ疑問の色が、十二分に含まれているだろうか。


(これは……ええい、やられたな、敵を欺くには、まず味方から、という訳か……どうする、逃げるのも、戦うにも、後味が悪そうだ……)


 大きく溜め息を吐き出し、御用猫は首を鳴らす。遠くからは、穴羊の、羊蹄を鳴らす音までが響いてくるのだ。


「……え、なに、姉さん、なに? ……嘘、でしょ」


 ドナの方は、御用猫の戦闘服の裾を掴んだまま、狼狽えるばかりである。決断は、急がねばならぬであろうが、しかし、彼の選択肢からは、既に逃げの一手は消えていた。



 選ばねばならぬのは。


 全て殺すか、殺さぬか。


 ただ、それだけであったのだ。





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