血風剣 迅雷 13
御用猫達を乗せたランゲの隊商は、ナローとクロスロードの中間点にある宿場町を、敢えて通り過ぎ、草原の只中で野営していた。これは、当然に迅雷の襲撃を誘ったものであったのだが、御用猫としては、此処での戦闘は無いだろうと予想している。
「草エルフはな、山エルフと違って夜目は利かないのだ、穴羊にしてもそれは同じだしな……もし、あるとしても、明け方かなぁ」
「ふもぅ、れも、んん、それを逆手にとって、おねむの時間に来る事も、無い事も無いような気もしなくもなくない? 」
串焼きにした山羊の肉に、塩と胡椒を振っただけの夜食であったのだが、黄雀は特に文句を言う事もなく、乳酒の水筒を片手に、頬袋を膨らませていた。
「いいから、ちゃんと見張りなさいよ! さっきからずっと、食べてばかりじゃない! 今はアタシ達が、皆の命を預かってるのよ、もっと真面目にやんなさいよ! 」
ずかずか、と焚き火に近付いて来たドナは、呑気に食事中の御用猫を非難するのだ。日が落ちた為に、餌の必要もなくなり、今は本来の、色気の無い服装に戻しているようである。
「まぁまぁ、そう、かりかり、すんなよ……ドナも座れ、食べ頃だぞ? 」
「アンタ、人の言う事、聞いてんの? 」
腕組みして仁王立ちの女呪術師は、不快感もあらわに、やる気の無い男を睨み付けるのだ。確かに、彼女の言う事も、もっともではあるだろう、襲う方と襲われる方、どちらに警戒が必要か、などと、子供にも理解出来る理屈であるのだから。
「そりゃ、聞いてるさ、ただな、お前は嫌がってたみたいだが、おれ達と見張りを組んだのは、運が良いぞ、何しろ、チャムの索敵には間違いが無いのだ……もし、こいつが逃げ出したら、その時に敵が来る、これはな、まさに、茄子の花ってやつなのだ」
「寝てるじゃん」
「ねー、ぐっすりぐっすり、だよね」
卑しく肉を平らげ、腹を出して眠る卑しいエルフに、ドナは元より、黄雀までもが、懐疑的な視線を送っているのだ。とはいえ、御用猫も、その卑しい寝姿を見てしまえば、些か自信の揺らぐところではある。
彼は、膝の上にて、幸せそうに寝息を立て、だらしなく涎を垂らす卑しいエルフの、その卑しい腹肉を揉みほぐしながら、少しだけ、ばつの悪そうな表情にて、言葉を続けるのだ。
「……うん、まぁ、俺もそう思うのだ、気持ちは分からんでも無いが……こと呪いに関してはな、天下一品だよ、こいつはな」
いいから食え、と御用猫は、焚き火で炙った串肉を一本引き抜くと、彼女に手渡す。一度だけ、大きく溜め息を吐き、ドナは彼から距離を置くと、黄雀の隣に腰を下ろすのだ。
「まぁ、四方に結界も張ったし、交代の時間までは大丈夫と思うけど……ぬるいよね、アンタ、そんなんで良く、賞金稼ぎなんかしてるもんだ」
がぶり、と肉に噛み付くと、ドナは横目で、ちらり、と黄雀に視線を送る。
「……しかも女連れだし……いやらしい」
「女だけの傭兵団に、言われたくは無いんだけどなぁ」
御用猫は苦笑を漏らすのだ。どうにも、彼女からは、過剰な敵意を向けられているような気もする、しかし、これは、餌役を押し付けた事だけが理由ではあるまい。
「そもそも、なんで傭兵なんかしてるんだ? お前と姉達はともかく、荷台に乗せてた三人は、まだ子供じゃないか、腕の方も、素人同然だしな……わざわざ危ない仕事をさせずとも……」
「お前ら男どもが、女を食い物としか考えてないからだ! アタシ達は、みんな……ちっ、煩いよ、余計な詮索すんな」
ぷい、と顔を背けると、ドナは乱暴に残りの肉を引き抜き、串を背後に放り投げる。
「ん、そうだな、悪かった」
御用猫は、素直に謝罪した。確かに、いくら腕が立つからとても、好き好んで荒事の世界に飛び込む女も居ないだろうか。
彼女らは、こうするより他に、生きる事が出来ないのだろう。どの様な繋がりなのかは知らないが、十人もの女性が、一度に働き口を見つけるのも、容易いことでは無いのだ、それこそ、娼館に行くか、こうして、命を懸ける他には。
(カンナに頼めば、商会の仕事を……いや、これは、余計なお世話、であろうな)
ふと、頭に浮かんだのは、いつぞやのチャムパグンの台詞であった。とはいえ、今の彼は、ただの野良猫であり、他人に差し伸べられるのは、血濡れの卑しい爪だけであろう。
これ以上の口出しはすまいと、御用猫は最後の肉を頬張り、竹串を焚き火に放り込んだのだが。
「ドナちゃんドナちゃん、お仕事探してるなら、みんなでクロスロードにおいでよ、猫ちゃんに頼めば、きっと、なんか紹介してくれるよ? 」
かくり、と御用猫は姿勢を崩す、黄雀は、おそらく、何も考えていないのだ。ドナの見せた暗い表情も気にせず、いつもの笑顔にて、あっけらかんと、そう告げる。
「冗談、アンタみたいに、娼婦になれって言うの? ……その話、間違っても、他の子にはするんじゃ無いよ」
「ええ、違うよ……というか、きぃ、えっちくないよ、なんでなんで、そう思うかなぁ」
「そんな格好してるからだ! いやらしい、こんな男に媚び売って、それで食わせて貰ってるんだろ、恥ずかしく無いのかよ」
ドナの放言は、男性に対する敵意からくるものであるのだろうが、少々、言い過ぎではあるだろう。普通の女性ならば、さすがに腹を立てても不思議では無いのだが、しかし、黄雀は、特に気にした様子も無いのだ。
「うーん、だって、動きやすいし、投げやすいし、猫ちゃんも優しいし、きぃ、別に恥ずかしくないよ? 今は人手不足だって、みつばちも言ってたし、大丈夫だと思うんだけどなぁ……」
きゅっ、と目を閉じ、人差し指を立て、それを眉間に当てる黄雀には、ドナのきつい言葉も、暖簾に腕押し、であろうか。
「きぃちゃん、頼むから勝手に話を進めるな……まぁ、クロスロードが人手不足なのは、確かだよ、興味があるなら、紹介くらいはするさ、娼館以外でな……あと、ドナよ、さっきのは、流石に言い過ぎだ、きぃに謝れ」
黄雀の頭を握り、左右に揺すりながら、御用猫は少しだけ、声の調子を落とすのだ。特に圧をかけた訳でもないのだが、ドナは何か気まずそうに視線を落とす、どうやら、自分でも分かっていたらしい。
「……ごめんよ、きぃ、アタシが悪かった……許しておくれ」
「えへへ、いいよいいよぅ、気にして無いよー、でも、お仕事終わったら、クロスロードに行こうね、ドナちゃん達は、一番隊に入れてあげるからっ」
「だから、勝手に話を進め……え、なに、そんな簡単に増やして良いの? 」
御用猫の疑問をよそに、ドナに飛び付く黄雀は、押し倒さんばかりの勢いである。困惑の表情を浮かべる彼女であったのだが、次第に、その顔も柔らかく解れていくのであった。
(こいつの笑顔は、接触感染でもするのかな)
計算なのかどうなのか、何とも、他人との距離を縮めることに、長けた少女ではあろうか。
つるり、と懐に潜り込まれたドナは、遂に笑顔を浮かべ、それからは黄雀と、楽しげに談笑を続けていたのだが。
「……ドナぁ? 今夜は、随分と、気が抜けてるじゃないか……いい身分に、なったねぇ」
ドナは、交代の為に起き出した姉に、こってり、と絞られたらしい。しかし、なんたる薄情か、御用猫と黄雀は、我関せずと眠りにつき、その様子は一切、目にしていないのだ。
所詮、この世は弱肉強食。
そこに情けが、あろうはずも無い。




