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続続・御用猫  作者: 露瀬
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血風剣 迅雷 12

 照り付ける初夏の陽射しに逃げ惑う事なく、大勢の若者たちは、それ以上の気炎を上げ、竹刀を打ち合わせている。


「馬鹿者! 何故打たせたのだ! 実剣ならば死んでいたぞ! 勘違いするな、これは稽古では無い! それとも、実際に腕を落とされねば分からぬか! 」


 田ノ上道場の門下生達を、ひたすらに打ちのめし続けるのは、金髪の偉丈夫、ハルヒコ ステバンである。道場主の田ノ上老が不在の今、此処を取り仕切るのは彼であり、鬼の居ぬ間に人心地つこうかと、そう考えていた若衆達の、その甘えを、ハルヒコは粉々に打ち砕いていたのだ。


「あらら、向こうは大変だ、ゲコニスが相手だと思ってた奴等は、あて、が外れただろうなぁ……ワハハ、いい気味だ」


「ふふ、ウォルレンさんも、偶には、あちらに混ざってみては、どうですか? 」


 リチャード少年に笑顔を向けられた、金髪の若い騎士は、大袈裟にかぶりを振ると、その端正な顔に、少々、軽薄そうな笑いを貼り付ける。


「そうしたいのは、やまやま、なんだがなぁ……お兄さんは、君の特訓に付き合わなければならないのだよ、いゃあ、残念だ」


 先程から、彼等が行なっているのは、呪いの修練であった。剣術道場で行うには、些か的の外れた修行ではあるだろうが、リチャード少年は、呪いを剣術に活かす事に長けた、ウォルレンの業に感銘を受け、最近では彼を見かける度に、その教えを受けていたのだ。


「……おっと、そうじゃない、少年よ、全身を強化しながら戦うのは、無駄が多過ぎる、身体ではなく、もっと細かく、筋肉に力を集めてみろよ、そう意識して、力を入れた箇所にのみ、魔力も込めるんだ……分かるか? 慣れれば簡単に……とは、いかないだろうがな、お前さんは、筋が良い、先ずは頭で理解して、丁寧にゆっくり、素振りしてみろ」


「……なるほど、制御は難しいですが、これは、日常的に行う事にします、呪いの修練にも、丁度良いでしょうし……そうか、くるぶしの方も、これで稼働時間を延ばせるかも……」


 ぎこちなく素振りを続けるリチャード少年を、ウォルレンは満足そうに眺めるのだ。


「辛島念刀流だっけ? むはは、呪いと剣術の合わせ技とは、少年らしいな……しかも、猫のセンセの名前を付ける辺りが、また、らしい、じゃないの……うぅん、愛だねぇ」


「もちろんです、僕が今、こうしていられるのも、全て、若先生のおかげなのですから」


 ウォルレンとしては、この純な若人を揶揄ったつもりであったのだが。どうやら、リチャード少年は、彼が思う以上に、真っ直ぐな心根の持ち主であるようなのだ。


「……たまに、思うんだけどな、俺は、お前が羨ましいよ……」


 身体強化しながらの素振りに、熱中してしまっていた少年は、彼の表情を確認する事が出来なかった。ただ、その声音に含まれる、何か、重く、陰のある響きに気付き、手を止めてウォルレンの方に向き直るのだが。


「そういや、リチャードは、まだ童貞なんだろ? どうよ、稽古が終わったら、クロスルージュに行かね? 最近は猫のセンセともすれ違いでさ、おひさなんだよな」


 彼の表情は、普段通りの軽薄さであり、何やら自身の胸の辺りを、両手で揉みほぐす仕草を見せていたのだ。


「……結構です、そういった事は、ケインさんを誘って下さい……そう言えば、最近はあまり姿を見かけませんが、お仕事が忙しいのですか? 」


 呆れたように溜め息をひとつ、少年は、口を尖らせ、緩く波打つ前髪を捻るウォルレンに、そう尋ねるのだが。


「それなー、聞いてくれよリチャーどん、奴はな、俺っちを裏切って、大人の階段を登るつもりなのよ、ひどくね? なんか最近は真面目に働いてっしさぁ、もうな、解散よ、青ドラゴン愚連隊も、俺が最後のひとりなのよ……構成員は二人だったんだけどな、ワハハ」


「ひょっとして、あの、クレアさんと、ですか? 先日、街でお見かけしましたが」


 ぴっ、とリチャード少年を指差し、ウォルレンは、それそれ、と頷く。どうやら、ケインの方は、遂に事を成したようなのだ。


「それは、おめでたい事ですね、日取りが決まりましたら、是非ともお知らせ下さい……ふふ、ウォルレンさんも、これを期に、お仕事に精を出してみてはどうですか? 僕の見たところ、ウォルレンさんの呪いの腕前は、かなりのものだと、そう思うのですが……」


「えぇ、お兄さんは、働きたくないでござるよ……そうね、猫のセンセが本気出すなら、俺っちも考えるけど」


 わはは、と腰に手をやり、高笑いする青年騎士に、リチャード少年は、呆れたような笑顔を返すのであったが。


 ふと、彼の師と、目の前の青年、どちらが先に本気を出すかと思い立ち。


(……いえ、若先生ならば……うん、いや)


 少年は、再びに素振りを始める。


 御用猫からは、頼まれた仕事もあるのだ。無駄な思索に、時間を取られる暇はないのである。


 なので、彼には、届かなかった。


「……本気になられると、困るなぁ」


 ぽつり、と、そう零すウォルレンであったのだが。今度の呟きは、ごくごく小さなものであり、流石の少年にも、聞き取る事は、叶わなかったのである。



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