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続続・御用猫  作者: 露瀬
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血風剣 迅雷 11

 ランゲの商館には、女性用の衣類も、豊富に取り揃えてあった。


「でもでも、猫ちゃん、この馬車が狙われるとは限らないよね? なんで、そう思うの? 」


 手綱を握る御用猫の隣に腰を下ろし、ぱたぱた、と足を上下させる黄雀は、見た目には、普段の調子を取り戻しているかの様である。しかし、これは、見知らぬ傭兵に弱味を見せぬ為であり、彼女なりの、許容出来る範囲での、無理であろうか。


「何でもなにも、ランゲが、やる気だからさ」


「うん、きぃ、分かんない」


 にゅっ、と下唇を突き出し、眉根を寄せる少女に、笑いながら御用猫は、山羊の膀胱で作られた水筒を差し出し、水分を摂らせる。チャムパグンの空調の呪いは、御者台にまで及んでいるとはいえ、注意するに越したことは無いだろう。


 水筒の中身は、ナローでは一般的な乳酒で、酒とはいっても酒精は薄く、酔うほどに飲みたいならば、別の酒と混ぜ合わせねばならないだろう。この辺りでは幼い頃から愛飲されているのだが、御用猫としては、少々物足りない味であった。


 とはいえ、栄養価も高く、いざとなれば、食事の代わりにもなるというのだ。体調のすぐれぬ今の黄雀には、うってつけの飲み物であろうか。


「少しづつで良いから、こまめに飲むようにな……迅雷とやらが、草エルフで無い可能性もあるだろうが、少なくとも、田中商会を的に掛けていたのは間違い無いのだ、ナローの内情を得る事の出来る奴らでは、あるだろう」


「ふんふん……うまうま、お乳のおかゆは、ちょっと、あれだけど、きぃ、これ好き」


 くぴくぴ、と喉を鳴らす黄雀の背中に、卑しいエルフが張り付いた。卑しくも、少女の乳酒を狙っているのだろう。


「ならば、ランゲが戦の準備をしていた事も、伝わっているやも知れぬ、それでなくとも、個人で動く商人の中では、今、一番の規模なのだ、次に狙うならば、当然に、ここだろう」


「ううん……でも、向こうもずいぶん暴れてたみたいだし、そろそろ潮時だぜーって、逃げちゃわない? 」


 黄雀の意見も、これまた、当然ではあるだろう、迅雷の名は、クロスロードまで知れ渡っているのだ。麒麟パイフゥ騎士団を差し向けたにも関わらず、盗賊団に衛星都市での流通を阻害されたまま、とあっては、面目が立たぬであろう、大規模な掃討軍を差し向けられても、不思議ではあるまい。


「そうはならないと、俺は踏んでいるのさ、どうにも、奴らは素人臭い……多少なりとも賢い悪党ならば、既に移動しているはずなのだ、ただでさえ、奴等は殺し過ぎているというのに……こういった急ぎ働きに、長居は禁物なのだがな」


「ほうほう……ああっ! チャムちゃん、吸い過ぎ! きぃの分が無くなっちゃう! 」


「乳幼児か」


 御用猫は、卑しいエルフの鼻を摘み、呼吸を止めて、水筒から口を放させる。そのまま片手で御者台に引き摺り上げ、これ以上の狼藉を働かぬようにと、その卑しい肢体を、がっちり、と膝に抱き込むのだ。


「……ならば、奴らは誰かに雇われて、何らかの目的で隊商を襲っているのか……まぁ、草エルフが人間に使われるとは、思えないのだがな……あとは、これだ、おそらく、調子に乗っているのさ」


「乗っちゃってるかー、あー、そうなのかなー、だったら、えらい俺様からすると、生意気に向かってくる、つんつるてんのおじさんは、許しがたいのかなぁ」


「ま、そういう事さ、見せしめの為に、田中商会に火をかける様な奴等だ、攻撃的なのも間違い無い、挑発されれば、食い付いてくるだろう……だから、どちらにせよ、狙われる可能性は高いのだ……こんな、あからさまな餌も載せてるしな」


 くりっ、と荷台に目を向けた御用猫に、空の水筒が投げつけられる。片手でそれを受け止め、御用猫は、其方に笑顔を見せたのだが。


「こっちを見んな! この、変態! 」


 荷台の後部に固まり、シーツで身体を隠す四人の女性から、彼に向け、刺す様な視線と、罵声が浴びせられるのだ。


「おい、ちゃんと餌になってくれないと困るだろ、もっと堂々としてろよ」


「お前の女と一緒にするな! いやらしい、小さい娘にまで、こんな格好させて、喜んでるんだろ、この、変態、助平、恥知らず! 」


「わはは、もう観念するんだな、お前の姉には、きちんと許可を取っているのだ、文句があるなら、そっちに言いな」


 ぎりぎり、と奥歯を噛み締めるドナは、黄雀と似た様な格好をさせられていた。流石にシャツは着させてあるのだが、しかし、それも大きく捲り上げられ、腹が丸出しになっている。


「くそう、お前、猫とか言ったわね、絶対に許さないから、この仕事が終わったら、みてなさいよ! 」


「……まぁ、お互いに、生きてたらな」


 視線を戻した御用猫は、なんかくれ、と主張を続ける卑しいエルフの口に、人差し指をねじ込むと、目を閉じて思索を始める。


(襲われるならば、帰りであろう……クロスロードの荷が積んであるのだしな……それが奴等の手口であると、ランゲも言っていたか……しかし、草エルフどもに、そこまで気が回るものか? やはり、誰か人間の手引きが……)


 そう思ってしまえば、筋道の通る事もあるのだが、しかし、草エルフの、しかも男衆が、単なる利害関係で人間と手を組むとも思えないのだ。そもそも、女以外には無欲な彼らが、金を欲するなどと、あり得るのだろうか。


(金や荷物を手に入れたとて、使い途が無いのだ、そもそも、売り捌く事さえ……)


 ふと、御用猫の脳内に、とある仮説が浮かんでくるのだが。それは些か、無理のある話だろうと、彼は被りを振って目を開く。


 いつの間にか、彼の指を咥えたまま眠ってしまったらしい、卑しいエルフの卑しい腹肉を、御用猫は、何とは無しに、揉みしだいていたのだが。


「もう、猫ちゃん、今はこっちでしょ、浮気はだめだめ、なんだからね」


 彼の左手を掴み上げ、黄雀は、自らの太腿の上に誘導するのだ。どうやら、夫婦という演技を忘れてはいない様である。


(こいつはこれで、中々に、仕事熱心なのかも、知れないな)


 それならば、と言葉に甘え、彼女の張りのある太腿を撫で摩っていた御用猫であったのだが。


 それを見ていた女性陣の、背後からの視線は強まるばかりであり、それは、既に殺意と呼んでも差し支えのない、容赦の無さであったのだ。




明日はお仕事が忙しいのでお休みします。


します。

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