血風剣 迅雷 9
「……俺ぁな、金の要らないってぇ奴ぁ、信用しねぇ事に、してんだよ」
御用猫を睨め付ける、べらんめえ調の商人は、名をランゲと言った。禿頭に眼帯の大男、いくら行商人とはいえ、些か、らしくない人物ではあろうか。
最初は面食らった御用猫であったのだが、話を聞けば、彼は元々、とある行商人の護衛頭を勤めていた傭兵であったのだが、雇い主である偏屈な老商人が亡くなった際に、その店を丸ごと譲り受けたのだとか。
(しかし、そのまま三十年も続けている、というからには、何か才能があったのだろうな……考え方も、しっかりしてるみたいだし)
ペドロが次の商いに出る前に、一度、他所の行商人に付いて行こうかと、御用猫は、コンドゥから紹介された男を訪ねていたのだ。いかに「草原の迅雷」と言えども、大規模な隊商を襲う程の戦力はあるまい、狙うならば、単独で商いを行い、かつ、羽振りの良さそうな商人であろう。
ランゲの店は、まさに、その条件に合致していた。群れる事を嫌うこの男は、この情勢にあってなお、組合からの誘いを断り、自費で雇い入れた傭兵達のみを護衛としていたのだ。
「いや、あんたの考えも理解できるし、確かに俺たちは怪しく見えるであろう、だがな、ランゲさんよ、俺が欲しいのは、「迅雷」の首級、ただ、それだけなのだよ……そもそもな、ナローに来たのは、知り合いからの頼みで、田中商会って店をを護るためであったのだが……結果はあんたも、知ってるだろう」
「ん、そうか……田中の……あの餓鬼は、目端の利く奴だったんだがなぁ、俺っちの言う事を、もうちっと、聞いておけばなぁ……」
ランゲは、五十路を越えてなお衰えぬ、太い筋肉を、びくびく、と震わせた。これは、怒りを堪えているものか、どうやら、晩七と同じく、その商人の事を、目に掛けていたようなのである。
「だから、これは、けじめなのだ……仕事をしくじった訳では無いが、舐められたようで気分が悪い「迅雷」の首には、賞金も掛けられたのだろう? それを分け合えば、俺は満足する、額の問題では無いのさ……これは、悪く無い話の筈だ、あんただって、奴らと一戦交えるつもり、なのだろう? 」
一瞬、驚いた表情の眼帯男は、しかし、テーブルに頬杖をつき、にやり、と笑ってみせる。
「……何で、そう思った? 」
「今から商売に出ようってのに、肝心の馬車が、軽過ぎる……音で分かるぞ? 何か偽装しておいた方が、良いだろう」
うはは、と笑うランゲは、立ち上がって御用猫の肩を叩くと、店の奥に向け、声を張り上げるのだ。
「おぉい! 荷台に載るだけ、水と飯、それに酒を積んでおけ! こいつぁ、長丁場になりそうでぇ! 」
ぐりり、と禿げ頭を撫でながら、ランゲは御用猫に向き直ると。
「おぃ、猫の兄ちゃんよ、てめぇの女どもは、目立つ所に載せとけよ……いい餌にならぁな」
「もちろん、そのつもりさ……なら、後ろの馬車をくれ、そっちの女も、纏めて載せとこう」
何とも悪そうな顔にて、二人は固く手を握り合い、どちらからともなく、笑い声を漏らし始めるのだ。
「……うわぁ、なんかなんか、きぃ、嫌な予感的な、あれがあれするよ……ねぇねぇ、チャムちゃん、きぃ、調子悪いから、今はあんまり、おてて生えないからね? 頑張ってね? 」
「ぐふふ、よごさんすよ、エロエルフにとっ捕まって、エロエロな宴の贄に捧げられたアンタの姿、きちっ、と記録しておきやすからね」
「おかしいよね? 頑張るところが違うよね、きぃ、お嫁さんには、きれいな身体で行きたいからね? 」
長椅子でチーズを齧りながら、身体を押し付け合う二匹を、両脇に抱え上げると、御用猫は馬車へ向かうのだ。
「馬鹿なこと言ってないで行くぞ、綺麗な身体でいたかったら、二人とも、きりきり働け……まぁ、穴ひつじは、足が速いだけだ、大した事は無い、むしろ肉が美味いからな、二、三匹、持って帰りたいくらいだ」
「おほぅ、先生ぇ、肝臓が美味いのでごぜーますよ、生食もできますぜ、血が固まる前なら、臭くもねーでごぜーますよ」
「まじか、やってみるか」
まるで遠足気分の、御用猫とチャムパグンであったのだが。しかし、黄雀だけは、ひとり、心の内で、最悪の事態を想定していた。
「……ねぇ、猫ちゃん」
体調の悪さとも、また違う、その固い声に、御用猫は馬車の前で足を止める。荷台の縁に座らせた彼女は、何やら真剣な眼差しで、彼の目を見つめてくるのだ。
「……どうした、さっきのは冗談だぞ? お前が本調子でないのは知っているし、荷台の上で、チャムだけ守ってくれれば問題無い、草エルフは弓も使うが、なに、それはチャムの呪いで……」
「襲われたら嫌だから、今のうちにね、初えっちしておきたいんだけどね」
「そおぃ! 」
黄雀の足首を持ち上げ、荷台の上にひっくり返すと、御用猫は顔合わせの為に、ランゲ商隊の護衛頭を探し始める。馬車の荷台から、なんでなんで、と声が聞こえていたのだが、それは完全に無視する事にした。
(……ひょっとして、蜂番衆ってのは、あんなんばっかり、なのか? )
先程から胸に湧き上がる、漠然とした不安は、仕事の事が原因、というだけでは、無さそうであったのだ。




