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続続・御用猫  作者: 露瀬
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うでくらべ 11

「おい、貴様が、ハボックとやらか」


 突如として投げられた高圧的な言葉に、即座に反応したのは、当のハボック本人ではなく、隣を歩くラースであった。しかし、これは当然であろうか、ここは蒼天号、ひとたび見上げ門をくぐれば、そこは王の住まう宮であり、王都クロスロードの中心部にして、国家クロスロードの中枢なのだ。


 ここでは、礼節が、何よりも重んじられるべきであり、たとえ上級貴族であったとしても、いや、高貴な出自の者だからこそ、守らねばならぬ、しきたり、というものがあるだろう。


「おうおう! 背後から呼びつけるたぁ、どういう了見だ! テンプル騎士舐めとったら……あ、これは、バラーン伯爵、へへ、本日はどうも、お日柄もよく」


 勢い良く振り返った先に、見とめた人物の正体を知ると、ラースは一瞬にして卑屈な笑顔を作り出し、後頭部に手をやると、へこへこ、と頭を下げるのだ。それを苦々しく見下ろす黒い瞳は、肩まで伸びるくすんだ金髪を後ろで結わえ、水神騎士の蒼い制服を、少々気障に着こなした、泣き黒子が印象的な男である。


「ふん、虚勢を張る前に、相手はよく見る事だな……今回は見逃してやるが、次はどうなるか、その、足りない頭で、よく考えておけ」


(む、ダラーン バラーン伯爵か……確か、辛島ジュートと、女を賭けて勝負したと……腕は大したものと聞いているが、結果は惨敗とか……ふむ、哀れさも感じるが、女の為に張る見栄というものがある分だけ、私よりは、まし、な男であろうか……)


「だが、土下座してまで命乞いなどと、私には、到底無理な話……正直、羨ましくもあるな」


「おいィ! ハボックさん!?」


 一瞬にして、ハボックを除く全ての人物の顔から、血の気が引いたようである。狼狽えるラースと、ダラーンの取り巻き二人。しかし、ダラーン本人の表情に変化は無いのだ、とはいえ、これは、王宮内だからと、彼が珍しくも大器を見せた訳では無い、おそらくは、怒りのあまりに、怒鳴る事さえ忘れてしまったのだろう。


「……いい度胸だ、少し、話をしようと思っただけだったが、これは、稽古に付き合って貰わねば、なるまいなぁ」


 くるり、と踵を返し、付いて来い、と歩き始めたダラーンの足は、貴族用の、剣術指南所に向かっていたのだ。


「あぁ、えらいこっちゃ、これは、えらい事だ……ハボックさんや、早く誤解を解きなさい、俺も、一緒に謝ってやるから」


「む? 賞賛したつもりであったのだが……しかし、これは丁度良い、辛島ジュートの力を推し量ることが、できようか」


 上級貴族の不興を買った事など、まるで意にも介さぬのか、すたすた、と、ハボックは歩き始めるのだ。


「嘘だろう……あぁ、ハボックよ、お前と友達になった事、今日ほど後悔した事は無いぜ」


 額に手をやり、一度天を仰いでから、ラース グリントは、しかし、それでも走り出すのだ。


 いざとなれば、自分が止めなければ、ならぬだろうと決意して。




「嘘……だろ……」


 どよめきと、驚嘆の声の中、ラースは我が目を疑った。


 結論から言えば、ハボックは勝利したのだ。


 貴族と言えども、剣術を嗜む者はいる。騎士になれる程の腕前は無くとも、戦になれば、前線に出なければならぬのが、彼らの務めでもあるのだ。


 そうした、軍務官達には、定期的に自衛の手段として、また、政務官達の中にも、日頃の事務仕事で溜まった鬱憤を晴らす為に、こうした稽古に参加する者もいるのだ。彼らには、引退した騎士や、仕事上の繋がりを持ちたい野心家の騎士達が指南役となり、リチャードなどから見れば、ぬるま湯の、稽古とも言えぬ、木剣の打ち合いを行なっている。


 しかし、ダラーンとハボックが稽古場に入り、木剣を手に向かい合ったところで、皆は壁際に下がり、ひそひそ、と、小声で話しながら、この珍しくも興味深い手合いに、視線を集めたのだ。


 そして、彼らは、目の当たりにする、暫くは、夜会での話題に困らぬであろう光景を。


「この程度であったか……しかし、流石は「三スター」、呪いの盾は、確かに見事……殺す気で、打ち込んだのだがな……」


 最後の言葉は、ぽつりと、小さく呟いた。


 膝を折り、上半身のみ、うつ伏せに倒れるダラーンの姿は、またも不名誉な渾名を浸透させてしまう事だろうか。


「おいおい、ダラーンめ、まぁた土下座かぁ? 懲りない奴だな、ワハハ」


 しん、と静まり返っていた技場が、その一声で生き返り、興奮した貴族達は、あれやこれや、と口々に話し始めるのだ。その中で、最初に言葉を発した男が、ハボックに近付いてくる。


「大した腕だな、知らぬ顔だが、テンプル騎士か……どうだ、俺ともやってみるか? 」


 黒い制服を身に付けている以上、彼は青ドラゴン騎士であろう。金髪を搔きあげ、口元だけで笑いを表現する、その男の発言に、周囲が再び沸き立ち始めるのだ。


 その興奮も、当然ではあろうか、彼の顔には、金色の仮面が嵌め込まれていたのだから。仮面で素顔を隠す事を許された騎士など、このクロスロードには、四人しかいないのだ。


 色違いの仮面にて、正体を隠した秘密騎士、その中でも、金色の仮面は、最強の証。


「遠慮しておきましょう「金竜」相手に、勝てるとも思えませんし、何より、立ち合う理由がありませんので」


「そうか……実はな、俺も、そんなつもりは無いのだ、ワハハ」


 ハボックは、ばしばし、と、笑いながら背中を叩かれる。初対面であるというのに、なんとも気安いものではあるが、彼は、何となく、親近感を覚えるのだ。


(そうか、彼は、ラースに似ているのか……なるほど「四機竜」と言えども、人間である、か……しかし、友人に雰囲気が似ているというだけで、こうも容易く間合いに入れてしまうとは……彼が強い、というだけではあるまい、ふふ、ラースの事をあれこれ言う割には、私も大概であろう)


「全く、なんと、いい加減な男なのであろうな」


「おいよせ、自覚してる」


「おいィ! ハボックさん!?」


 仮面の下で、真顔になったであろう金竜の元から、ハボックは友人に引き摺られ、逃げるように、稽古場を後にするのだ。


(しかし、私の斬鉄でも、一撃で割れなかった……あれ程の障壁……辛島ジュートは、ダラーンを一刀のもとに打ち倒したと聞いている……これは、なんと、楽しみな事よ)


 そのような事を考えるハボックは、ラースに文句を言われるまで、気づかなかったのだ。


 自分が、笑みを浮かべている事にさえ。





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