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続続・御用猫  作者: 露瀬
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血風剣 迅雷 6

 クロスロードの衛星都市、ナローは、十万弱の人口を抱える大都市である。最も、この街が規模の割に田舎扱いされているのは、何も世界最大の都市が隣にあるから、というだけでは無いのだ。


「いやぁ、久し振りに来たけれど、やはり、長閑であるなぁ」


「へへ、それが、ナローの良いところ、ですよ」


 ペドロの顔には、僅かな安堵感が見てとれる。凄腕の用心棒を雇っているとはいえ、家族連れでの行商は、何かと心配事も多いのだろう。


「確かに、悪く無い街なのだがな……やはり、醤油と味噌が、恋しくてなぁ……」


 同じく、安堵の笑みを浮かべる半蔵田であったのだが、塩と乳での煮込み料理が基本のナローである、東方出身者である彼は、御用猫と似たような悩みを、持っていたのかも知れない。


「うふふ、ハンゾーさんの為に、調味料は沢山仕入れておきましたからね……お料理の本も、買ってきたのよ」


「私も! 私も手伝うからね、期待しててね! 」


 何とも微笑ましい光景に、御用猫は、思わず頬を緩めていた。


 幸せを載せて走り続けた馬車は、羊の群れに阻まれながらも、何とかナローの門をくぐるのだ。しかし、門といっても、石の城壁などではなく、背丈ほどの木柵が、途切れ途切れに据えられているのみであり、外的の侵入を防ぐ為の物なのか、家畜が逃げ出すのを防ぐ為の物なのか、判断に困るところであるのだ。


 しかし、柵の中だからといって、急に景色が変わる訳でもない、右も左も、広々としたものであり、視界も良好である。ナローの人口自体は多いのだが、街の面積が広く、建物も平屋が殆どであり、中心部以外では、息苦しさも全く感じないだろう。


「さぁて、猫さん、ここが懐かしの我が家です、豪勢なもてなし、とは、ゆきませんが、どうぞ、ゆっくりと、していってくださいな」


 街を貫く街道の程近く、木造二階建ての、少々古ぼけた館が、ペドロ達の実家だそうである。最近になって買い取ったものであるそうだが、見た目の割には、しっかり、とした造りであった。


(ほぅ、流石は商売人だな、良い買い物で、あるようだ)


 御用猫は、自由に使って良いと言われた、二階の一室を眺めていた。取り敢えずは、家具を移動させながら掃除を済ませ、黄雀を寝かせる為に、寝床を整えていたのだが、やはり、慣れぬ事はするものでは無いようで、彼はジーナから、何度もお叱りを頂いていたのだ。


 苦労して片付けたから、という訳でも無いだろうが、久し振りに人間を迎えたであろう、この部屋は、随分と立派に見えるのだ。


「もふぅ……ごめんね、猫ちゃん、きぃが、こんな体でなかったら……」


「おきぃちゃん、それは言わない約束だろう」


 大分に、落ち着いてきた様子の黄雀であるのだが、今日は、このまま寝かせておいた方が良いだろう。


「しかし、ペドロ達と出会えたのは運が良かった、明日、口入屋には、俺一人で行くとして……お前の体調が戻るまでは、情報収集も出来ないな」


「あふん、それなら大丈夫だよ……」


 枕元の水筒から、ちうちう、と水を飲みながら、気怠そうな表情の黄雀は、御用猫に視線を向けるのだが、その焦点は、あまり定まっていないようである。


「ん、言っておくが、無理はするなよ? ペドロ達の好意には、しばらく甘えるつもりであるし、お前は身体を治すことだけ……」


「ううん、というかね、きぃは、かんちょーとか、ちょーほーとか、苦手だから、もともと、期待されても、こまるてきな、かんじなの」


「うわぁ、思いのほか役立たずだった」


 なんでなんで、と力無く文句を言う黄雀であったのだが、これは、御用猫が呆れるのも、仕方の無い話ではあろうか。くノ一が、忍者としての仕事をせぬならば、いったい、他の誰が出来ようというのか。


(……人選を、間違えたかなぁ)


 ひしひし、と押し寄せる後悔の念を、追い出すように頭を振ると、御用猫は少女に尋ねるのだ。体力は人並み、諜報も不得手であるという、そういえば、彼女は、隠形らしい隠形も、使ってみせた試しは無かっただろうか、人間的には、出来た女であるのだが、どうにも、志能便らしくない、くノ一なのである。


「なぁ、きぃちゃんよ、お前さんの得意な事って、何なんだ? 」


「えぇー、それ、聞いちゃうー? ほんとにぃー? ……そんなの、決まってるのに」


 布切れから口を離し、どこか、ぼんやり、とした瞳にて、少女は、ゆっくりと口を開くと、何時ぞやの、蛇の如き赤い舌で、ぬるり、と唇に残る水滴を舐め取り、そして、告げるのだ。


「……殺すこと、だぁよー……」


 好きでは無いと、以前に聞いた。


 しかし、この少女は、楽しい、とも言っていたのではないか。


 御用猫は、自らの勘違いに、ようやく気付いたのだ。彼女は、ひまわりの花の様な少女では無いのだと。この女は、雀蜂なのである、黒雀や大雀と同じ、暗殺専門の、殺す事だけに特化した、人とは違う生き物なのだ。


 自分と、同じであるのだと。


 しかし、だからこそ、御用猫は手を伸ばした。彼女の額から、ずり落ちた濡れタオルを水にさらし、一度絞ってから、そっと、髪を搔きあげ、再びそこに載せる。


「そうか……しかしな、それでは俺が、困るのだ、調子が良くなったら、まずは、聞き込みのイロハから、教えてやるよ……まぁ、黒雀よりは、向いてるだろうからな」


 だが、指導は厳しくするぞ、と笑ってみせる御用猫に、黄雀は、その、ぼんやりとした焦点を、少しずつ合わせてゆくと。


「むふ……そうだねー、後輩だからって、くろちゃんには、負けてらんないよね」


 まだまだ、力なくも、にっぱり、と何時もの笑顔を、作り出してみせたのだ。その意気だ、と頭を撫でる御用猫であったのだが。


「くろちゃんから、隊長の座といっしょに、奪い取るのも、悪くないよね……きぃ、頑張っちゃおうかな」


「はい、ちょっと待った、聞き捨てならない」


「なになに? 」


「いや、隊長ってなに? 」


「隊長は、隊長だよ? いちばん隊の」


「……どこの一番? 」


「猫ちゃん騎士団の」


「……うわぁ、初耳だなぁ」


 黄雀に布団をかけ直すと、御用猫は立ち上がった。


 ナローには、濁酒に似た甘い酒があった筈である。男衆二人が、いける口かは知らないが。


(商売も、無事に終わったのだろう……今日は、飲んでも良い日の筈だ)


 いつもの如く、彼は全てを、忘れる事にしたようであった。





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