血風剣 迅雷 3
御用猫は、黄雀だけを連れ、一路、ナローを目指して旅立った。出発前に、彼は北町へ立ち寄り、ゲコニスにも声を掛けていたのだが、これは、彼の方から断られてしまったのだ。
「うぅん、土地勘のある奴が居れば、便利だと思ったのだが……そうそう上手くもいかないか」
「当たり前だよ、きぃだって断る断るよ、そんな急に言われたって、無理に決まってるよ、猫ちゃんは少ぅし、行き当たりばったり、だよね」
「ぐっ、おのれ、そこに気付くとは……まぁ、あいつが断った理由は、他にありそうだったがな」
てくてく、と徒歩での旅であったのだが、隣を行く水着少女は、そうした事に苦を感じぬ様子であるのだ。その辺りについては、流石、志能便衆だと言えるだろう。しかし、御用猫が彼女を気に入っていたのは、別の理由に依るところ、なのである。
「そうそう、あのカエルちゃん、なんか可愛いひとだったね、多分ね、カエルちゃんはね、メルちゃんの事が好きなんだよ、恋しちゃってるよ、離れたら、取られちゃうかもって、心配してるよね」
「ほう」
顔の割には純情で、いかにも分かりやすいゲコニスの恋心であったのだが、一目で見抜くとなれば、これは中々の洞察力と言えるであろう。
「でも、なんだろ、なーんか、遠慮してるっぽい? 見た目とか、釣り合いとか、そーゆーのじゃないよね、なんかなんか、ちょっとだけ、よそよそしいっていうか、近づくの、怖がってるっていうかー」
「ほほう」
これは、御用猫も気付かぬところであった。しかし、言われてみれば、そうかも知れぬのだ、ゲコニスとメルクリィは、今でこそ手を取り合い、協力して孤児を育てているものの、その出逢い方は、全くに、最悪なものであったのだから。
(あれで、底根は真面目な奴だ、メルクリィや子供達に、負い目を、感じているのかもな……)
「あ、やめやめ、やめだよぅ、立ち入った話とか、詮索とか、よくないよね、ごめんね猫ちゃん、今の話は、なしなし、だよ」
むうっ、と口に手を当て、彼女は会話を中断する。
「うぅん、きぃちゃんは、良い子だなぁ……志能便にしておくのは、少し、勿体無いなぁ」
御用猫が、彼女を気に入っていたのは、こうした所なのである。異常性ばかりの目立つ蜂番衆、しかも、暗殺専門の雀蜂でありながら、彼女の言動は、実に、まとも、なのであった。
流石に、さんじょうなどとは、比ぶべくもあるまいが、それでも、水着紛いの服装と、時折見せる志能便の顔、それ以外には、至って普通の少女であり、下手をすれば、サクラやリリィアドーネなどよりも、心痛無く話せる相手かも知れないだろう。
御用猫が、こうして同道させる気になったのも、今後の為に、彼女の戦闘能力を見ておく為だけでなく、ただ単純に、側に置く話し相手として、非常に楽だと、そう感じたからであったのだ。
御用猫は、この、何とも気安い少女の、頭を撫でようと手を伸ばしたのだが、ふと、その手を止め、代わりに自身の頭を掻いた。
(そういえば、こう見えて、もう成人しているという話だったな……黒雀と同じに扱うのは、少々、失礼にあたるやも)
彼女は、今年十五になったのだと、みつばちから聞いていた。人懐こく、言動も幼い為に、御用猫は、まだ子供だと思っていたのだが、そう知ってしまえば、成程、この発育の良さにも、納得のいくところであろうか。
「……きぃは、撫で撫でも、好きだよ? お父さんも、お母さんも居ないし、里には、そんな事してくれる人も、居なかったし」
にっぱり、と、ひまわりの様に笑う少女からは、陰のようなものは、感じ取れぬのであるが。やはり、志能便として産まれたからには、それなりの育ち方を、していたのだろうか。
「そうか……まぁ、俺の手で申し訳ないが、このくらいならば、お安い御用さ……そうら、こうしてくれる! 」
「うっはー、照れ隠しぃ」
わさわさ、と乱暴に頭をかき混ぜる御用猫であったのだが、小刻みに跳ねる少女は、どこか楽しげであるだろうか。
「そういえば、雀蜂ってのは、何人居るんだ? お前の他にも、まともそうな奴が居るなら、見てみたい気もしてきた」
「八人居るよ、はちだけに」
何やら、何処かで聞いた気もする冗句である。くっくっ、と声をひそめて笑う少女の額を、彼は指で弾いた。
「あいた……えっとね、猫ちゃんが知らないのは、あとあと、ひめちゃんでしょ、もんちゃんと、こーちゃんに……」
「ちゃんとした名前でよろしく」
ぴしっ、と再び額を弾くと、黄雀は、下唇だけを突き出した。
「もうっ、女の子の顔は、優しく優しくしないと駄目なんだよ……姫雀と紋雀、小雀に茶雀に、へぼ雀! 」
「うん、最後だけおかしいね」
「なんでなんで? 」
ぱちくり、と目を瞬かせる少女の頭を、もうひと撫でして、御用猫は質問をやめる事にした。よくよく考えてみれば、まともな者が居るならば、とうの昔に、彼の前に現れている事であろう。
黄雀に関しては、最近になって世代交代したというのだが、もしも、彼女の仕上がりが早かったならば、あの隈侍との戦いに、大雀が呼ばれる事も無かった筈なのだ。
(まぁ、会わないで済むなら、それに越した事は、あるまいか)
うんうん、と、ひとり納得した様子の御用猫を眺め、黄雀は、不思議そうな表情を見せていたのだが。
「あ、きぃもそうだけど、まともな人は居ないよ? ひめちゃんくらいかなぁ、普通に普通にお話しできるのは……でもでも、ひめちゃんと話したら、うーん……猫ちゃん、空っぽにされちゃうかも」
「よし分かった、絶対に、そいつは連れて来るんじゃないぞ? なんか、ちょいちょい、話は聞くんだけどな、いいか、絶対だからな」
振りじゃないぞ、と何度も念押しする御用猫が、面白く思えたのだろう。
にっぱり、と黄雀は、頭上に輝く太陽の様な、眩しい笑顔を、見せるのであった。




