同たぬき 13
ぼんやりと浮かぶ呪い光の下、御用猫達は内密の打ち合わせを行っていた。
依頼人親娘は、既に眠りについている。念の為に遮音の呪いも使用していたのだが、ハルヒコが同席しているならば、素人同然の二人には、近づく事も儘ならぬであろう。
「でも、依頼は、嶋村先生を探す事なのでしょう? 何か問題がありますか? 明日にでも、ここに連れて来れば終わる話だと思うのですが」
首を傾げながら、サクラが独りごちる。シアン老が、嶋村老に対して、あまり良くない感情を持っているとは説明していたのだが、この少女には、そう言った、他人の心の機微が、今ひとつ理解出来ていないようなのだ。
「サクラちゃんは、ちょっと、足りない足りない、だよね」
「がちんこで話し合えば解決する、くらいに思ってるんだろ、まぁ、素直だと言えない事も無くはなくなく無いし、嫌いでは、ないのだけどなぁ」
「ですが団長、あまりに短絡的ではありませんか、前から思っていたのですが、サクラは、物事を自分基準で考え過ぎなのです、練習生の食事にしてもそう、何度言っても、作り過ぎるのですから……まったく、私の祖母を思い出すのですよ、懐かしい、物足りなかった、と思われるのが嫌なのでしょう、煮卵は腹に溜まるから、そうそう何個も食べられぬ、と、毎回言っているのに、笑顔で山盛りに出して来るのです、困ったものなのですよ……いや、そう言えば、ヨルヴ様も、そうでありました……年配の女性とは、そういったものなのでしょうか、それに……」
「ハルちゃん、ずれてるずれてるよ、そっちのお話は、また今度聞かせてね」
長くなりそうなハルヒコの話を、水着少女が、ぴしゃり、と遮るのだ。いや、彼は両手を口に当て、驚きを顔に貼り付けたまま、ぺたぺた、と触り始めた、どうやら、例の不思議な技で、物理的に口を塞いでいるらしい。
御用猫は、何故か彼の肩を叩きながら、喚き始めたサクラを、膝の上に引き込んで撫で回す。多少暴れてはいるのだが、すぐに大人しくなるだろう、これも何時もの事なのだ。
これ、は、もう無視して構わぬか、と些か失礼な事を考えつつ、御用猫は、リチャード少年の方に視線を向ける。
「アザレには、嶋村さんの居場所が知られてしまっているからな、余計な動きを取られたくない……悪いが、明日一番で、アドルパス邸に走ってもらえるか? とりあえずの事情説明と、できれば、その辺りの、詳しい話を聞き出してくれ、両方の意見を比べてみたいのだ」
「了解いたしました、ですが若先生、僕には、やはり、嶋村先生が非道な真似をされるなどと、思えないのです……これが誤解であるならば……」
笑いながら、御用猫は片手を振るのだ。なんとも面倒な話ではあるのだが、ここまで関わってしまったのであるし、何より、嶋村老は、彼の義理の父である、田ノ上ヒョーエの友人でもあるのだ。
「嶋村さんは、親父どのとアドルパスの旧友だ、まぁ、出来る限りの事はするつもりだよ……それに、留守の間に仲が拗れたなどと、後で何を言われるか、分からないしな」
「流石は団長です、ならば、私はどうしましょう、シアン殿の方を押さえましょうか、見たところ、生真面目な性格であるようですし、稽古が気になる様子でもありました、参加してはどうかと誘ってみれば、打ち解ける事も可能でしょう」
何やら、ハルヒコの方もやる気を見せている。この男は、御用猫の役に立ちたくて仕方がないのだろう。
リチャード少年と同じく、忠犬に例えるのが近いのだが、しかし此方は、加減を知らずにじゃれ付く、大型犬である。決して、嫌いという訳では無いのだが、御用猫としては、少々面倒に思っているのも、また事実なのであった。
「そんな感じで頼むよ、ただ、アザレと親父の方にも、何か行き違いがあるような気がするのだ……こちらからは、迂闊な質問を避けて、三人から、それぞれ話を聞き出したい」
「分かりました、そういう事であれば、アザレさんの方は私が担当します、女同士ですし、何かと話しやすいでしょ……ちょっ、やめ、あはははっ! ゴヨウさん、やめなさい! やめて! 」
膝の上に転がした少女をくすぐりながら、御用猫は、水着少女の方に眼を向ける。サクラを信じぬ訳では無いが、アザレという女は、繊細で神経質な所がありそうなのだ、いかにも真っ直ぐな彼女には、少々扱い難い手合いであろう。
「およ、頼っちゃう? 猫ちゃん、きぃを頼っちゃうー? いいよいいよー、おっけおっけ、任せてほいだよ」
ぬるっ、と床の上に伸びる少女なのである。畳の目に沿って滑るのが楽しいのであろうか、しかし、なんとも落ち着きの無い女ではないか。
(里の暮らしが、どういったものなのかは知らないが、出てくるのは初めてなのかな、何もかもが、新鮮なのであろう)
御用猫とて、クロスロードに来た当初は、見るもの全てが物珍しく、彼方此方を彷徨ったものである。いや、そう感じたのは、随分と後のこと、荒んだ心が、落ち着いてからであったろうか。
「おう、任せてほいするから、宜しく頼むよ……あと、芋虫じゃ無いんだから、他人の身体に登ってくるんじゃありません」
畳の上を滑って移動し、そのまま、よじよじ、と絡み付いてくる水着少女を、サクラの上に重ねて抱えると、下の方から、蛙の潰れた様な声が聞こえた。
大方の話は、これで終わりであろうかと、御用猫は、肌色も剥き出しな少女の背中を、ぐにぐに、と揉みながら考えるのだ。リチャードもハルヒコも、優秀な男である、事細かに指示せずとも、彼の意を汲んで、上手く行動してくれるはずなのだ、むしろ、余計な事を言わぬ方が、彼らも自由に働けるであろうか。
(……あれ、これはもう、二人に任せといて、良いんじゃないかな? )
面倒な話ではあるのだが、だからと言って、難しい仕事でも無いのだ。水着少女の柔らかな肉の感触を楽しみながら、御用猫は、後の処理を全て彼等に押し付け、クロスルージュ辺りに逃げ込もうか、などと考えていたのだが。
「……団長」
不意に投げられたハルヒコの言葉に、びくり、と肩を動かす。ひょっとして、自分の怠け心を見透かされたのだろうか、そういえば、恐ろしくて目は合わせていなかったのだが、隣の少年からは、先程から、刺す様な視線も感じているのだ。
「な、なんだね、ハルヒコ君、何か質問でもあるのかな? 」
「いえ、質問という訳では……その……そちらの娘、なのですが」
彼の視線は、水着少女に注がれていた。そういえば、ハルヒコには、まだ紹介もしていなかったかと、今更に御用猫は思い出すのだが。
しかし、紹介しようにも、御用猫とて、この少女の事は、まるで知らないのであったのだ。
(そうだ、丁度良い、今の内に聞いておくか)
直接に、彼女の口から説明させようかと、御用猫が、膝の上に視線を落としたところで、ハルヒコが言葉を重ねてきた。
「……何の罰かは知りませんが、そろそろ、お許しになられては? せめて、まともな服くらい、着せてあげて下さい」
「これは趣味だそうだ、気にするな」
「っ! これは、失礼しました! そういった、お遊びでしたか……団長の性癖に口出しするなど、なんたる失態、どうかお許し下さい」
「俺のじゃ無いからね」
「いえ、世継ぎは多いに越した事はありません、実は、以前から考えていたのですが……どうでしょう、団長さえ宜しければ、クラリッサなど……」
ここぞとばかりに、身を乗り出すハルヒコの頭頂部が、遂に、良い音を鳴らした。
身動きの取れぬ御用猫の代わりに、それ、を行なった少年の表情は、確認こそ出来なかったのであるが。
ひい、と怯えるハルヒコの様子からして、おそらくは、見えなくて良い類の、ものであったろう。




