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続続・御用猫  作者: 露瀬
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同たぬき 12

 東町の中程辺りで、御用猫達はリチャード少年と合流を果たした。相変わらず気の利く少年ではあろうか、事前の打ち合わせも無く、丁度良い時宜に、丁度良い場所で、彼は待ち構えていたのだから。


「済まないなリチャード、ちょいと無理させたか? しかし良い位置だ、ありがとう」


「いえ、アザレさんの事を失念しておりました、日差しの強いラゾニアで、あの肌の白さ……もう少し、手前で合流出来た筈なのです」


 ラゾニアは、西方諸国でも地中海に面する、南の国である。気候はオランに近く、住人には日焼けした者が多いのだ、アザレ程の白さを見れば、育ちが良く、運動には慣れていないと、予想が出来たかも知れない。


 最も、その反省は、リチャード少年の知識と、頭の回転があればこそ、であろうか。普通の若者には、そこまで考えを巡らせる事など、出来はしないのだから。


「……良く、見てますね」


 ちくり、とサクラが嫌味を口にする。見れば、黒狸の方からも、何やら鋭い視線が投げられているではないか。


(成る程ね、随分と、過保護なお父様であるようだ)


 しかし、とりあえずは移動が先であろうかと、御用猫は皆を荷台に押し込み、少年にラバ車を走らせるのだ。相変わらず、歳の割には、歩みのしっかりとしたロシナン子である、六人を乗せた荷車も、楽々と引いている様子であった。


「さて、そろそろ、礼を言わせて貰おう、御用猫どのと言われたか、我が娘を保護してくれた事、まこと、かたじけない……金で感謝に代えるのは不本意なれど、異国の地では、それしか叶わぬ……しかし、もしも、西方に旅する事があるならば、いつでも頼られるがよい」


「金については、有り難く頂戴するよ……だが、さっきの貴族は、クロスロードでも有名な悪者でね……当座の寝ぐらは提供するから、用事があるならば、早めに片付けた方が良い」


 むう、と唸る黒狸は、太い腕を胸の前で交差させ、目を閉じて考え込むのである。彼等の用事については、思い当たる事もあるのだが、御用猫は、あえて口にする事も無かったのだ。


 彼の予想が正しいならば、これは、先に娘の方とだけ、話合わねばならぬであろうから。


「あの、シアンさん、お二人の用事というのは、ひょっとし……うひゃい! 」


「サクラちゃんは、おっぱいも小さいよね」


 迂闊な事を口走りかけたサクラの胸を、背後から水着少女が揉みしだいた。彼女は先程まで、御者台に座っていた筈であるのだが、いつの間に移動したものか。


「こら、きぃちゃん、はしたないぞ、続きは向こうでやりなさい……リチャード、ちょっとサクラと変わってくれ……あと、小さいのが好きな男もいるのだから、気にすんなよサクラ」


「余計なお世話です! 」


 水着少女に掴み掛かりながら、サクラが声をあげる。既に慣れたものか、走るラバ車の上で、三人は器用に位置を変えてゆくのだが、ちらり、と御用猫に目線を送る水着少女は、片目を瞑り笑ってみせた。


(ふむぅ、やはり、気の利く奴だ、うん、良いじゃないか……目の保養にもなるし)


 御者台に上がる、水着少女の尻を眺める御用猫であったのだが、不意に、その太腿に痛みが走る。


「あいたっ! 」


「あ、若先生、申し訳ありません、足が滑りました」


 あからさまな踏み付けであったのだが、少年は悪びれた様子も無く、彼の隣に腰を下ろす。黒狸の方は、御用猫達のやり取りに、少々、面食らった様子ではあったのだが、娘と再会出来た安心感からか、特に何か言う訳でもなく、腕を組んだまま、流れに身を任せているようである。


「まぁ、色々とあるだろうが、今日のところは、ゆっくり休んで、落ち着いてくれ、考えるのは、明日で良いだろう」


「そうであるな……重ねて、感謝いたす」


 腕を解いた黒狸は、ひとつ、息を吐き出すと、ようやくに笑顔を見せた。元々が丸いたぬき顔なのである、笑ってみせれば、これまた愛嬌のある顔付きでは、あるだろうか。


 釣られて笑顔を返す御用猫ではあったのだが、黒狸の横で、こりこり、と親指の爪を噛み始めた女の姿を、視線の端では、捉え続けていたのだ。




「だんち……猫の先生、どうなさいました、ご無沙汰しております、お変わりありませんか、道場の方は、この不詳ハルヒコ、全力にてお守りしております、大先生不在の間に、門下生の腕が落ちたなどと、決して言わせはしませんので、ご安心ください、北の自警団も、交代でしごいておりますゆえ、はは、ゲコニスは部下に甘いところがありますので、この機会に、もう少し血を吐かせておきますとも、ですが最近では、見所のある若者が、新たに入団希望する事も……して、そちらの方は? 」


 金色の総髪に、見事な口髭と尖った顎髭の偉丈夫、一見しただけで、それ、と分かる程の強騎士、ハルヒコ ステバンは、ひと通り、言いたい事を口にした後、ようやく、見慣れぬ二人に気を止めたようである。話が長い事には慣れているのだが、相変わらずに、御用猫に向ける眼差しは、敬意を超えて崇拝に近いものがあるのだ。


(もう少し、演技指導が必要だな……今度、イスミを連れてこよう)


 片手を上げて挨拶に代えると、御用猫は簡単に経緯を説明する。リチャード少年は、客間を整える為であろうか、直ぐに母屋に向かっていた。


「成る程、そういった理由ならば、どうぞ遠慮なく、大先生からは、留守の間を全て任されていますゆえ」


「ありがとう、助かるよ、ハルヒコには世話になるばかりだな」


 そう聞いた途端に彼は膝をつき、何を仰いますかと、恭しく頭を下げるのだ。ハルヒコは、御用猫に対する忠誠を、つらつら、と語り始めたのだが、それは無視して、シアン老とアザレを母屋に案内する。


「猫ちゃん猫ちゃん、なんかなんか、変な人、だね」


「だろ、その感想を忘れずに、後で鏡を見ておけよ」


 なんでなんで、と彼に食い下がる水着少女も振り払い、ようやっと、御用猫は、人心地つく事が出来たのだ。




「……ひとつ、仕事を頼みたいのだが」


「さて、何だろう」


 夕飯を終え、黒狸は、居住まいを正し、そう告げる。サクラとリチャードは、食事の片付けに炊事場へ、シアン親娘に向かい合うのは、御用猫とハルヒコ、それに水着少女だけである。


「クロスロードは広い、娘を探すのも、儂一人では侭ならなんだ……人探しを、手伝っては貰えぬか、勿論……」


「謝礼は頂くよ、それで、探しびとは、どなたかな? 」


 シアン老は、丸い顔を少し歪め、なんとも憎々しげに、その名を口にする。隣に座るアザレの方は、俯いたまま、陰気な空気だけを振りまいていたのだ。


「……嶋村ナリアキラ、と言う男よ……娘を誑かし、弄び、そして、捨て逃げた……最低な輩、である」


 御用猫は、表情を変えなかった。


 ただ、目を閉じて顎をさすり、この場にサクラが居なかった事を、有り難く感じていたのだ。


(とはいえ、面倒な事に違いは無いがな)


 損得が同じならば、神に感謝する必要も無いであろう。


 ゆっくりと頷き、了承の意は示したものの、次の瞬間には、大きな溜め息を吐き出すしか無い、御用猫であったのだ。





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