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続続・御用猫  作者: 露瀬
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うでくらべ 9

 夜警の当番が終わり、ハボック ヘェルディナンドは、テンプル騎士専用の寮に戻るところであった。実家住まいの者も多いのだが、ハボックの生まれは西町の外れであり、毎日登城するのには、少々距離があるだろう。


(リリィアドーネ殿からの返事はまだであろうか……どうにも、女の段取りは遅くてかなわぬ、そういえば、ラースも、出掛ける度に、ニムエの長い支度を待たねばならぬと言っていたか、ひとつ食い物を買うのにも、茶が冷める程の時間を要すのだとか……ううむ、しかし、念友を求める、というのも、私には理解のいかぬ考えであるし、やはり、色街で充分であろうか)


 考え事をしながらも、彼の歩みに隙は無い、ハボックの脳内思索と行動は、完全に切り離されており、例え余所事に気を取られていたとしても、何かにぶつかる事は無いのだ。


 それどころか。


(む、何故、気配を消した? いや、誰か居る、何故だ、向こうも忍んで……)


 ふと、自身が気配を消し、影を選んで移動している事に気付くのだ。肉体を制御する意識と、脳内の自我を合一させると、ひとつになったハボックは、街路の角から、ちら、と様子を伺う。


(あ、これは、見るべきでは無かった)


 物陰で抱き合う男女を視界に捉え、彼は後悔した。そのまま彼は振り向くと、遠回りをして寮に戻るのだが、結局、ハボックは、眠る事も出来ず、その夜を悶々として、過ごさねばならなかったのだ。


 まだ若く、背の高い男女。その男の方は、見まごう事なき、彼の友人であったのだから。




「団長、ハルヒコ ステバン、馳せ参じました」


「おいよせ、というか、誰が呼んだ」


 きゅっ、と反射的に、膝の上のチャムパグンを抱き締め、御用猫は視線を走らせる。ふと、目の合ったさんじょうが、何か困ったように小さく手を挙げる。


「テンプル騎士の情報ですが、今、私の旧知の者に繋ぎをとっております、今回の件とは無関係ですが、そこで、少し気になる情報も耳に入れました、ガリンストンが裏口屋と接触し、闇討ちの仕事を始めたとか……彼奴を捉えたのは団長だと聞いております、逆恨みして、何か良からぬ事を考えておるやも……一応、アカネと晩七にも、話はつけてあります、あと、団長が気に掛けておられた北町の自警団ですが、やはり、上手く機能しておらぬ様子……しかし、ご安心を、エルドレッドらを付け、一から組織の改変と、教育を行いますので、あの、孤児院に居たゲコニス、あれは使えそうですな、一部隊を任せられるでしょう、なに、半年も掛かりません、下部組織とはいえ、黒猫騎士団の名に恥じぬ程度には、血を吐かせて、鍛え直してみせましょう、万事お任せ下さい」


「そうなんだ、ハルヒコは凄いなぁ」


 きっ、と睨み付けると、さんじょうは目を逸らす。しかし、これは、御用猫の過ちであろう、この男の恐ろしさを、彼女に、きちんと伝えていなかったのだから。


 深々と一礼し、ハルヒコは、彼の向かいに腰を下ろす。どうやら、直ぐに戻るつもりも、無いらしいのだ。


 御用猫は、若干の目眩を覚えつつ、まるでリチャード少年の様に、きらきら、と、その灰黒の瞳を輝かせる、金髪の偉丈夫を眺め。


(まぁ、あの、死んだ様な眼よりは……まし、であろうか)


 花吹団の襲撃事件の後、テンプル騎士、辛島ジュートの預かりとなったこの男は、最初、まさに死んだような有様であった。彼の部下と共に引き合わされた時には、いきなり剣を引き抜き、御用猫に首を取れと懇願してきたのだ。


「それがしには、もう、割腹すら許されませぬ……辛島殿は、悪党を斬り捨てる賞金稼ぎが裏の姿だとか、この汚れた首を払うには、まさに適任……願わくば、この首をもって、全てのけじめとし、部下と……娘の事は……どうか……」


 胸襟を開き、目を閉じるハルヒコは、座して固まり、黙秘を決め込んだ。


 そう、全てに疲れたこの男は、生を捨て、ただ、楽になりたかったのだ。


 その時の御用猫には、それが、気に入らなかった。理由は分からない、これ以上の面倒ごとを押し付けられるのが腹立たしかった、という訳ではなかったのだが、兎に角、気に入らなかったのである。


 なので、御用猫は、地面に突き刺さるハルヒコの長剣を抜き取ると、そのまま、彼の額に突き立てた。ごっ、と、骨で止まった切っ先から、赤黒い血が溢れ出し、呆けた様に目と口を開いた、彼の中に流れ込む。


「馬鹿な奴め、軽々しく他人に命を預けるから、こうなるのだ……貴様の生殺与奪、今は我が手にある、死を望んだ身で、まさか、文句は言うまいな? ……ハルヒコ ステバンよ、その血の味は、貴様の新しき命である……生きよ、これが、最初の命令だ……そして」


 しゃがみ込んで目線を合わせると、御用猫は、にやり、と笑い。


「折角に貰った命、扱き使ってやるからな……きりきり働いてもらうぞ、俺が、楽をする為にな」


 ぽんぽん、と肩を叩いたのだ。


 ハルヒコは、しばし、固まったままであったのだが、突如として、地面に両手と、血の滴る額を打ち付け。


「……身体朽ちて命尽き果てるまで! 我が主に、忠節を誓いまする! ハルヒコ ステバン! この名と、剣と、六柱の神にかけて! 」


 滝の様な涙にて血を洗い、男泣きに泣き始めたのだ。


「え、うん」


 その姿を見たエルドレッド他、五名の騎士もそれに倣い、膝を付いて臣下の礼をとる。若干、気持ちの引いてしまった御用猫は、そそくさと、その場を後にしたのだが。後日、アドルパスから聞いた話では、新たに設立された遊撃騎士団は、テンプル騎士の辛島ジュートを筆頭とし、完全独立、完全機密とされ、シャルロッテ王女以外、何人たりとも指図のできぬ、勅命騎士団とされたそうである。


 元々、公爵子飼いの極秘盗賊団として活動していた彼等ならば、それも可能ではあるのだろうか。王女の私兵となれば、迂闊な詮索を受けることも無いだろう。


 ただ、問題といえば。


「……その時、私の頭の中に、閃きがあったのです、神の啓示とは、こういったものであったのか、と、理解したのです、今までの、我が人生は、この日の為に、この出逢いの為にあったのか、とすら思えました……衝撃でした、檻から解き放たれた小鳥とは、この様な気分でありましょう、まさに、翼を得たのです、我が主の御為ならば、この剣は、ドラゴンの鱗すら、突き通す事でありましょう」


 滔々と語るハルヒコは、夢見る乙女の如き面持ちで、サクラに負けぬ長舌であるのだ。


「ごめんなさい、どうしても、直接話したいからと……」


「いんや、許さない、後で抱き枕の刑に処すからな」


「先生ぇ、こいつ、黙らせていいですか? 」


 よしやれ、と、御用猫の許可を得たチャムパグンが、ぴっ、と指先を向けると。


「ほぅっ」


 顎を撃ち抜かれた拳闘士の様に、かくり、とハルヒコは崩れ落ちる。隣に座るさんじょうは、びくり、と肩を震わせたのだが。


「こいつ、口数が少なけりゃ、良い奴なんだがなぁ……そういや、イスミもそんな事を言ってたなぁ」


「サクラみてーな奴でごぜーますね、先生ぇ、一回ぶつけてみやしょう、プラスとプラスでマイナスになるかも知れやせんぜ」


「うん、何言ってるのかは分からんが、それは、ちょいと面白そうだな」


 きゃいきゃい、と楽しそうに相談する二人を眺め。


(ひょっとして、私の方が、おかしいの? )


 さんじょうは、ひとり、自己の正常性を疑い始めたのだった。




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