表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
続続・御用猫  作者: 露瀬
1/159

未だ名も無き御用猫

特に問題はありませんが、シリーズの頭から読んでいただくと、より深く内容を理解できるかも知れません。


嘘です。


ご自由に読み進めてくださいませ。

ベベン


夜のォ帳がァ下りるころォ〜


耳にィ響くはァ、赤子の声ェかァ


ベベン


いンやァ〜、あぁァあぁ〜あれェはぁあァん


悪党ォどものォ〜笑い声ェ〜ィん


ベベンベベンベベベン


悪い奴ほどよく笑う

泣いて濡れるは弱者の性か


いんやお前ら、あれを見な


ほれェい、あすこにィ〜、見ゆるはァ〜あぁァ〜ン


ベベベベン


やくざなァ傷のォ、御用ォ〜猫ではァ〜ねェかいよォ〜







 王都クロスロードといえども、深夜を二つも針が廻れば、その姿をがらり、と変える。


 上町近いこの辺りでは、行儀良いものは、すっかり、と寝静まり。そうで無い者は、色街で朝を迎えるのだ。


 もしも、未だに明かりが灯るならば、その下にて密やかに笑う者あれば、それは二択なのであろう。


 すなわち、狩る者か、狩られる者か。


「モリヒロ屋、今宵の馳走、また格別であったぞ」


「有難き幸せにございます」


 石造りの質素な館は、その外観とは裏腹に、豪奢な内装の建物であった。館の主である、モリヒロ ハイルダーは、近年、北町水路の修繕事業にて、莫大な利益を得た、所謂成り上がり、であった。


 向かいに座る男は、北町の、まるで蜘蛛の巣のように張り巡らされた水路網、その管理業務を担っている、シゲン子爵。


 こうした公共事業に、クロスロードは力を入れていた。陸路水路は、大都市の生命線であるのだから。その為、定期的な補修や新設移設は必要不可欠であり、それはまた、多くの雇用を生み出す事にもつながるのである。


「ですが、お奉行様……まだ、甘い物を召し上がっておられぬのでは? 」


 惚けたような表情にて、モリヒロ屋が笑う、ほほぅ、と手を揉むシゲン子爵は、下卑た笑いを、その顔に張り付けた。


「どうにも、酒が少ないと思っていたが、なるほど、そういった趣向であったか」


「これは……お奉行様もお人が悪い、あれ程の酒精、並みの方なら、すでに倒れていても、不思議ではありませんよ」


 笑いながら、モリヒロ屋は立ち上がり、ころ付きの衝立を壁に寄せ始めた。大部屋の間仕切りの向こう側には、並みの部屋ならば、それだけで一杯になりそうな大きなベッドと。


「んぅ!? んむーんむぅー! 」


 その上にて、じたばた、と捥がく、まだ年若い黒髪の女。猿轡を咬まされ、両の手首は、ベッドに括り付けられている、短いスカートから、すらり、と伸びる長い足は、いかにも健康的であり、その美しい顔と相まって、何とも艶かしい色香を放っていたのだ。


 しかし、縛られた女性にとっては、堪ったものではないだろう、この状況は、決して、彼女の合意を得たものでは無いのだろうから。


「なんと、これはまた、滅多に見ぬ程の上物ではないか」


「ええ、ええ、こちらも苦労しましたので……もちろん、正真正銘、生娘にございます」


「ふふ、これは、恩返しも高くつきそうだ……うむ、これは、独り言であるが、近々、また、街の拡張工事を行うのだ……私の裁量でな、業者を決める事も出来よう」


 上着を脱ぎながら、シゲン子爵は呟いた、もう、モリヒロ屋の姿は、目に入っておらぬだろうか。


「……見積もりならば、すでに」


「ふふ……そちも悪よのぅ」


 視線は合わさずに、うふふ、うふふ、と笑い合い、モリヒロ屋は接待部屋を後にする。


(……金はかかるが、それ以上の儲けも、確かにあるのだ、面倒手間だが、もうしばらく付き合わねば、なるまいか)


 利用できるだけ、利用して、モリヒロ屋は、更に上を目指すのだ。彼の目標は、内務大臣カエッサである、平民から成り上がったカエッサ大臣は、クロスロードで商いをする者にとって、この上なき手本であるのだ。


 表も、裏も。


「モリヒロ ハイルダー大臣か……悪くない」


「違うだろ」


 どきり、と、モリヒロ屋は飛び跳ねる。余りに驚き過ぎたため、手持ちの呪い角灯を取り落としてしまう。


 がらん、と転がるそれが、背後の男を浮かび上がらせた。


「お前の名は「こつかけ」のジンキチ……だろう?」


「ご、御用……猫……」


 噂にしか、聞いた事はない、しかし、間違いは無いだろう。


 黒髪黒目、中肉中背、ただひとつ目立つ要素は、顔面を斜断する、大きな向こう傷。


 およそ、その首に賞金のかかった者ならば、クロスロードに潜むならば、誰もが知る名前、情け無用の御用猫。


「さて、どうする? 歩くか、首か」


「だ、誰……」


 叫ぼうと開いた口に、太刀の切っ先が差し込まれる。それは、首を振れども、後ろに下がろうとも、ぴたり、と定まり、その位置を変える事が出来ぬのだ。


 かちかち、と、モリヒロ屋の震える歯が、刃を鳴らす。ひとたび御用猫に狙われたならば、未だ、逃げ果せた者は無い。


「か、金なら、幾らでも……女も、地位も、そうだ、儂の用心棒に、なってくれぬか? 共に、上を目指……あぎっ」


 ぐりん、と、口内で太刀を回され、モリヒロ屋の舌が、削ぎ取られる。彼は尻餅をついて倒れ込み、這いつくばって逃げ出した。


(こんな、こんな所で、終わってたまるか……これからなのだ、今からなのだ)


 外にさえ出れば、屈強な手下達が、この野良猫を始末するだろう。後悔させてやる、睾丸をもぎ取ってやる、泣き喚いて、命乞いさせてやる。


「どうする、歩くのか? 」


 太刀を肩に、悠々と付いてくる賞金稼ぎを振り返る事なく、モリヒロ屋は四つ脚にて、転げるように階段を降りる。遂に玄関から飛び出した男は、しかし、目にしたのだ。


 かつて、盗賊団として荒稼ぎしていた頃からの配下達、命知らずの荒くれ達。その、皆が皆、涙と鼻水、そして呻き声を撒き散らしながら、のたうち回っている光景を。


 ただ一人、倒れ込んで動かない副頭の上には、白いワンピース姿の、異様な刺青を全身に彫り込んだ、異様な少女が跨っている。ざくざく、と副頭の身体に針のような物を、何度も何度も突き立て、引き攣った様な笑い声を上げているのだ。


「ひきっ、きっ、こいつ、強かった、やった、たのしっ! 」


 けたけた、と笑い続ける、黒い死神を前に、膝をついたモリヒロ屋は、口の端から血を流し、ただ、呆然と、それを眺めるのみであった。


「……もう、歩かないのか? 」


 背後からは、黒い悪魔の声。


「こつかけ」のジンキチは、ゆっくりと振り向くと、自らの首に、とんとん、と、手刀を当ててみせる。


「けっ……この悪魔め……ひと思いに、殺れってんだ……」


 ごろり、と、転がるそれは、不敵な笑みを浮かべていたろうか。


「……黒雀、死人を辱めるな」


 愛刀の血糊を拭いながら、どこか沈んだ顔で、御用猫は、ぽつり、と零す。


 人を斬る事に、もはや躊躇は無い、しかし、躊躇の無い自分が、御用猫は、堪らなく嫌いであったのだ。


 二階から、あれはシゲン子爵であろうか、やけに高い悲鳴が響く。どうやら、みつばちの方も、片が付いたのだろう。


(あちらは、傷を消してからだな……あぁ、なんと、面倒な……)


 溜め息をひとつ、ふたつ、吐き出すと、御用猫は歩き始める。


 いつか、この吐息にまで、血臭が混じるのではないだろうか、などと思いながら。








何の因果か野良猫稼業


未だ名前もありゃしない


相も変わらず血に濡れて


爪を舐めれば鉄の味



御用、御用の、御用猫









評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ