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萩野古参機関士シリーズ

萩野古参機関士 高速度運転

http://ncode.syosetu.com/n6608co/

これが参考になってます

挿絵(By みてみん)

 今日は廣中機関士との乗務……のハズが、何故か萩野機関士との乗務に書き換えられて居た。指名かな。指名だったら嬉しいというか、誇らしい事だ。その機関士に信頼されているという証だから。しかもそれが、最古参である萩野機関士ともなれば尚更だ。


「行くぞ。」


「―!」


大きな動輪のついた機関車に向かう。ここで喜び勇んで突っ走ってはいけない。入替の列車が走ってたりするからだ。轢かれたらひき肉とまではいかないが、笹身のようになってしまう。

 運転台キャブに上がり、いつものように出発の準備をする。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


 今日は非常に調子が良い。石炭は白熱して燃えて、圧力計は14~15の目盛りを行き来している。ボイラ水位は液面計の8分目のあたりを保持し続けることができている。全くの理想的状態だ。しかして機関士の顔は厳しい。それもそのはず、先ほどの駅で急病人だかのせいで5分遅れで発車したのだ。優等列車の運行行程スジは他の列車の隙間を縫うように引かれている。5分ともなれば大問題だ。だから今、回復運転を行っているのだが、思ったほどに上手くいかないようだ。回復運転とは、通常よりも高速域に達するまで力行りっこうすることで所要時間を短縮する技術で、ともかく大量に蒸気を必要とする。そしてそうなると、排気ドラフトが強くなって、焚き方に難儀するのだ。排気ドラフトとは、煙突にシリンダーで使った後の排蒸気を吹き込むことで火室からの空気を吸い込むというもので、これによって燃焼効率その他もろもろを改善するものだ。で、これが強くなると、石炭が吸い込まれてしまって大変なこととなる。


 火室にはアーチという部分があって、ここには耐熱煉瓦が乗っている。この下にくべることで不完全燃焼分子が煙管に入らないようになっているのだが、それでもくべる際に煙管に吸い込まれてしまう事がある。それを極力減らすくべ方を伏せシャベルと言い、叩き付けるようにしてくべるのだ。これが下手であると煙管に吸い込まれた石炭が詰まって効率をおとしたり、煙室を通り抜けて煙突から飛ぶことがある。そうすると、沿線住民が文句を言ってくる。本来煙突から飛ばないように火の粉止め網があるのだが、石炭の質がよろしくないこの辺りではすぐに目詰まりするから外してしまった。しかして今日はそれもすべてうまくいっている。なんだかこれほど調子がいいと何か起こらないかと寧ろ不安になる。この前など乗務中に給水ポンプが破壊して、やむなく注水器インゼクターで乗り切ったし、一番怖かったのが圧力計の外側バルブがぶっ壊れて用をなさなくなった時だ。カンでくべるのは非常につらいものがあった。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


 その時、パッと云う音と共に液面計のガラス管が粉砕した。何しろ内部から15気圧の圧力を受け続けたのだから無理もない。一気に蒸気が漏れ、視界を奪う。また、200度まで熱せられた水があふれる。直ぐにコックを閉じねばならないが、そもそもコックが何処にあるか見えない。


「早くせんか!」


機関士の怒号によって決意がついた。菜っ葉服のボタンをすべて外し、上半身を脱ぐ。下には薄手のシャツがあるが、これは透けてる。だからどうした。

 脱いだ上着を蒸気が噴出している辺りに投げつける。何かに引っかかって噴出している部分を覆ったらしく、視界が戻ってくる。急いで真鍮のバルブを閉める。蒸気の噴出が止まったので、引っかかっている菜っ葉服を引っぺがし、腰掛に引っ掛けると、熱湯したたるバルブを閉塞位置に持って行く。ボイラ圧力14,5ともなると沸点が200度。それは熱いというか、焼けるわ。そんな熱湯に温められた菜っ葉服を着れる筈もなく、汗で張り付いた薄手の白シャツ(透けてる)でだけでしばらく頑張ることとなる。


「次通過、島式ホーム!」


「―――!」


 石炭をともかく投げ込んでからタブレットホルダーを手に取る。そして運転台キャブから身を乗り出し、駅を見据える。タブレット受けにホルダを引っ掛ける。そして駅員がこっちを見ていた。そりゃ驚きもするだろう。男の職場である機関車から(少なくとも肉体的には)女が身を乗り出していたら。しかも上半身は一瞬半裸と見まごうほどの薄着だったら。具体的には薄い丸首白シャツとさらしぽっきりという。その目が好色なそれに代わるより早く通過する。そしてタブレット授柱につけられたタブレットホルダーの輪に腕を通すようにして受け取る。痛いが、取り落としたらさらに列車を遅らせることになりかねないので、気力で保持し、そして運転台キャブの壁にかける。


「よくやった。」


「―!」


 そうしてまたくべ始める。液面計2つのうち片方が破砕しているから残ったもので確認し、給水ポンプを回す。少し下がっていた圧力が再び戻ってくる。石炭が乾いて来て、くべにくいから、炭庫散水バルブを開けて石炭を湿らせる。

 割れた液面計のガラス固定コックを回して残ったガラスを取り除く。そして天井にあるガラス管入れから新しい液面計ガラスを取り出し、差し込む。固定した後に液面計の蒸気と水のコックを回す。どうせしばらくは安定しないし正しい位置を示さないから、ちゃんと水と蒸気が入っていることだけ見ておいておく。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


 次の駅で交代だ。だから火床を整えねばならない。駅が近づき、機関士が絶気ぜっき運転に移ったのを喚呼するとともに、通風機のバルブを回す。絶気運転とは、シリンダーに対する蒸気の供給を絶って、惰性で列車を走らせることであり、惰行運転ともいう。これをすると、排蒸気で行っていた排気ドラフト行えないから、生蒸気を代わりに吹き込む通風機を使うのだ。無駄というなかれ。こうでもしないと効率が落ちてしまうのだ。

 その後、焚口を開けて固定し、足元の戸を開ける。すると作用腕という部品が動かせるようになる。炭水車についた火格子揺り棒を作用腕に差し込む。まずは左の火格子から。引いたり戻したりすることで、揺り火格子が動いて灰が灰箱に落ちてゆく。ここでやり過ぎると火も落ちてしまうから、細心の注意を払いながらやる。次は右だ。そうしてそれらの隙間から落ちなかったものを、落とし火格子を開けて、火掻棒ポーカーで落とし、そうして火格子を戻す。火勢はほとんど変わらずに灰塵を処分できた。最後に灰箱水まきのコックを開き、注水する。焚口から蒸気が一瞬噴き出すが、それも通風機の作用で煙管に吸い込まれてゆく。


 そうこうして、駅に着く。やっと菜っ葉服の上着を手に取る暇ができた。運転台キャブは熱いこともあって幸い乾いているそれにそでを通しながらホームに降り立つ。交代の機関士、機関助士が一瞬ぎょっとしていたが、理由は分かっているから気にしない。萩野機関士も降りてくる。ポケットの鉄道時計で見ると一分の早着だった。ポケットに時計をしまい、萩野機関士と並んで交代する。そして機関助士が焚口を開く。緊張の一瞬だ。火床整理の出来が悪いと、交代してくれないこともある。


「うまくなったな。今後も頑張れよ。」


「―!」


そうして引継ぎを終えて、休憩だ。何をしようか。風呂が先だ。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


 機関士、機関助士の風呂をあがった後、どこに行こうか。

 風呂の後はこうして駅前の支那蕎麦の屋台なのだけど。安い、早い、うまい。三拍子がそろっているのがいい。常務の間に食べられる手軽さもなかなか…


「なア、俺が今日指名した理由、分かるか。」


「-?」


「おめえも五年少々機関助士をやって、だいぶいろんな機関士の事、知ってるだろ、しかもそれを見る余裕もできた。違うか。」


「―――。」


「ん、そうだろ?だからなあ、この常務の後、見習機関士に推薦してやろうと思う。どうだ?」


「――!」


十五の時に戦後のどさくさで国鉄の機関区に潜り込んで苦節六年、いよいよ運転できる。嬉しいというか、何というか。体の芯から熱がわくような感じだ。いつものが格別においしく感じられる。あ、替え玉、バリカタで。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


 帰りの列車の引継ぎ。相手の機関助士からの言葉を復唱しながら乗務に備える。


自動投炭機ストーカーの調子が悪い。」


「――――――。―――――?」


「ええ、だましだまし使ってきました。他に異常はないです。」


「―!」


 ストーカーがダメって、ひどいな。火室広いから無いと死ぬ。えーと、調子はどこまで悪いんだ。うっ、全部手前に来ているやないかい。一番と力のいる奥が自力か。この形式は火床広いんだよー。仕方ない。やるしかないんだ。釜焚き五年、なめるなぁ!


★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


 乗務日報書き終えた…ハドソン機の火室には勝てなかったよ…結局途中からストーカー止めてたし…死ぬほど疲れた…

 

 助役さんに報告を終えて、寮まで帰ってきたけど、本当にへとへとだ。死んじゃう。よーし、風呂だ。一日に2度も入るのかって?入るさ。そうでもないと飯食わせてくれないし。汗臭いってさ。

 脱衣場でふと考える。何故このように生まれたかと。よく機関士さん達には茶化される。主に助平スケベ話で。出歯亀しほうだいじゃないと。まぁ、確かにそう言っても良いけれど、しかし嬉しくない。虚しくなるだけだから。そういうのを致せない躯だと意識させられてしまうから。

 ボクは風呂や用を足す時が一番嫌いだ。一番を越えるのが生理の時だが、あれは論外だ。痛いとか、血が出るとか、そういった問題ではない。否が応でも女の躯だと自己主張してくるのが嫌なんだ。しかも注意散漫になりやすい。だから余計に喚呼していると、的はずれに「気合い入ってるな」とか言ってくる機関士さんたち。誰もわからないだろう。相談したこともない。世の中にボクのような人は他にいるのだろうか。

 髪を洗う。髪に絡んでごろごろとして居るものが落ちる。灰や煤、石炭粉レーキだろう。手や他の躯を洗う洗面器の水が真っ黒になる。これでもまだマシだ。昔は検修員で、吹き屋をやっていた頃がある。前日に火をおとした機関車の火室に入って、煙管にふいごを挿して吹くという仕事だ。肌に煤が入り、いくら洗ってもなかなか落ちないし、洗ったあと、湯船に入ったら、その湯まで真っ黒になった。だから一番消耗しているのに一番最後まで風呂を待たされたものだ。前日に火をおとしたのに、まだ生暖かい火室の火格子とか、折れている控えの把握とか、いまだに覚えている。今はそこまで汚れることはない。他に風呂に入っているひとからの目線が刺さる。まあ、こんなに煤まみれの女は珍しかろう。男ならともかく。あ、だいぶん筋肉質と言うこともあるかも知れない。機関助士なんかやってればいやというほど筋肉がつく。

 明日は非番だ。一日中寝てよう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 端的に言えば暑苦しい着ぐるみと言うか怪獣スーツを着ているような重量感と不快感が付きまとっています。鏡に映る姿が本来の自分なのだと騙しながら自身と戦う毎日です。そういう心理が描けています。自…
2016/10/20 23:43 退会済み
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