7-6 再会
わたしはこの闇を知っていた。何故知っているのかを考える。とても大事なことだとそう思ってしまった。
この闇は暗闇よりも濃くて、そして力を持っている。その闇の力がわたしの隣の人に集中して流れを作っていく。流れはドンドン速くなっていって闇の刃となった。
わたしの隣にいる人がその刃に切り裂かれた。たぶん今ので死んでしまったと思う。この刃は正確に急所を貫く。そう言う刃なんだと知っていた。
闇の刃。自然と思い浮かんだ言葉だったけど、心の中にストンとはまり込んだ。左手を胸に当て心を一つにするとその意味を思い出す。
わたしには首の左側から右脇腹の背中側にかけて大きな刀傷がある。その怪我をした記憶が無かったから小さな頃に受けた傷だと思っていた。
でも思い出した。この傷はこの闇の刃で受けたキズだったのだ。そしてそれと同時にわたしの横にいた家族の命も奪った。
わたしを育ててくれた両親が言っていたのを思い出す。わたしの本当の母親はわたしが小さい頃、何者かに殺されたのだと。わたしもその時生死の境をさまよい続けたが、運良く助かったという。それこそ奇跡だと言っていた。
「バカな。おまえじゃ無い!」
叫び声で、ハッと意識が戻ってきた。とにかく今わたしの周りにあるこの闇は私の両親を殺したのと同じものだ。同じような技を使う人がいるかも知れないけれど、この闇に流れ込んでいる力と意思はわたしの記憶を揺さぶった。だから絶対に間違いない。
頭の中が強い思いが鳴りひびく。殺してやる、と。
わたしは闇の中にある力の集まっているところに向かって、右手の剣をおもいっきり振り抜いた。見えていないからよくわからないけど、何かをかすめた気がする。
そしてそこにいた何かがわたしの方を振り向いたのを感じた。
「この技。あなたは…、わたしの…、お母さんを…、殺した」
わたしは絞り出すように呟いた。本当はもっと大きな声で言いたかったけど、上手く声が出なかった。でもわたしの言葉は相手に伝わったと思う。
殺してやるって気持ちが全身を駆け巡っている。へんに頭がスッキリしていて相手の動きがユックリに見えた。
強い風が吹き付けた。一瞬速く身構えたから風にあおられずにすんだ。強い風で闇が散らばっていた。ちょうどいい。そのおかげで相手の様子がよく見える。
相手もこちらを警戒して身構えていた。両手に沢山のナイフを持っている。きっとあれを投げつけてくるに違いない。
相手の体が一瞬で移動した。とっても速かったけどなんとかそれを追いかける。ナイフと影の刃がわたしに向かってくるのが見えたので、身を低くしたまま体を捻ってそれらを避けていく。もちろん相手に近づくことはやめたりしない。絶対に逃がさないように駆け寄っていった。
次の武器を用意する前に攻撃するんだ。目標目掛けてスパッと剣を振るう。でもそれは避けられてしまった。逃げられたらいやなのでさらに近づいて次の攻撃を狙ってみる。だけどそれは叶わなかった。
わたしは派手に吹き飛んでいた。なんだか判らないけれど、相手の攻撃を受けてしまったんだ。ゴロゴロと転がっていって何かにぶつかって回転が収まる。ジッとしていたらダメだ。考えるより速く立ち上がる。
お腹がとっても痛い。左手でお腹を少し押さえるとちょっとだけ楽になった。
逃がすもんか。絶対に殺してやる。わたしはキッと相手をにらみ付けた。
わたしは決死の覚悟で相手に向かって突進した。なんだか判らないけれど勢いをつけて走った方が強い攻撃が出来る気がした。そしてその強い攻撃でないと相手を殺すことが出来ないってなんか判っちゃった。だってわたし弱いもん。
だからわたしは走った。息苦しくて目が回りそうになっていたけど、それを気にしていたら相手を殺すことなんて出来ない。力を振り絞って全力で走っていった。
そしてそのままの勢いで剣を突き出す。相手もそれに併せて剣を突き出してくる。
負けたくない、負けられないんだ。無我夢中で精一杯体を伸ばした。ほんのちょっとだけわたしの方が速くなる。
わたしの方が速い。そのはずなのにわたしの胸に何かが突き刺さった。その衝撃で剣先がぶれてしまい相手に当たらない。けれど、相手も剣を避けるのに精一杯だったみたいで体勢が崩れていた。
わたしは左手のナイフを差し出した。スッと言う音がしてナイフが相手の胸に刺さった。
遅れてきた胸の衝撃にわたしはのけぞって尻餅をついた。まだ生きている。そう感じたわたしはとどめを刺すために相手ににじり寄っていく。
相手はもうまともに動けそうに無い。体を上にして寝転がっていた。胸に刺さったナイフからときどき血が拭いている。
頑張りすぎたからだろうか、全身が鉛のように重い。やっとの思いで相手の側に到着した。剣を両手にもちかえると、体重をかけてそれを振り下ろす。
わたしの体を後ろから誰かが抱き留めていた。とても暖かくて優しい臭いがする。この臭いは、お兄ちゃん?
「やめろ。それをやっちゃあいけない」
「離して、この人はわたしのお母さんを殺した人なの」
わたしはお兄ちゃんを振り解こうとするけれど、お兄ちゃんはそれを許してくれなかった。さらにわたしのことをガクガクと揺さぶる。
「落ち着くんだ。とにかく落ち着いて俺の言うことを聞いてくれ」
「だめよ。わたしはお母さんの敵をとるんだ」
「いいから聞けっ! こいつはたぶんおまえの父親だ」
聞いた瞬間は意味がわからなかった。なんでこの人がお父さんなの? だってこの人は間違いなくお母さんを殺したのよ。
「あいつをよく見てみろ。何か感じないか?」
相手の顔を初めて見た。そしてその人がキースさんだったとやっと判った。今までは見えていたけど見ていなかったんだ。
「でも、なんで?」
キースさんがかぶっていたフードが取れていてその顔見えるようになっていた。わたしを見るキースさんの目はとても優しくて、戦っていたときの恐ろしい殺気は無くなっている。そう言えばその顔には見覚えがある。
わたしは胸にかけていたペンダントを取り出すと、飾り部分をスライドさせる。そこには三人が並んで笑っている絵が描いてあった。真ん中にわたし、右に本当のお母さん。そして左にいるのが本当のお父さんだと育ててくれた両親が教えてくれた。
その本当のお父さんの絵と、キースさんの顔は確かによく似ている。
見比べていたキースさんの顔が見る間に青ざめていった。ユックリとこちらに手を伸ばしてくるけれど、さっきまでと違って全く力が無い。
わたしは中途半端な膝立ちのまま、ズリズリとキースさんに近づいてその手を取る。キースさんはさらに反対の手を持ち上げるとわたしをそっと抱きしめた。
抱きしめられたその感じにわたしは懐かしい何かを感じることが出来た。血の気が引いて白く濁っていく目がわたしを見つめている。それを見てわたしも手を伸ばしキースさんを抱きしめ返す。
とても長い時間に感じたけれど、本当は僅かな時間。お互いの体から伝わる懐かしくて優しいこの感じ。わたしはお兄ちゃんの言葉が本当の事なんだと、この人はお父さんなんだと核心出来た。
「……お父さん……」
わたしは小さく呟いた。その言葉は果たしてお父さんに届いただろうか? 優しい笑みを称えたまま、お父さんの目は輝きを失い。そしてユックリと崩れ落ちた。
KILL MY FATHER
小さな冒険者リリー
体力5/技術7/知力 6/運 7
幼い時に暗殺者に襲われ両親を失った。その時自分も死にかけたが何とか一命を取り留めることが出来た。闇に襲われる夢を時々見ることから暗殺者は闇を使う者だと思っている。
最近知り合った流れの盗賊と共に現在は行動をしている。彼はまるで兄のように自分を可愛がってくれている。
冒険者になって寂しい場所で野宿をするときなど、暗殺者に襲われたときの夢を見るようになった。漆黒の闇が周囲にわき上がり。おぞましい殺意となって襲いかかってくる。それは刃となり体をズタズタに切り裂く。だいたいそこで目が覚めるのだった。