6-5 魔法の力
私は崖の上に落ちた?? 落下の衝撃は無かった。何故そうなったのか全く理解出来ない。とにかく助かったことが判った。
周りを見渡すと目を丸くして驚いているリリーさんとイェルムさんがいる。その先には私を引き上げていたはずのキースさんが見えた。キースさんも驚きの目で私のことを見ている。
その時何かを感じて、周りをもう一度確認する。そして気づいた。やっぱりリーブがいない。きっとリーブは崖下にいる。ならそれを助けなきゃ。
唐突に目の前が闇に閉ざされた。自分の手のひらすら見えないほどの暗闇、さらに恐ろしいまでの殺気で私はその場から全く動くことが出来なくなってしまう。
頭はリーブのことでいっぱいだ。彼を助けるためすぐにでも吊り橋に向かいたい。けれど体が思い通りに動かない。心臓がわしづかみされたよう。呼吸が苦しいけど吐くことも吸うことも出来なかった。全身に鳥肌が立っていて、手足がプルプル震えている。
活動を拒否している肉体を必死に鼓舞して手を、足を伸ばす。私は亀のようにゆっくりと、ズリズリと這うようにしか移動出来なかった。
(なんで、動いて。動け。動くのよ!)
そんな私に何かが襲いかかってきた。見えていないからなんとも言えないけど、ギロチンが一瞬で首筋を通過した感じ。
今度は間違いなく死んだ。恐怖や悪寒から頭が解放されスッキリする。首を切られたために、体が感じていたそれらが頭に届かなくなったんだ。
「バカな。おまえじゃ無い!」
えっと。この声はキースさん? 恐怖は消えたけど混乱していて何が起きているのか全く判らない。とにかく落ち着かなきゃ。リーブも言っていた。ピンチの時こそ冷静になれって。
「この技。あなたは…、わたしの…、お母さんを…、殺した」
なに? 今度の声はリリーさん? もう、どうなっているの。どうしたら良いの? とても冷静になんて慣れっこない。
あれ? そう言えば私首を切られて死んだよ。なんでまだ生きているんだろう? 綺麗にスパッと切れると斬られたことも判らないって聞いたことがあるけど……。
倒れ伏していた私の上半身を、誰かがそっと起こしてくれた。姿は見えないけれど、それが誰だかなんて考える必要は無い。パニックに陥っていた思考が少しずつ落ち着いてくる。
とりあえずまだ生きていることは確かだ。
急に突風が吹き付け、辺りの闇を追い払う。倒れていた私でも転がりそうになってしまうほどの強い風。ちなみに私は彼が支えてくれていたので平気だった。
ディオンさんが似たような技を使ったのを見たことがある。この風は偶然じゃ無くて誰かが何かをやったんだと思った。
そして気がついた。そっか。暗闇かと思っていたけど、黒い霧みたいな何かが漂っていたんだ。それが突風で霧散した。所々小さな塊が残っているけれど視界を遮るほどでは無い。
そしてそこには二人の人影が向かい合って立っている。
朧気ながら理解出来たのは、リリーさんとキースさんが戦っていることだった。さっき聞いたリリーさんの言葉から推測するに、キースさんがやったなにかにリリーさんが反応した。私はその巻き添えをうけたって事かしら。
その時私は急に思いついた。キースさんの狙いは最初から私だった。そしてそう考えるとつじつまが合ってくる。頭が冴え渡り、私は思考の迷宮をくぐり抜けていく。
私は致命傷を数回受けている。それを助けてくれたのは間違いなくリーブ。方法は判らないけれど、その結果彼はどうなった?
ハッとして私は彼の顔を見た。そしてその姿に絶望する。皮膚は枯れ何カ所も剥がれ落ちている。目は窪み生気を感じられない。まるで枯れ枝のようになっていた。私を支えてくれている手も骨と皮しか無い。ここまで変わっていてはリーブと判る人はいないだろう。でも私にはそれが彼であると確信出来る。
なにより私を支えてくれている手のひらから感じる暖かがそれを証明してる。
変わり果てているリーブの体に次々とナイフが突き刺さり、さらに黒い刃が突き抜け彼を吹き飛ばした。それをやったのはキースさんと予想する。私を攻撃しても全てリーブが受け止めてしまうなら、先に彼を倒そうと作戦を変更したのだ。
頭では先にキースさんの対処をするべきと判っていたが、私は吹き飛んでいったリーブを追いかける。その体は想像以上にボロボロだ。首は肉が無くなり骨が見えていたし、さっきの攻撃で左腕と左胸の辺りが抉られ無くなっている。吹き飛んで叩き付けられた衝撃で左足も取れていた。もはや真面な部分を探す方が難しい。
それでも姿勢を崩さないようバランスを取って立っている。なんとなく予想はしていたが、それでもリーブは生きていた。私を心配させないためだろう。ボロボロの体で精一杯笑っている。いや、笑おうとしていた。
「リーブ。私は…。どうしてこんなことに」
「僕はただ貴方の側にいたかった。そして守りたかった」
手の中にあるリーブの体のあちこちにヒビのような物が見える。そこからポロポロと崩れ始めていた。
「これをやったのは父上ね」
「僕が望んだことです。僕には貴方を守れるだけの力が無かったから」
本当は揺すったり強く抱きしめたりしたかったけど、それをやったら一瞬で崩れそうな気がしてそれは出来なかった。
「私はそんなの望んでいない。じゃなくて、元に戻すことは出来るの?」
「さぁ? 僕はこういう事に詳しくないから」
言いたいことや聞きたいことが沢山あるけど上手く言葉にすることが出来ない。
「待って! ちょっと、もう少しっ!」
「今までありがとう。これでお別れです」
だめだ、頭の中が真っ白。なに、いったい何が起きているの?
「教えて、貴方にこれをやったのは誰なの?」
ボロボロ崩れていくリーブの顔が笑顔であると私には判る。
「そ…れ…は……」
手の中でリーブは崩れ去り、そして灰になった。