6-4 落下の恐怖
休憩後、程なくして吊り橋が見えてきた。見た目は頑丈そうに見えるけれど、ここを通る人は殆どいないわけだし、もろくなっている可能性もある。対岸まで8mぐらい。深さも30mぐらいあって落ちたらまず助からない。
ディオンさんの指示で、ディスさんとカイロウさんが入念な事前チェックを行っていた。
「なにも問題ないでーす」
「どうやらそのようだなぁ。これ作った人はしっかり者だ。いい仕事してやがんなぁ」
二人は荷馬車の通過に問題ないと結論を出した。万が一の襲撃に備え、カイロウとディスは吊り橋を渡りきったところで待機している。
「了解した。では二人はそのままそこで待機。そっち岸の安全確保を頼みます」
「オッケー。任せといて」
「コーディは馬を引いてくれ。私は後ろで確認しながら押していく」
「了解っす。任せてくだせぇ」
「イェルム、リリー、キースは残って後方確認。リーブとクーナは私の後ろを付いてきてくれ」
「はい、わかりましたぁ」
「はいはい、後方確認。すればいいんだろ」
馬車と私たちの重みで、吊り橋が大きく軋む。しかも馬車の幅は吊り橋の幅とほぼ同じ。だから、馬車は吊り橋のロープを擦りながら前進していく。その際、引っかかったり削れたりしないように接触箇所を確認しながら進んでいくことになる。
馬車を引っ張るのは馬と言うよりコーディさんだ。その方が意思疎通が速いし、コーディさんの腕力なら馬に引けを取らない。
「ディオンさんからの伝言です。おそらくここが一番の難所になると思われます。どんなことが起きてもすぐに対処出来るよう、細心の注意を払っていてください。特に吊り橋を渡り終わった瞬間が危険だそうです」
「任せておいて。山賊達がどんな手を使ってくるか判らないけれど、出来る限り対処出来るよう気をつけるわ」
馬車の移動速は当然ものすごくゆっくりになっている。いま山賊に襲われたら護るのも難しい。渡り始める前に一応周囲の確認をしたけれど、絶対に安全とは言い切れない。リーブもディオンさんも、もちろん他のみんなもものすごく緊張しているのが判った。
私だってさっきから心臓がバクバクいっている。何かがおきそうな気がする。その気配が私の緊張をさらに高めていた。周囲にばかり目が行ってしまい足下がおろそかになる。
踏み出した足に接地感が無い。落ちる! 全身を恐怖が巡り体が硬直してしまう。そこをリーブに抱きしめられた。
「周りが気になるのも判るけど、真っ直ぐ歩かなきゃ」
恐怖は去って行き現実が戻ってきた。
「ありがとう。気をつける」
リーブの手の中から体を引き離すと前を向いた。羞恥心と恐怖感が入り交じって変な感覚。私やっぱりリーブのことを思っているのかな? いやだから今はそんな状況じゃ無くて………。
「何かいやな感じがする。集中して」
耳元でリーブがささやいた。そのささやきに心臓が大きく鳴った。その音がリーブに聞こえたのでは無いかと思えるぐらいだ。が、流石にそれは無いだろう。首を数回振って意識を集中させる。その事はまた後で、この依頼が終わってから考えよう。そうだ。それが良い。
周囲の確認を急いで行う。馬車の影になって、対岸の二人やコーディさんの姿は見えない。後方を振り返るとリリーさんやイェルムさん、キースさんの三人が警戒を続けていた。
ん? なんかキースさんがこっちを見ているような気がする。完全に背中を向けているはずなのに見ている。不思議に思ってもう少し確認しようと思ったら、キースさんが手を振ったのが見えた。
何かの合図だろうか。もしかして敵が来た? 手を振った先を確認しようとその先に視線を向ける。
その瞬間のことだ。足下の接地感がまたなくなった。さっきリーブに言われたばかりなのに本当に不注意な私だ。咄嗟に手を伸ばし落ちないように吊り橋のロープを掴む。私が落ちかけたのに気づいたのか、ディオンさんが手元のロープをこちらに投げつけたのが見えた。大丈夫ですよ。そんなに何度も世話にならなくても平気です。
私は体を吊り橋に引きつけるようにしてしっかりと握りしめた。そんな私を包み込むようにリーブが被さってくる。だから大丈夫だってば。
「クーナ。しっかり捕まっているんだ」
リーブの必死そうな叫び声が聞こえてくる。そう言われて初めて気がついた。私が足を踏み外したのでは無くて、吊り橋全体が落ちているって事に。
必死にしがみついたロープは振り子のように崖の壁面へと向かっていく。そして私とリーブは二人して壁面に叩き付けられた。
「クーナ。平気かい?」
体中あちこちに痛みが走るけど、とりあえず大丈夫そうだ。
「私は…。平気みたい。あなたは?」
「僕も平気さ」
リーブも大きな怪我はなさそう。よかった。
「掴め。登ってこい。一人ずつ順番に」
崖の上から声をかけられた。聞き覚えの無い声に一瞬躊躇するが、それがキースさんだと判ると納得する。そう言えばキースさんが喋ったのを聞いたことが無い。
「ありがとうございます。さぁ、クーナ。先に」
こう言うとき、リーブは必ず私を先にしてくれる。彼はそう言う人なのだ。
「無理な動きをすると危険だ。上にいる者から順番にしろ」
今の私はリーブに先に上がってほしかった。
「リーブ。私なら大丈夫。すぐにロープが切れそうな状況じゃ無いわ」
その言葉に何かを感じたのか、今回のリーブはすぐにうなずいた。
「そう、ですね。判りました。クーナ。上に付いたらすぐに引き上げるから」
「よろしくね」
私は精一杯の笑顔をリーブに向けた。それを受け取ったのか彼も微笑み返してくれた。
キースさんは私の思っていたよりも力があった。手早くロープをたぐり寄せ、手元まで来たリーブを片手で引き上げた。これでリーブはもう安心。私はそれを見てほっとした。
そしてキースさんは手早くロープを降ろしてくれた。私もありがたくそれを掴む。千切れた吊り橋よりも、こっちの方が安心感がある。そしてその安心感からか、打ち付けた場所があちこち痛み出した。無理によじ登るよりも、キースさんに引き上げてもらおう。キースさんもそれを理解しているのか、何も言わずロープを引いてくれる。
その時手先に小さな痛みがおきる。その僅かな痛みで私はロープを手放してしまった。背筋を走った落ちる恐怖。僅かな間に三度目だ。私って本当にドジなんだな。でもリーブが助かったならそれでいいか。私は今度こそ死を覚悟した。なぜだか死への恐怖は感じなかった。