5-6 命つきるまで
僕はキースさんの降ろしていたロープを掴んでぶら下がっていた。しかしこのロープを頼りに擦ることは出来ない。急いで吊り橋を掴み直し、そしてそれを手繰って崖の上を目指す。
手先から順に全身の感触がなくなっていく。感覚は全くないはずなのに手に小さな針が刺さっているのが理解出来た。毒の知識は殆ど無いけれど、今自分に起こっている現象が毒による物だと僕は判った。
「もう少ししたら心臓も止まりそうだな」
誰に言うこと無く小さく呟いた。妙に頭が冴えている。行動にも何の支障も無い。むしろいつも以上に力が出ている気がする。それは実際そうなのだろう。腕だけで吊り橋を登っているのだけれど、自分でも驚くほど速い。
力を入れた筋肉の感覚は無い。こう動かそうと考えるだけで体が勝手に動いている。視界はぼやけているのに、知りたいところははっきりと判る。操り人形を操作しているかのように、自分を俯瞰視している気分だ。
そんな自分の状況をもう少し知りたかったけれど、今はそれを許される状況では無いはず。急いで吊り橋を登りクーナの側に行かなくては。
周囲が一転して闇に包まれたのは、僕が崖に降り立ったのとほぼ同時だった。全く視界が効かない闇であったけれど、今の僕には何の支障も無い。素早くクーナの位置と、キースさんの位置を確認する。
また先ほどと同じ感覚が僕に流れ込んだ。首がスパッと切れたけれど、血が噴き出すことは無かった。多分心臓がもう止まっているからなのだろう。傷は首の骨まで達していて首の皮一枚残っている状況に近い。激しく動いたら首がコロンと落ちてしまうかも知れない。
「バカな。おまえじゃ無い!」
キースさんが叫んだ。僕はこの期に及んで未だにキースさんを憎めずにいた。多分キースさんは雇われた暗殺者だ。クーナが憎いわけじゃなくて、仕事だから襲っている。何かを感じるなら彼を雇った人を憎むべきだし、そもそも僕がクーナを連れ出さなければこういう事態も起きなかったのかも知れない。ある意味キースさんも僕の犠牲者なのだ。
けれど僕は、クーナを助ける必要がある。相手が誰であろうと関係ない。やるべき事をやり遂げなくてはならない。僕に残された時間は僅かだ。冷静になって僕は状況を確認していく。
キースさんの攻撃は全く理解出来なくて、どうやって対処したら良いのか判らない。ただ僕は思った。こんな強力な技を多用出来るとは思えない。ならばそれを使い切らせてしまえばいい。
リリーさんとイェルムさんはクーナの味方になってくれる。この技さえ押さえることが出来れば多対一。クーナの実力を考えれば十分勝機がある。
「この技。あなたは…、わたしの…、お母さんを…、殺した」
僕にその声が聞こえた時は、リリーさんがキースさんを切り裂いた後だった。致命傷では無いようだけど傷は浅くない。
それなら僕はリリーさんをフォローしよう。そうすれば結果的にクーナを護ることになる。さっきのキースさんの焦ったような叫び。あれは本心からだと思う。そして何をしたか判らない僕に警戒の目を向けている。ならそれを増長しよう。僕は意味も無く両手をゆっくりと広げていく。
ちょうどその時一陣の突風が叩き付けてきた。首が落ちないように慌てて押さえつける。今の風で首の傷はさらに広がり、ちょっと動くだけで落っこちてしまいそうだ。首が落ちたとしても今の僕には関係ないのだけど、僕のことをクーナが見ている。みっともないところを見せる訳にはいかない。
リリーさんとキースさんの戦いは佳境を迎えていた。次の一撃で決めるつもりなのだろう。二人の殺気は今までに無く高まっていた。
先に動いたのはキースさん。前に来ると見せかけて横に跳ぶ。同時に沢山のナイフがリリーさん目掛けて飛んでいった。それを避けて躱すリリーさんを追い詰めるように例の暫撃。けれどそれすら読んでいたように体を低くして躱す。
ちなみに僕はその動きに全くついて行けなかった。今の俯瞰的視点があるから理解しただけで対応出来るわけでは無いのだ。投げられたナイフもあの暫撃も、全部僕に当たっている。キースさんはリリーさんに躱されることを前提として、僕を狙っていたようだ。
ナイフは人体の急所である、右目、喉、心臓に加え、鳩尾、右腕、右足と全身満遍なく刺さっていて、謎の暫撃によって左腕と左足は千切れ落ち、左脇腹も大きく切り裂かれていた。むしろ無事なところを探す方が大変だろう。
それでも僕の意識は残っていた。痛みも全くない。あの夜僕に施された魔法によって、僕は不死の体となっていたのだ。さらにクーナの体に死が迫ったとき、僕は彼女と場所を入れ替えることが出来る。これらの所作は自動的に行われるので僕が意識する必要は無い。
僕自身が、ある意味安全な場所にさえいれば、クーナは安全である。ただし魔法の射程範囲がイマイチ不明なので余り離れてしまってはその限りでは無かった。
火をつけられた家屋に二人して閉じ込められたりしたらダメな気がするので、この能力を絶対的に信頼するのは間違っている。もっとも今までそれが必要なときは無かったのだけれど。
リリーさんとキースさんの勝負は決着が付いた。リリーさんのナイフがキースさんに刺さっているし、二人の殺気が全くなくなっている。
決着の気配を感じたクーナが僕の所へ駆け寄ってきた。良かった。彼女は無事だ。心を安心感が満たしていく。それと同時に僕は全ての終わりが来たのを知った。この魔法のことを彼女に知られたら体を失う。そう言う決まりなのだ。
「リーブ。私は…。どうしてこんなことに」
「僕はただ貴方の側にいたかった。そして守りたかった」
体のあちこちが崩れていく。痛みは無いけれど、終わりは確実に来ていた。
「これをやったのは父上ね」
「僕が望んだことです。僕には貴方を守れるだけの力が無かったから」
そう、僕は自分自身で、望んでこれを受け入れた。そしてもしもこの力が無かったらきっと彼女はここで命の終焉を迎えていただろう。
「私はそんなの望んでいない。じゃなくて、元に戻すことは出来るの?」
「さぁ? 僕はこういう事に詳しくないから」
そう言えば戻すことについては聞いていなかった。それよりそろそろ体が限界に来たようだ。僕は出来る限り笑顔を作ろうと努力した。
「待って! ちょっと、もう少しっ!」
今まで見たことが無い彼女の焦っている顔。最後の最後、また新しい彼女を見ることが出来た。それだけでも少し嬉しかった。
「今までありがとう。これでお別れです」
「教えて、貴方にこれをやったのは誰なの?」
「そ…れ…は……」
僕は問いかけに答えようとした。しかしその前に体が崩れ去りそして灰になった。
ASH
貴族と幼馴染みの男。ベルディアス・リーブ
体力7/技術7/知力 6/運 5
クーナ(グウェン)と幼馴染み。幼少よりあこがれていた冒険者となる。現在は後から冒険者となったクーナと行動している。
今回は、クーナと共に荷運びの護衛依頼を請けることになった。
ディセウ家の人物より強力な呪いを掛けられた。呪いの内容は次の通り
1.常にディセウの安全を守ること。その身が滅んでも死人となり守れ!
2.その為に瞬間的に自分の位置とディセウの位置を変えることが出来る。(ダメージを見て死ぬことが判ってからでも位置を変えられる)
3.呪いに逆らえば命を失い、死人となり使命を続ける。
4.呪いの内容を他人に教えたり、書物等に残してはいけない。
ちなみに上記は呪いの効果であるが、もしそれが無かったとしても、命に代えてでもグウェン・クム・ディセウを守るつもりだった。
また、気配を察知する能力に長けており、判定に+2出来る。