4-1 闇の中で
時は深夜。虫の音だけが小さく響く静かな夜。住人は安らぎの中で眠りについていた。
その家屋の一角、一切の音を立てず一つの影が潜んでいた。その手の中にはこれまた闇のように黒いナイフが握られている。
その影は周囲をもう一度確認するが、気づいている者はいない。いや、もしそこに誰かがいたとしても、この影に気づくことは出来なかっただろう。
影はやはり音を立てること無く移動していく。
ベットには二つの膨らみがあり、それらは小さな寝息を立てていた。己に迫る死の影に全く気づいておらず、幸せいっぱいの安らかな寝顔だ。
影は気配を殺したまま、その寝顔をもう一度確認する。今まで何度も見てきた寝顔。一つは優しそうな女性。もう一つは小さな愛くるしい赤子。そしてそれは二つとも今日で終わりになる。
ためらいは刃を鈍らせる。意を決したのか、影がその範囲を広げた。部屋の中が闇一色に埋まる。その中では全ての音が消える。虫の音さえも。
いつまでも静かだった。先ほどまで聞こえていた寝息すら聞こえてこない。広がった闇が収縮し影に戻る。
闇が拡散した後、現れたベットの上には先ほどと変わらない二つの膨らみが残っている。違いはそれぞれの1カ所に赤いシミが増えていること。
影はベットの横に立っていた。その視線がサイドテーブルにおかれている物に向けられた。いつも身につけていたはずのそれが今日は外されている。その意味を理解するが何を思っても引き返すことは出来ない。右手が自身の胸へと動きそうになるがそれは意思の力で押さえた。
今はまだ仕事の途中。全ての感情を捨て去り任務に集中しなくてはならない。
あいかわらず静かな夜。虫の音が小さなコーラスを奏でいる。開いた窓から月明かりが差し込んできた。その光がサイドテーブルを照らす。
月の光を浴びキラリと輝いたのは、一つの銀のペンダント。
その輝きを見た影は一瞬だけ動きを止めるが、すぐにその場から離れ立ち去っていく。そしてその後には誰もいなくなった。
「依頼完了」
街から出てきたその影は小さく呟いた。夜の闇に溶け込んだ影は全てを背にして立ち去っていく。それを認識出来る者は、やはり誰もいなかった。