出尽くしたトリック
「それで、どうやって始末しますか? 加藤さん」
内村の声に焦りが感じられる。
「うーん、考えてはいるんだが、良い方法が浮かばないんだよ」
静かな書斎。薄暗い部屋に私の声が淀んだように流れる。
「ゆっくりはしていられませんよ」
「切迫していることを理解してはいるんだ。しかし、いざ死体を処理する方法を考えると、どうも迷ってしまうんだよな」
さっきから気力が失せて、脱力感が体を支配している。彼と受け答えするのさえも億劫だ。普段は気にしていない胃袋が存在感を主張して重苦しい感じを与える。
「じゃあ、どうしますか」
「何らかのトリックを使って、警察に知られないようにするか、知られたとしても自分に疑いがかけられないようにしないとな」
言葉を発するにも気力が必要だった。
犯罪のトリックなど、歴代の推理小説家がすべて出し尽している。斬新なトリックを考えろという方が無理だと思うのだが。
「他の推理小説を研究して、使えるかどうか考えたらどうでしょうか」
拒否する意思をもって首を横に振る。
「使い古しのトリックじゃあねえ……」
「既出のトリックでもいいじゃないですか。多少変えて使いましょうよ」
「いくらなんでも、それはなあ……」
「そのまま使うということではなく、少し改変するんですよ。リサイクルと考えればいいでしょう」
会話するのが面倒になってくる。
私の無気力を察したのか、内村は食い下がってきた。
「山の中に埋めるというのはどうです」
「ありがちな方法だな」
「酸で溶かしてしまえばいいじゃないですか。これで完全犯罪ですよ」
「大量の溶解液を準備できるかな。それに、溶かした後でその溶解液をどうやって捨てるんだ」
「じゃあ、どうするんですか、加藤さん。ぐずぐずしていられませんよ」
同感だ。深くうなずく。
床の上に視線を移した。ドアの前でうつぶせになって全く動かない妻。その後頭部は水で濡れているように光り、血糊が床に広がっていた。
殺すつもりはなかった。恒例行事とも言うべき、いつもの夫婦げんかだった。収入の件で気に障ることを言われたので、ついカッとなって突き飛ばしてしまったのだ。
私は悪くないぞ。私だって本や皿を投げつけられたことがある。ちょっと運が悪かっただけなのだ。
「さあ、先生。厄介なことは早く片付けて楽になりましょうよ」
その言葉でハッと我に返る。そうだ、のんびりとはしていられない。
「とにかく、もう一度よく検討してみるよ」
「そうですか。締め切りは迫っていますから、お願いしますよ。先生」
ああ、と弱い返事をする。
「じゃあ、奥さんによろしく」
そう言って通話が切れた。深くため息をつくと、受話器を電話器に置く。
「小説の締め切りよりも、こっちの事故の締め切りが先だよな」
動かない妻を見つめる。
警察に連絡したらどうなるだろう。過失致死か……。生命保険をかけているから保険金詐欺と疑われるだろうか。良く調べてもらえば分かると思うが、世の中には冤罪事件も多いしなあ。
やはり、何らかの対策を講じなければならない。死体を隠すか。それとも死体は発見させて自分のアリバイを作るか。でも、内村と電話で話しているので、自宅にいたことは明白だ。
目を閉じて思考をめぐらす。今まで読んだ推理小説のトリック、それに自分が執筆してきた小説から使えそうなトリックを検索する。
密室殺人……意味がない。アリバイは自宅にいたことが分かっているので無理か……いや、逆に死体を移動させればアリバイが成り立つかな……。
一番確実なのは、やはり死体を始末することか。でも、発見されたときは計画殺人と疑われるのではないか。
妻の死体を前にして、私は腕を組んでトリックの検討を続けた。




