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イヤーエイカーズ・セル  作者: 柿ノ木コジロー
第一章・詩音、足を踏み入れる
6/92

04

 高校生活は順調な滑り出しだった。

 運のいい事にまたミホと同じクラスだった。


 高校に入ってから仲よくなったルネという子をまじえ、机を寄せて今日もお弁当タイムが始まった。


 担任の噂からお互いの中学時代についての面白話披露とか……ルネは聞き役が多かった、だいたいミホがまくしたて、私が相槌をうったり補足したり。

 ミホと私とでルネに色んな逸話を披露して、ルネが「えー!」とか「信じられない!」と目を丸くする、そんな感じかな。


 ルネは入学以降にできた友だちで、隣町から通っている。緩くウェーブのかかった茶髪が肩にふんわりかかって、目鼻がまるで描いたように愛らしい。

 しかも、親の仕事の都合で隣町に転居して、せっかく転校した中学をわずか1週間で卒業してしまったので、その学校にもロクに知り合いがいないんだそうだ。


 高校入学当初は、愛くるしい顔を淋しげに伏せて教室にひとりでぽつんと座っていたのだけど、誰もが逆に遠慮して話しかけることができなかった。

 そんな中、ミホがつかつかと寄っていって

「ねえコムカイさん、だよね? 名前も見た目もハーフぽいけどさ、いちおう苗字が日本語だから日本語で話しかけていい?」

 と、何だか訳の分ったような分らない問いかけをしたら、

「コッテコテの日本人よぉ、ワタシ」

 大きな目を垂れ気味に細め、にこっと笑ってみせた。


 見た目もメチャ可愛いんだけど、性格も優しい。まだまだ自分をアピールすることは少ないのだが、こうして一緒に話をしていてもミホの話同様、私の話もちゃんと聞いてくれる。


「ねえ」

 今日も笑い過ぎてにじんだ涙を拭いて少し落ちついた時、私はふと思い出して言った。

「こないださ、映画観に行った時にね……」

「あーゴメンこないだは!」

 急にスットンキョウな叫び声を上げたミホに、ルネはくすりと笑いを洩らす。

 私もつられて笑った、でも何となく胃の辺りにずしんときた。


(どうして今さえぎるの)


「結局あれからすぐBにもかかっちゃってさー」

 いつもならば大好きなその張りのある声が、なぜか今日に限ってひどく耳障りだ。

「そんなこと珍しいよ、ってお医者さまにも言われてさー」

「ちょっと今どうでもいいよそれは」

 つい言ってしまった一言に、その場はしん、と空白になった。

 笑顔は浮かべたままだがミホの頬がわずかにこわばる。


「……どうでもいい?」


「あ」ごめん、どうでもよくないよね、ごめんと素直に私は謝った。


 二人の友情が長続きしている秘訣、それは陽気なミホの性格と、相手に細やかな気遣いを払う私とのバランスの良さだったかもしれない。

 私がクヨクヨしている時には、ミホが大げさとも言えるくらい励ましてくれたし、ミホが逆に落ち込んだ時には、私はさりげなく彼女の好きそうな曲をダウンロードして送ったり……。


 だけど……どちらかというとミホよりも、私の方がガマンしているかもしれない。今みたいに。大事なことを話そうとした時に遮られたのは私なのに、結局謝るのは私。


 もういいや、とあきらめて他の話題に移ろうとした私に、ルネが優しく口を挟んだ。

「あの……シオンちゃん何か言いかけてた? 映画の時に何か、って」

 みると、ふわふわの髪に囲まれた穏やかな笑顔が、私とミホとを交互に見ていた。

 ミホも「そうそう。何なに?」とクリっとした目を向けてきた。

 胸のつかえが取れたみたい。私はすうっと息をついてから聞いてみた。

「あのね、『セル会員』って何だか知ってる?」

 はあ? と口をあんぐり開けているミホ。

 ルネも首をかしげている。

「聞いたことないわ。何? その会員」


 そこで、私はあの日映画館で見たままのことを話して聞かせた。

 二人は興味深そうにじっと耳を傾けている。


 やがて、はあ、とミホがため息をついて背を伸ばした。

「なにソレ! かなりのセレブじゃないの? きっと入会金とかスッゴク高いんだよ」

「映画館の株主とかなのかな?」ルネも宙をみつめながら考えている。

「とにかく結構お金がかかってるってカンジだよねー」

 ミホは悪戯めいた目をこちらに向ける。

「じゃ、大丈夫じゃんシオンち、大富豪だから」

 ぷっ、とつい吹き出した。昨日も、夕飯のおかずがサバの味噌煮だったのに、一切れを弟と半分こにされちゃったんだよー、ひどいでしょ? とミホに愚痴ったばっかりだった。

「そうそう、うちセレブだからもうとっくにセル会員だよぉ」

 だよねー、と声に出して笑っていたミホ、急にがばっと立ち上がった。

「たいへんだぞよセレブの諸君、次、体育館! 早く歯みがいてこよう!」

 そうだった! と立ちあがると、続いてルネも慌てて席を立った。


 ふと、廊下からの視線を感じて脇に目をやる。

 見たことのない女子が立っていた。


 すらりと背が高く、ストレートの長髪に囲まれた色白の細面がこちらを向いていた、制服がしっくり馴染んだ感覚から二年か三年、上級生のようだ。


 その人がじっと私を見ている。何か用事だろうか?


「あ」

 声をかけようとした時、姿はさっと窓枠から離れる。長い髪が弧を描いた。

 

 廊下に出た時には、すでに人影は廊下の曲がり角に消えていた。

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