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イヤーエイカーズ・セル  作者: 柿ノ木コジロー
第一章・詩音、足を踏み入れる
5/92

03 明日香が見なかったもの

 ***


 ねえアスカ、見てよこれ、と隣の席に飛び込んできたヨシノが鼻先に新聞を突きつけた。


「アンタもこの日、映画行ったんだって? ショータと」

「ええ? 春休みの話、だよねそれ、何で知ってんの」

「ラインで言ってたもん今日アリシアの映画だー明日香に賭け負けてオゴリ、って」


 翔太と映画に行ったのがヨシノには面白くないのだろうか? 彼女は丸めた新聞をぐいぐいと押しつけようとする。ワタシはしかたなくその新聞を取り上げた。


 四月も始まったばかり、第三中学三年一組の教室は、始業式が済んで朝の新鮮なざわめきに満ちている。

「それに賭けで勝ったんだし、いいじゃん別に」

 第一、翔太なんて単なる幼なじみでしかないのに、それはヨシノも知ってるはずだ。

 ちらっとヨシノを見たが、問題はそこではなかったようだ。

「その記事、早く読んでみなよ」

 ヨシノが指を紙面に突きつけているので、読んでみた。


 小さな簡単な記事、四月六日付け、昨日のものだった。

「……事件性はなく、また感染症の疑いも晴れたことで、シネマ・ウィングでは翌週からすべての館での上映を再開した。しかしただでさえ低迷している業績の……」

「おとといからやっと、上映再開だったんだってさ」


 映画館内で上映終了直後、映画を観ていた女性が一名死亡、病死? とある。


 ヨシノが脇から補足する。

 当初は暗がりの中でのおびただしい血だったため、誰かに刺されたのではと大騒ぎになったが、吐血による大量出血だったと少しして判明した。だが、今度は何かの恐ろしい感染症では? と言い出した者がいてまたパニックになった。


 なぜそんなに詳しいの? と聞くとヨシノはやや自慢げに種明かしを始めた。


 その日、偶然にもヨシノもその場にいたんだって。

 次の回の上映を見ようと映画館脇に並んでいる時、その騒ぎに巻き込まれたのだそうだ。


「ショータもびっくりしてたよ。アスカたち、その前の回見てたんでしょ? その人もさ……」

 ワタシは新聞を突き返した。

「ちょっと前の話じゃん? それにうちらこの時、映画やめてゲーセンにしたもん」

 ヨシノは大声をあげた。

「じゃ、あの後すごかったの知らないんだ」へー知らなかったんだね、アレ、ともったいつけているのでちょっとむっとしながらも聞いてみる。

「何が」

「アタシらさ、モロ見ちゃったんだあの女の人」

「え?」

 ヨシノは自慢げにあごを上げた。

「ストレッチャで運ばれて行くの、ちょうど裏の出口に近い場所だったし、でさ、まだそん時生きてたのよーその人、落ちないようにベルトで固定されてたけどね、すごかったのよ血が! それもちょうど跳ね上がってベルトがぶちっと切れちゃってね、落ちそうになりながら、ものすごく吐いたのよ……血を」


 行列はそれを見て悲鳴をあげ、散り散りになったらしい。

 ヨシノもどこまでまともに見ていたのか知らないが、更に見ていたようなことを付け足した。


「でね、その女の人、血を吐きながら何だか分からないけど、ずっと『痛い、耳が痛い』ってうめいてたんだって……胸とかお腹とかなら分かるけどどうして耳なんだろうってみんな言っててさ。ホント知らなかったの? 何か知らないかなーって思って、驚愕の真相とか」

「知るわけないじゃん、戻ってなかったもん映画には」

 その後の騒ぎなど、全く知らなかったし興味もなかった。


 単なる病気なんでしょう? 

 交通事故だってもっと悲惨な現場はあるでしょうに。


 それからすぐ始まった授業の後、もうすっかりワタシはその話を忘れてしまっていた。



 ***

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