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イヤーエイカーズ・セル  作者: 柿ノ木コジロー
第一章・詩音、足を踏み入れる
4/92

02

 ずっと楽しみにしていた映画。中学生生活最後の思い出に、って。

 卒業式は済んじゃったけど、三月いっぱいはまだ高校生料金じゃないよね、ラッキー!


 そんな事を言い合っていたのにミホってば。

 私は何度目かのため息をつく。


 繁華街の映画館、脇の外壁にそってずらりと並ぶ列の中ほどで、遠慮がちに傘をさし、ちらっとまた前をみる。前方にずらりと揃う傘の波がゆらゆらと前ばかり気にしているのが分る。


 雨が降り出したのは想定内だったけど、まさかこんなに行列になるなんて。

 確かに主演のアリシアソード、ヒットしてからの初主演映画だし、心おどる春休みだし、これ観てからランチにもいい時間だから混むかなあ、とは思ってはいたんだけど。


 何が一番残念かって……ミホったら、インフルエンザにかかっちゃってさ。

 治るのを待っていたら四月になってしまう、料金が変わるのはまだいいんだけど、四月に入るとすぐ、ミホはお家の用事でずっと出かけてしまうんだって。

 一緒に観に行けるチャンスはもう今日だけだったのに。


「ごめんね、シオン」

 ミホは喉もやられたらしい、ガラガラ声で電話をよこした。

「シオンずっと楽しみにしてたのに……ねえ。でさ、カミヤくんのストラップお土産に買ってきて!」


 かすれ声のまま、ミホが悔しそうにそう言っていたけど、どうしようかな。

 そんなこと思っても、結局買っていってあげるんだろうけどね。


 ミホはすらりと背が高い、いかにも健康的な子。

 中学入学の時クラスと部活が一緒、三年間ずっと仲よしだった。

 学校生活でも、テニス部でも、オフでもミホなしの生活は考えられない。


 仲よし? ううん、これぞ本当の親友というヤツだよね、つい傘の影でにやりとしてから、肝心のミホがここにいないのを思い出す。


 ふう、とため息、もう何度目?


 中学校生活最後の思い出に、最高の思い出になると思ったのに。

 もしかしてミホ、アリシアソードにあんまり興味なくなっちゃったのかな? 

 カミヤくん神! ってずっと騒いでたのに。


 そんなことはないよね、と思い直して私は傘の柄をしっかりとつかみ直す。


 ミホとはまた同じ学校になれたんだから、これからもずっと一緒に過ごせるよ、部活は演劇部に行きたい、って言ってたから別れちゃいそうだけど

……それとも私も、演劇部入ってみようかな?


 ぼんやり考えごとに浸りながら、ようやく建物の正面が見える角にたどり着いたその時


「!」


 すぐ目の前にぐいっと誰かが割り込んだ。

 金色のばさついた髪が一瞬目の前をよぎる。女性のようだ。 

 反射的に傘をよけて一歩下がった時、後ろに並んだ人に傘が当たってしまった。

 私と同じ年くらい、こちらはカップルだった。地黒の男の子が目をぎょろつかせる。

「気をつけろよ」

 すみません、と謝ろうとした時、影に隠れたように立っていた女の子がケータイの画面みながらつぶやくように言った。

「いいよ、ショータいばるな」

 ショータと呼ばれた子は首をすくめる。

 カップルというより主従関係みたい。女の子はよく通る声で続ける。

「それよか並ぶのめんどいね」

「アスカが見たいって言ったんだろ」

「先にゲーセン行こうよ!」

 女の子がぱっと身を翻し、列から去った。「おい待ってくれよ」男の子もあわてて追う。

 ほんの一瞬のことで、少女の顔すら見えなかった。


 でもいいな、何となくあの自由さがうらやましい。

 いつもちょこまかしている弟のレイジをふと目に浮かべる。

 レイジもオサルみたいに身が軽いからな、あの子とカップルになったら面白いだろうな。2人はす早過ぎて目にもとまらなかったりして。


 想像してみてかすかに笑ってから、急に自分の置かれた場所を思い出し、また、ため息。


 私も好きで見に来ているはずなのに、こんな列に縛られちゃってさ。


 そうだ金髪割り込み女はどうしてる? まだ近くにいたら文句を言ってやろう、ときょろきょろ探してみる。

 でも、もう彼女は列をつっ切ってちょうど切符売り場にたどり着いたところだった。


 私の他にも数人が、彼女に横切られたり押されたりしたらしく「なんだよ」とか言いながら睨みつけていた。

 でも彼女はお構いなしの様子だった。


 薄ら寒い陽気なのに肩が丸見えの白黒ツートンのカットTシャツ、膝上くらいのデニムパンツ、ピンヒールの足もとには細いチェーンのアンクレットがいくつも揺らめいている。高価そうな服装なのに、どこか下品に見える。それにつやのない金色のソバージュが軽薄なイメージだ。


「ちょっとぉ」

 口調も、いかにも軽そうだった。

「係の人、いるぅ? この回に入るんだけどぉ」

 中からチケットをもぎっていた女性が慌てて飛んできた。

「すみません、列に順番に」

 女はちっ、と舌うちした、私にも聴こえたけど、係員は気づかなかったフリをした。

 その女はそのまま去るのかと思い、列の人たちはそれとなく成り行きを見守っている。


 ところが、金髪女はおもむろにカードを出した。


 ああいうのを『ドヤ顔』っていうのだろうか。小鼻が膨らんでいる。

 黒っぽいそのカードを、係員は少しけげんそうに眺めてから、急にぱっと顔を上げた。


「申し訳ありません、セル会員の方ですね、今キカイに通しますので。すみませんでした、どうぞ中に」


 その直後、何かに呼ばれたかのようにふり向いた女の視線が、私の目線と真っ向からぶつかった。


 目が合った、ほんの一瞬。


 勝ち誇ったように赤い唇を歪ませ、金髪女は係員に誘導されながら場内へと消えていった。




 映画は最高だった。


 映画館の外に出てみると、次の回を待つ列がすでに雨の中連なっているのがみえた。

 その時唐突に、目の前の道路、少し先の交差点に救急車の姿をみた。風向きのせいかサイレンも急に聞こえ出し、本当にふいに目の前に現れた感じだった。

 館内から数人が飛び出してくる。一人が叫んだ。

「すみません、わき道に救急車入ります、列の方そこ空けて下さい、早く!」

 遅れて映画館から出てきた30代くらいの女性三人連れが、ふり向きながらひそひそ話しているのが耳に入った。

「怖かったわ、何あの倒れ方」「吐いただけじゃないの?」「血よ、あれ、血。すごかったわぁ、胃からよ、きっと」「まだ若そうな女の人だったよね、」「金髪だからってオバンかもよ」

 あはは、と高い笑いが上がった。けど、すぐに周りの騒ぎに遠慮したように口をつぐんで、彼女たちはそそくさとどこかに去って行った。


 金髪? すぐに映画館に割り込んできた女を思い出した、館内では彼女を見かけなかったが、まさかあの人が?


 ちらっとそう思ったけど、大通りに出た時にはもうすっかりその出来事は頭から抜け落ちていた。

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