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追憶

 いつ僕がそれを見られるようになったのかは覚えていない。小学生になってからだった気がするし、それ以前から見えていたのかもしれない。ただ、僕はそれらの存在を実に素直に受け止め、いとも簡単に適応させていた。迷うこともなかったし、戸惑うこともなかった。

 そうすることができたのは、彼らが生きている僕たちとは明らかに違ったからだ。

 彼らは足だってあるし、昼間だって出てくる。おとぎ話で受け継がれているような姿とは違い、それは生きている人間と同じ姿に見えたし、それ以外の何者にも見えなかった。

 それでも、彼らと僕たちは明らかに違った。それは言葉に表せないほど曖昧なものだったけれど、幼い僕が感じ取れるほど異質なものだった。

 父はそれを『死臭』と呼んだ。

 「死んだ人間は臭いを発するんだ。世界から断絶されて消えるべき死人の中でもそうはできない者たちは臭いを発して俺たちにその存在を知らせようとする。でもその臭いは、誰だって感じることができるわけじゃない」

 父とそんな話をしたのは、僕がまだ小学生のときだった。犬の散歩から帰ってきた僕と、庭の植物に水をやっていた父は成り行きで庭の縁側に座った。

 その日のことは、よく覚えている。沈みかけた夕日があたりの植物を茜色に染め、庭のあちこちには赤とんぼが飛んでいた。退屈な日曜日のことだった。

 「死臭には種類がある。生きてる人間も、感じられる臭いは人によって違う。俺たちみたいな敏感な人間にも、見える死人と見えない死人がいるだろう。俺に見えて、お前に見えなかったり。お前に見えて、俺に見えなかったり。かと思えば、ふと、普通の人間が死臭をかぐときもある

 「よく分からない」と僕は言った。

 「いつかわかるさ」と父は笑った。

 庭を飛んでいた赤とんぼが、群れから離れて僕の方に止まった。慌てて追い払うと、一度僕から離れて、今度は頭の上に止まった。頭を振ってみたけど、離れてくれなかった。

 「死人と俺たちは似たもの同士が引き合うんだ」

 「え?」

 「その人間の感性とか、考え方とか、過去とか。俺たちの人間性と近い死人は比較的集まりやすいんだ」

 まあ、これは親父からの受け売りだけどな。

 呟いた父の言葉に、僕は考えた。数日前に学校で教わった言葉を思い出した。

 「類は友を呼ぶ?」と僕は言った。

 「同病相哀れむ」と父は言った。「生きている人間がそうであるように、アイツらも自分の足りないところに共感するんだ」

 「やっぱり、よく分からないや」

 「分からなくていい」

 僕が幼いことを許すように父は言い、僕の頭にとまっていたトンボが群れに向かって飛び立っていった。

 「お前もいつか分かるさ。俺もそうだった。昔は分からなかった。でもいつか気づかされる」

 僕はとりあえず頷いた。父はゆったりと笑った。ご飯よ、と家の中から母の声が聞こえた。

 「戻るか」と父は言った。

 それが僕が最後に見た父の笑顔だった。父が死んだのは、それから三日後のことだった。


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