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花々の行方

 

 ACT0-1


 僕と少年が折りついたのは一番線と二番線しかない小さな駅だった。

 駅舎は木造でペンキで塗られた屋根はところどころ色が剥げていた。ホームの花壇に咲いている白い小さな花は替えがこの町に帰ってきたことを歓迎しているように見えた。

 僕は思わず小さくため息をつく。電車に揺られ続け気がつけばかなり北まで来てしまったものだ。

「この駅で間違いないよね」

 駅の名前を確認した僕に少年はうなずいた。その顔は決して笑っていなかった。複雑な心境なのだろう。やっと両親に会うことができる。しかし、会ってしまえばそれ以上の多くのものを失ってしまう。慰めの言葉を探してみたもののうまい言葉は思いつかなかった。

 僕は代わりに彼の手を軽く引いた。彼は僕を見上げた。今にも泣き出してしまいそうな表情だった。

 「どうする」と僕は聞いた。

 残酷な質問なのは分かっている。僕を頼った時点で彼に選択肢なんてあるはずがない。

 彼は一つ頷くと、足を進めた。

  駅舎を出ると目の前には大きな田んぼが広がっていた。淡い空の向こう側の山には色づき始めた紅葉が見事に広がっていた。

 初めて訪れた片田舎の雄大な風景に僕は一瞬戸惑ったが少年はそれを懐かしんでいるようだった。

 僕は近くの自販機でオレンジジュースを買い彼に手渡す。田舎でも自販機の中身は僕の住んでいる町とは変わらない。少年は僕の渡したオレンジジュースを一気に飲み干すと、田んぼを右に歩き始めた。僕は黙ってそれに続いた。

 佐々木大樹と少年は名乗った。小学一年生の彼は5月に七歳を迎えたらしい。まだまだ抜けきれない幼さと、それでもどこか冷静で大人しくて悪く言えば根暗さが居心地悪そうに同居した少年だった。変わった子供だ、と僕は思った。

 彼と出会ったのは二週間ほど前になる。

 「ねえ、お兄さん」

 大学の帰り道にある公園で一服するのが日課になっていた僕に、彼は無邪気な表情で近寄ってきた。赤いTシャツとすその汚れた半ズボンをはいていた。季節外れの格好に僕は違和感を覚えた。その日は、残暑もすでに過ぎ去った十月の上旬だったからだ。

 「お兄さんは、僕のことが見えるでしょう」

 少年は期待のこもった顔でそう言った。彼の正体を気づかせるにはそれで十分だった。辺りを見回して、声を潜め僕は聞いた。

 「こんなところでなにをやっているんだい?」

 「ちょっと迷子になっちゃったんだ」

 少年はイタズラがばれてしまったようにはにかんだ。

 「それはまた。いつから迷っているんだい?」

 「夏休みから。お父さんとお母さんとね、旅行に行ってたんだ。海で泳ごうね、って。でも、お父さん道が分からなくなって、地図を開いたんだ。ほんの一瞬だったのに。すぐ横の道からねトラックがすごい速さでこっちに向かってきてね。声を上げたんだけどねよくわかんなかった。気がついたら、ここにいたんだ」

  ほら、あそこだよ。あそこでぶつかったんだ

 少年は車の通り多い国道を指差した。

 「そっか」

 「それでね家に帰りたいの」

 「うん」

 「でも、道が分からないんだ」

 「そう」

 僕は不意に漏れかけたため息をすんでのところで止めた。面倒なことになる予感がした。

 「お願いがあるんだ」

 少年は言った。

 「お兄さん。僕の家まで連れてってくれないかな」

 「そういうと思ったよ」

 断る理由を探してみたけれどとっさには思いつかなかった。思いついていたところで、少年が納得してくれたかどうかは分からない。彼らは結構、例外なく、みんなわがままなのだ。

 「分かったよ。詳しいことを聞かせてくれるかな」

 うんざりしながら僕はそう言ったのだ。

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