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4−1 <悪夢>

 三人が店に帰り着くと、薬方屋店主ベオルは薬の調合の手を止め、不安な顔で外の様子

をうかがっていた。

「おう、早かったな、三人とも。どうだった?市場は。それにしても今日はなんだか通り

が静かで、おかしいな」

「それが…」

 セロットは言いにくそうにうつむきがちに答えた。

「市場は立ってなかったの。かわりに受難をやってて…、それで広場はすごい人で…」

「通りが静かなのも当然だ。誰も彼も、受難を受けに行っちまってるんだからな」

 エルゥが引き継いで今見て来たことを言う。

 ベオルは意味が解らない、といった顔つきをした。普通は当然そう思うだろう。

「なんだって?市場はやってなくて受難を?なんだそれは?」

「だから、言葉通りなんだ。皆受難を受けるために広場で並んでる。仕事もほったらかし

てね。今この町の人口はほとんど広場に集まってるんじゃないかな。もしかしたら広場に

行ってないのここだけかもね、あはは」

 ロンドは最後だけ軽い調子にしようとしたが、全く誰もつられなかった。

「まさか、冗談だろ?」

 ベオルは引きつった笑いをしながら三人の子どもたちを見回したが、彼らは沈んだ面持

ちで、それが真実だと告げていた。

「なんだってそんなことに…?この町はどうしちまったっていうんだ…?」

 ここにいる誰にも、その答は出せなかった。

 さすがのベオルも深刻な事態だと受け止めたようだ。

 エルゥとロンドはさてどうしたものか、もう一度広場に行ってみようかなどと思案をし

ている時、店の戸を叩き誰かが入って来た。

 町全体がこのありさまでは客など来ないと思っていたが、旅人のようないでたちからす

ると客のようだった。

 背が高くやせた男で、若いのだろうがよほどひどい旅をして来たのだろう、やつれてい

て老けて見える。旅のいでたちといってもみすぼらしく、荷物は肩にかけた小さなカバン

が一つだけ。体に巻きつけたマントは薄汚れ、すり切れていた。

「おお、いらっしゃい!」

 ベオルが言うと、男はおぼつかない足取りでふらりとベオルの方に二、三歩進み出て、

かすれた声で尋ねた。

「すまないが、熱冷ましを分けてもらえないだろうか…?」

「あ、ああ、それはもちろんかまわないが…、お前さん、大丈夫か?かなり具合が悪そう

じゃねえか」

「大丈夫・だ……」

 と男は言いながらそのまま倒れこんでしまい、あわててロンドたちに助け起こされるが、

気を失ってしまっていた。

 ベオルは彼の額に手を当てて、すぐに

「こいつは大変だ!おいセロット、すぐに氷嚢と熱冷ましを用意してくれ!」

 抱え上げ、自分の寝室へと向かった。セロットも急いで言われたものを取りに行く。

 そして、しばらくはセロットが彼の側について看病し、ベオルもどうせもう客は来ない

だろうと店を閉め、旅人の様子を見ることにした。

 

 

 夕方になって、エルゥとロンドは外から帰って来た。ベオルたちはまだ旅人に付っきり

のようだ。

 たらいの水を換えようと下りてきたベオルが、二人に気付いた。

「お、どこ行ってたんだい?今の状態じゃ町を歩いても何もいいことなんかないだろうに

…」

 確かに、ベオルの言うとおりだった。受難はまだ続いており、列も一向に減らない。一

応受難を終え店や家に戻った者もいるが、店を再開しても全てがぞんざいになっていたり、

受難をしたなら頭を悩ます問題なんてなくなったはずなのにイラついた様子でうろついて

いたり、いつもの威勢や笑い声のある活気はまるでなくなっていた。こんなに人々があか

らさまにおかしくなってきているのに、どこからも邪気の気配はしなかった。

 エルゥとロンドは、この状況でもまだ「受難を受けていない者」を探していた。その人

たちから話を聞けば、もしかしたら何か分かるかもしれないという望みを込めて。

 そうして町のすみずみまで歩き回った結果、わずかながらにも受難をしていない人が見

つかった。酒場に一人、聖職者通りの修道院に二人、宿に閉じこもっていた旅の商人が一

人。

 エルゥたちが尋ねたことはただ一つ。「あのヴィルカルドという受難者のことを他の町

でも聞いたことがあるか?」ということだ。受難者ヴィルカルドはどこか他の土地から来

た人間らしい。どういうからくりにせよ、受難を受ければ病が治り、苦痛も悩みもなくな

るといってこのカリスマ的な評判になるくらいなら、必ず他の場所でもうわさになってい

るはずだと双子は考えたのだ。しかし彼らから返ってきた答は、誰も受難者を知らない、

聞いたこともない、というものだった。

 ヴィルカルドの素性を誰も何も知らないのだ。

 結局、何の収穫もないままエルゥとロンドは厳しい顔で帰って来たのだった。が、今は

ベオルによけいな不安を与えまいと、ロンドはいつものようににこっと笑ってみせた。

「ベオルさん、あの人の看病、今度はぼくたちが代わるよ。セロットにも言っておくから、

少し休んで!」

 え、とエルゥが嫌そうな感情を表に出す前にロンドがその胸をひじで小突いて、ベオル

からたらいを受け取る。

「すまねぇな、そうしてくれると助かる。おれは食事の用意をするから」

「うん。行くよ、エルゥ!」

「お、おう…」

 ちょっと憎らしげにロンドを横目で見ながら、エルゥも二階へと上がって行った。

 ベオルの寝室に入ると、セロットは心配げな様子で病人の顔を見下ろしていた。

「セロット。看病はぼくたちが代わるから、少し休んできなよ」

 病人を起こさないように、ロンドが抑え気味に声をかける。

「あ、うん、ありがとう。…この人、とても大変な旅をしてきたみたい。何かあったのか

な?ずっと苦しそうな顔で…」

 まだ眠り続けている旅人は、苦痛の表情がゆるむことはなかった。決していい夢を見て

いる訳ではなさそうだ。

「じゃ、あとは頼むね。何かあったらすぐ呼んで」

 とセロットは彼を双子に任せ、下に下りて行った。

「うぅ…」

 旅人が苦痛のうめき声を上げる。

 ロンドがそっと彼の額にかかった黒髪を横にはらい、冷やしたタオルを乗せた。

「ヴィルカルド、どうして…」

 寝ているはずの旅人の口から、かすかだがその言葉がもれた。

「!」

 エルゥとロンドは、その一言を聞き逃さなかった。彼はあの受難者と何か関係があるの

か? 

 旅人の目から涙が一筋流れてゆく。いったいどんな夢を見ているのだろう。エルゥ達に

想像できるのは、辛く悲しい夢に違いなさそうだ、ということだった。

「…癒しの魔法が使えればいいんだけど…」

 今の力を制限された存在の彼らでは、癒しの魔法は使えなかった。だがロンドは、もし

もの時にしか使わない、万能薬の入った小瓶を上着の内ポケットから取り出した。透明な

液体が半分くらい入っている。

「おまえ、それ…!」

 エルゥが咎めるような声を発した。

 その薬は父神ルーから授かった、本来ならこの地上にはないはずのものだった。

 どんなにひどい怪我や病気でもたちどころに治ってしまう魔法の薬だ。

 エルゥとロンドも当然、普通の人間のように怪我をする。多少は人より丈夫で治りが早

いかもしれないが、重傷を負った時には使えともらった物だった。それを人に使うという

のか。効き目の強い薬は、普通の人間には危険な毒になるのだ。

「大丈夫、ほんのちょっとだけだよ」

 ロンドはそう言って、瓶のふたを開け、瓶の口に指を当て少し傾けた。薬に湿らせた指

を、ベッドに横たわる彼の口にすりこむようにする。かすかに彼の唇が動いて、それを含

んだ。それからロンドは吸い飲みを手にし、少し水を飲ませた。

「これでいくらか楽になるんじゃないかな」

「だといいがな」

「この人、きっとあの受難者と関係があるよ。話を聞きたいんだ。もっと悪いことが起こ

る前に…」

 その点に関しては、エルゥも同感だった。これで終わりのわけはない。きっともっと何

かが起こるはずだと、エルゥも確信していた。

 苦悶の眠りから未だ解放されないこの旅人と受難者の間に、何があったのだろうか…?



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