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2 <親子>

「ただいまー!」

 セロットがドアを開けるなり、

「遅かったじゃねえか!」

 と大柄な人物が奥から飛び出して来た。

「ごめんね、お父さん」

 苦笑いで答えたセロットの言葉を聞いて、後ろにいたエルゥとロンドは吹き出しそうに

なる。

(オ、オヤジだあ!?)

(お父さん!?)

 かろうじて声を上げることは免れたが、まじまじと見てしまうことは止められなかった。

 そのセロットの父親だという人物は背が高く、袖なしの服から伸びる腕は筋骨隆々、日

焼けしていてたくましい。まるで熊のような体躯だ。セロットは確か薬方屋だと言ってい

たように思ったが、そのゴツイ手で薬の細かい調合などできるのだろうか。顔もいかつく

て、曲がったことが大嫌いだとでも言うようなくっきりとした眉毛に、目には力があった。

 はっきり言って、セロットとは全く似ていない。エルゥとロンドは、本当に親子なのだ

ろうか、と思わずにはいられなかった。

「ん?セロット、こちらはどなただい?」

 父親はようやく、ポカンとしている双子に気づいた。

 セロットが二人を紹介する。

「こっちがエルゥで、こっちがロンド。森で魔物に襲われそうになったのを助けてくれた

の。だからお礼にウチに泊まってもらおうと思って。いいでしょ?」

「おお、そうか!そういうことならもちろんかまわねえよ!あんたら、ウチの娘が世話に

なったみてぇで!俺はベオル!よろしくな!」

 ベオルは職人らしい義理堅い性格のようで、二カッと笑いながら二人に握手してきた。

「は、はあ…、こちらこそよろしく…」

 ロンドはそれだけ言うのがやっとだった。

 エルゥはされるがままになっている。

 彼らの手を軽く包み込んでしまうほどの大きなベオルの手は、握りつぶされてしまうの

ではないかと思うほど力に加減がなかった。

「たいしたもてなしはできないが、好きなだけいてくれ!」

 まあ、いい人ではあるが。

「はいこれ、今日の収穫。すぐに夕食の用意するね!」

 セロットは父に上着のポケットから出した袋を渡し、奥のキッチンへ行こうとするが、

父がそれを止める。

「おいおい、待てセロット。今日は俺が夕食の支度するから、おまえは客人の相手をして

いなさい」

「えっ…、いいの?」

「当然だ。この二人はおまえの方が話が合うだろうからな。それじゃ、エルゥにロンドだ

っけか。夕食までゆっくりしててくれ」

 そう言って、ベオルはキッチンへ入って行った。

「ごめんね、びっくりしたでしょ?ああ見えて、ホントは優しいんだ」

 セロットが困ったように笑いながら言う。

 その様子を見て、ロンドは仲のいい親子なんだな、と思った。

「あはは、確かにちょっと驚いたけど、いいお父さんみたいだね」

「ふふ、ありがと」

 エルゥはそんなことよりも、あの粗雑そうな父が作るという料理が、ちゃんと食べられ

る物なのかということの方が大事だった。


 リビングに通されたエルゥとロンドは、部屋の隅に杖とカバンを置く。

 広くて立派な家というわけではないが、居心地のいい感じだ。部屋の正面には小さな暖

炉があって、真ん中にテーブルがある。椅子は全部で三脚。セロットとベオル、エルゥと

ロンドでは一脚足りないので、セロットがどこからか椅子を一脚持って来て、二人には元

々あった椅子を勧めた。どうやら一階は店とキッチンとリビング、二階には寝室と彼らの

部屋があるらしかった。

「セロット、お母さんはいないの?」

 ロンドがふと疑問をもらした。椅子は三脚あるけれども出迎えたのも夕飯を作るのも父

のベオルだけらしい。ロンドの疑問も当然だろう。

「うん。二年前に病気でね」

「そっか…。ゴメン」

「気にしないで、そんな深刻なことじゃないから」

 セロットは申し訳なさそうなロンドに、笑って手を振った。

「それよりも、あんたたちの話を聞かせてよ!どうして旅をしてるの?魔法の修行?」

「まあそれもあるけど、ぼくたちはねえ〜、『エルロンディア』って神さまを知ってる人

を探してるんだ」

「誰か古い神でも詳しそうな、長老とか学者とか、知らないか?」

 今まで黙っていたエルゥもこの話題には真剣らしく、話に加わってきた。

「うーん、そうね〜…。この町は昔から『天空神ルー』と『大地の女神ルーシアン』を信

仰してきたから、そういう神様はどうだろう…?あ、でもこの町にはおっきな神殿とか修

道院とか大学もあるから、見てみるといいわ!明日あたしが案内してあげる!」

「ホント?じゃあお願いするよ!ね、エルゥ?」

「そうだな」

 この町はわりと大きそうだし、境界の歪みを探すためにも見回らなければならない。案

内が付くなら断る理由もないので、エルゥもうなずいた。


 それからはたわいのない会話をしている間に、ベオル特製の夕食が運ばれてきた。焼き

たてのパンにチーズ、キノコとハーブのスープ、鶏肉の香草焼きといったメニューは、エ

ルゥの心配をよそに、充分おいしいと言えるものだった。

 ベッドは亡きセロットの母の物をあてがわれた。ベオルと同室だ。一つのベッドに二人

一緒でいいということになって、みんな就寝した。

 

 ベオルはすでに高いびきをかいている。誰もが寝静まっている時間だ。

 エルゥは何となく寝付けなかった。隣ではロンドのかすかな寝息が聞こえる。

(のん気でいいよな、こいつは)

 エルゥは心の中でつぶやいた。

 自分とロンドは同じ存在のはずなのに、どうしてこんなに違うのだろう。その性格のよ

うに、使える魔法もエルゥは攻撃魔法、ロンドは防御魔法と分かれていた。ゆえに二人で

一人前、どちらが欠けても『エルロンディア』に戻れないのだ。

 そして、ロンドは人間に肯定的なようだが、エルゥは未だ人間に対して不信感を抱いて

いるという違いもある。今までロンドはエルゥが人間を好きになるように何かと策を講じ

てきたが、まだその目論見は成功していない。

 この姿になって何年も人間たちを見てきたが、相変わらず自分勝手に自然を破壊し、互

いに争い、傷付け合っている。このまま生かしておく価値があるのだろうか。父神ルーは

人間と共にいれば解ると言っていたが、ちっとも解らない。

(……?) 

 その時、部屋の外で何か音がした。誰かいるのだろうか。

 エルゥはそっとベッドを抜け出した。廊下に出ると、階段を下りて行くセロットが見え

た。後に付いて行くと、リビングに入った。

 暗い部屋の中、窓から差し込む月明かりがぼんやりと室内を照らし、セロットは暖炉の

前に立っている。

「セロット」

 エルゥは小さく呼びかけた。

 セロットはちょっと身を強張らせたが、エルゥの姿を認めるとほっと息をつく。

「エルゥ…よね?」

 暗いのでよく見えないが、声の調子などで判別したようだ。

「ああ。眠れないのか?」

「うん…、ちょっとね。久しぶりにお母さんのことを思い出しちゃって…、なんだか顔を

見たくなっちゃったんだ。肖像画はここにしかないから」

 暖炉の上には、小さめの、飾り気のない額に縁取られた絵が飾られていた。

 さっき夕食を食べていた時には暖炉の上などには気づかなかったが、そこには、セロッ

トに良く似た赤毛の優しそうな女性と、若いベオルの寄り添う姿が描かれていた。結婚の

時のものだろうか、二人は着飾り、幸せそうに微笑んでいた。

「おまえ、オヤジさんに似なくてよかったな」

 エルゥが冗談めかして言うと、セロットはクスッと笑う。

「でも、性格はよく似てるって言われるのよ」

「ああ、なるほど。ガサツそうだもんな」

「ひどーい!お父さんは実は繊細なんだから」

「ウソくせぇ」

 それからしばらく二人は黙って肖像画を見ていたが、やがてエルゥが促すように言った。

「眠れそうか?」

「えっ。ああ、ごめんね、起こしちゃったあげく付き合わせちゃって。うん、もう戻るか

ら」

 セロットは慌ててそう繕うと、リビングを出た。その姿がエルゥには無理をしているよ

うに見えたので、

「じゃあ、おやすみ」

 と彼女が自室に入ろうとする時、声をかけた。

「よく眠れるように呪文をかけてやろうか?」

「え?」

「ちょっとしたまじないみたいなもんさ。イヤなら別にいいけど」

 言い方こそぶっきらぼうだったがエルゥの優しさを感じ取って、セロットは快く承諾し

た。

「うん、お願いしようかな」

 エルゥはベッドに横たわったセロットの額に手を置く。それから静かな声で呪文を唱え

始めた……。

「『夜 夜は月の友なれば 悪夢よ立ち去れ 月の光の下 眠りが安らかならんことを』

……」

 エルゥの声は心地よく、額の手からセロットの頭に染みていくように感じられる。

「ふふ…、エルゥの手、あったかい……」

 セロットはかすかに微笑みながら、すう、と寝入った。それを確認すると、エルゥは部

屋を出て行くのだった。


 翌朝、エルゥが目を覚ますとすでにベオルはいなかった。

 久しぶりに嫌な夢(神界で父に地上に落とされる一件の夢)は見なかった寝覚めだ。隣

でロンドも起き上がり、大きく伸びをしている。

「うーん、よく寝た〜。おはよう、エルゥ」

「おう」

「あっ、二人とも起きた?もう朝食できてるから、早く下りて来て!」

 セロットが部屋の出入口から顔を出して元気な声でそう言うと、すぐに階下に戻って行

く。どうやらあれからよく眠れたらしい。朝から快活に働いているようだ。

「朝から元気だなぁ」

 かったるそうにつぶやくエルゥを、ロンドはいつものニコニコ顔でじっと見ていた。エ

ルゥはそれを妙に思って、いぶかしげに聞いた。

「なんだよ?」

 トゲを含んだ声色にも、ロンドは動じない。

「セロットが元気なのは、エルゥのおかげかもね?」

 エルゥはどきりとした。ロンドは昨晩のことを言っているのか?いや、知っているはず

はない。ロンドは寝ていたじゃないか。だからエルゥはとぼけることにした。

「何のことだよ?」

「とぼけてもダメだよ」

 いたずらっぽくロンドは言った。

「昨日セロットに呪文かけてあげてたじゃない。あんな魔法ないのにね。あれは昔母さん

が歌ってくれた子守唄でしょ?」

 どうやら本当にロンドは昨晩のことを知っているようだ。それなら仕方ない、とエルゥ

は白状する。

「へっ、ただの気まぐれだよ。夜中に歩き回られちゃ、迷惑だからな」

「またまた〜、本当はセロットのことが気になったんでしょ?どう?人間のこと、少しは

好きになってきた?」

「好きじゃない!うっとうしいだけだ!だいたい、おまえにオレの何が解るってんだよ!?」

「…解るよ」

 さっきまでの笑いはなくなり、ロンドは急に大人びた表情をした。

「解るよ。だってぼくは、エルゥと同じなんだから」

 エルゥが息を呑み言葉に詰まっていると、ロンドはスッと立ち上がり、

「さ、ゴハン食べに行こう!」

 と普段の彼に戻った。

 エルゥはますます、この片割れのことが解らなくなるのだった……。



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