エピローグ
エラムの町はかろうじて壊滅を免れたが、もちろん被害がない訳ではなかった。
ヴィルカルドの受難で自分を失っていた時に起こった惨劇は、人々に悲劇をもたらし、
悲しみにくれる人も大勢いたのだ。受難を受けていた人達はその間の記憶がはっきりせず、
曖昧にしか思い出せなかったので、なぜ隣人が死んでしまったのか、なぜ自分の店が壊れ
ているのか、よく解らないままだった。
しかし、それでも人々は現実に返らなければならない。今までの生活を取り戻すため、
悲しみをひとまず胸にしまい、いつものように働き始めるのだった。
そして、エルゥとロンドは再び旅立つために、町の門の所にいた。
セロットとベオル、ジェイドも見送りに来ている。ジェイドはすっかり体調もよくなり、
ボサボサだった髪を切り、髭も剃り、身なりも小ぎれいになった。今までは思いつめたよ
うな顔だったが、今は優しげな微笑みを浮かべる、感じのいい青年になっていた。
「もう行っちまうのかい?さびしくなるなあ」
ベオルが残念そうに言った。
「だけど、ぼくたちはもっといろんな所を見に行かなくちゃいけないからね」
ロンドが答えると、ベオルはヴィルカルドを倒した時の、二人の言葉を思い出した。
「そうだな。まだお前さんたちの助けがいる所があるかもしれないしな!気を付けて行け
よ!」
ベオルはバンバンと威勢良くエルゥとロンドの肩を叩く。
「うん、ベオルさん達も元気でね!」
「…世話になったな」
エルゥはベオルの肩を叩く勢いにちょっと迷惑そうな顔をしながらも、一応のお礼を言
ったつもりだ。
「あなたたちのことは忘れない。ヴィルカルドを止めてくれて、感謝する」
ジェイドが礼儀正しく頭を下げる。
感謝の言葉が神としてのエルゥとロンドの本能に心地よく響き、二人は嬉しさを感じた。
「あんたは、これからどうすんだ?」
「ああ…、もうオレの故郷の村はないし…、だから、この町でなんとか暮らしていこうと
思ってる」
「そっか…」
思ったよりジェイドの表情が晴れ晴れしていたので、エルゥは何だか安心した。
最後に、セロットが一歩前に出る。
「二人とも…、あたし達を…、この町を救ってくれて、本当にありがとう」
そう言いながら、右手にエルゥを、左手にロンドを抱きしめた。
「大好きよ」
「わ〜♪」
と喜んだのはロンドで、
「ちょ、おま、何恥ずかしいこと言ってんだ!」
と照れ隠しに怒鳴ったのはエルゥだ。
「も、もう行くからな!」
エルゥはセロットが手を離すと同時に、ささっと後ろを向いて歩き出した。
「あ、待ってよ、エルゥ!じゃあね、みんな!」
ロンドはあわててセロット達に手を振り、エルゥの後を追いかける。
「またこっちに来たら、寄ってくれよ!」
ベオルが双子に呼びかけると、二人は振り向き、
「もちろん、会いに行くよ!」
「気が向いたらな!」
というそれぞれ彼ららしい答が返ってきた。
それからセロット達は杖を持った、双子の魔法使いが見えなくなるまで見送っていた。
「……なあ、おれは思うんだが、あの二人は、本当に神様の化身とか、そういう存在だっ
たんじゃないかな…?」
ベオルがぽつりと言った。
「ああ…、そうかもしれないな。あの時の彼らは、人間とか魔法使いとか、そういうもの
を超えていたような気がする」
ジェイドもまだ双子の行った先を見つめながら同意した。
セロットが急に二人に振り返る。
「あたし、今ならエルロンディア神を信じられるわ!だって、ちゃんとあたしの祈りを聞
いてくれたもの!優しくて、強い神様だと思う!」
「そうだな。オレも信じてみようと思う。人間に一番近く、人々を守るために降りて来て
くれた神なのかもしれないな」
ジェイドは微笑み、ベオルもうなずくのだった。
「ねえエルゥー、今回はホントにヤバかったね〜」
くねくねとしていて少し下っている道を歩きながら、ロンドがちっとも『ヤバかった』
ふうでもない声で言った。
「ああ、まあそうだな」
ロンドの先を歩いている相棒は、やはり気のない返事を返してくる。
「でもぼくはうれしかったなあ〜。エルゥの口から、あんな言葉が聞けるなんて!」
ゴキゲンな調子のロンドをあえて無視するエルゥ。ロンドはかまわず先を続ける。
「『人間は弱いからこそ、正しく生きようとしている。神は彼らを導き拠り所と―――』」
ロンドが最後まで言い終わらないうちに、エルゥの杖が突き付けられた。
「それ以上言うな」
「えー、なんでぇ?すごくいい言葉じゃない。エルゥもちゃんと人間のこと見てたんだな
あって、ぼく感心したんだから!」
「うるさい、うるさい!あれは気の迷いだ!セロット達がいたから、そう言っただけだ!」
照れているのは一目瞭然である。いつも人間を否定することを言っている手前、ああい
うセリフを自然に言ってしまったというのが恥ずかしいのだろう。やはり神としての本能
は人間を否定しきれないのだ。
彼らは、人間がいなくては存在できないのだから。
「でも、本当は人間のこと認めてるんでしょ?さっきセロットに抱きつかれた時、うれし
かったよね?」
意地悪くロンドが指摘した。エルゥは顔を真っ赤にして、
「認めてないし、うれしくない!」
とムキになって怒った。やはり照れているのだ。ここまで分かりやすいとかえって面白
かったりする。隠そうとしたって、エルゥとロンドは元は一人なのだ。その根底にあるも
のは同じものだ。
「…おまえ、だんだんオヤジに似てきたんじゃね?」
恨みがましい目でロンドをにらみながら、エルゥが言う。
「え〜、そうかなあ?あ、それを言うなら、エルゥはだんだん人間に似てきたよね」
ロンドののほほんとした意見に、またエルゥがキレた。
「なんだとー!?オレのどこがあんな人間どもと似てるっていうんだ!人間なんて大ッ嫌い
だ!!ついでにおまえも大っっっ嫌いだあ――――っ!!!」
大声で怒鳴って、一人でずんずんと行ってしまった。
「まったくもう…、素直じゃないんだからなあ〜」
しょうがないな、とばかりに苦笑いでロンドは頭をかいた。今度はエルゥを追わずに、
彼の後ろ姿を眺めながら心の中で語りかける。
ねえエルゥ。
人間がぼくたちと似ているのは当然のことなんだよ。
人間は神が生み出したもの。
ぼくたちも神から生まれたもの。
ぼくたちがまだ半人前なように、人間達もまた完璧じゃない。
どちらも同じ、神様の子どもたちなんだよ。
でもこれはエルゥには言わないでおこう。言うとまた、『どうしてオレが人間と同じな
んだー!!』って怒るからね。
そして双子の魔法使いは、神様が見守る天空の下、新たな土地へと旅立って行くのだっ
た。
思えば、第5-4のエルゥのセリフを書きたくて書き続けた物語でした。無事に終わってホッとしています。
読んでくれた方々に少しでも楽しんでいただけたなら、嬉しい限りでございます。
読んでいただき、ありがとうございました!




