表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/14

5−3

 ヴィルカルドは動きを止め、エルゥ達が驚いて振り向くと、そこにはセロット親子とジ

ェイドが息を切らして来ていた。

「セロット!ベオルさん!どうしてここに…!あの部屋から出ないでって言ったのに!」

 ロンドが咎めるように言うのも聞かず、ジェイドはヴィルカルドの方に進み出る。

「おい、それ以上近付くんじゃない!あいつは、もうあんたが知っていた『ヴィルカルド』

じゃないんだ…!」

 エルゥの言葉にちょっと振り返りながら、ジェイドは立ち止まった。

 ベオルとセロットがロンドの側に駆け寄る。

「それがよお、家が襲われてたんだが、急に皆気絶しちまって。そしたらジェイドが、ヴ

ィルカルドを止めるんだって飛び出して行っちまったんだよ。でもほっておくわけにもい

かねぇから、おれらもここまで追ってきたんだ」

 ベオルがいきさつを説明する。なるほど、とロンドは理解した。町の住人はきっとさっ

きヴィルカルドが邪気を身体に取り込んだ時、邪気を抜かれて気絶したのだろう。とりあ

えずベオルらが襲われる心配はなくなったが、このまま彼らをここにいさせる訳にはいか

ない。戦いに巻き込まれたら死んでしまうのだ。

「事情は解った。ジェイドさんのことはぼく達が何とかするから、二人は早くこの町から

離れて!でないと…」

 とロンドが言いかけると、ヴィルカルドを襲った、気絶していたはずの3人がむくりと

立ち上がった。凶器を手に目を光らせ、こちらをうかがっているようだった。

「な、何だ?」

 ベオルが緊張に身体をこわばらせ、セロットをかばうように抱きしめる。武器になりそ

うな物を持って来ればよかった、と思っても後の祭りだ。

「彼らのチャンスは、受難をしなかったことだった。でももう遅い」

 ヴィルカルドがにやりと陰湿に笑う。

「…二人とも、ぼくの側を離れないで」

 唇をかみ、ロンドはセロットとベオルを背にかばった。

「ヴィルカルド、もうこんなひどいことは止めてくれ!」

 たまらなくなったジェイドが叫ぶように訴えた。

 目を細めてジェイドを見ていたヴィルカルドは、やがて大きなため息を一つついた。

「…なぜここまで追って来た?せっかくお前だけは見逃してやったのに」

「こんなことをするお前を止めるためだ!どうして!?昔のお前はそんな人間じゃなかっ

た!」

「そうか。言いたいことはそれだけか?お前も他の人間共と同じになりたいなら、もうど

うでもいい。昔のヴィルカルドはこんな人間じゃなかった?そりゃそうさ、もう私は人間

じゃないからな!」

 そう言ってヴィルカルドは長衣の胸元をはだけた。全員が息を呑んでソレを見る。

 彼の心臓が本来あるはずの部分には…、黒い穴が開いていた。そしてその中に、亡霊の

ように揺らめき、刻々と苦悶の表情を変えてゆく無数の醜悪な顔が浮かんでは消えた。吐

き気をもよおす光景だった。ベオルは思わず顔をしかめ、セロットは口元を押さえる。こ

れが幻なのか現実なのか分からなくなる…。

「そうか、このヴィルカルド自身が境界の歪み…」

 ロンドがつぶやく。「人の身体」が器になり、その内に隠されていたから、邪気を感じ

られなかった…ということか。エルゥも同時にそれを悟った。

 ヴィルカルドが凶悪に口元を歪めて笑う。驚き、嫌悪しているエルゥ達の顔を見るのが

さもおかしい、という感じだ。

「クク…、驚いたかね?もう『人間のヴィルカルド』は存在しない。ヤツは悪魔に魂を売

ったのだからな!」

 最後の方はもはやヴィルカルドの声ではなかった。地の底から響いてくるような、耳障

りな闇黒界の悪神の声だ。

 ロンドはとっさにまだ呆然と突っ立っているジェイドを引き寄せた。

 ヴィルカルドの胸の闇から、人の頭ほどの黒い球がいくつも発射される!

「『正しき力よ 盾となれ』!!」

 ロンドの呪文が間に合い、エルゥとロンド達の前に見えない壁が出現し、黒球が弾き返

された。彼らを外した球は地面や壁をじわじわと溶かしていき、悪臭を放つ。ヴィルカル

ドを襲った三人にも黒球が無造作に当たり、彼らの身体はみるみるうちに溶けて崩れてい

き、彼らは恐怖に顔を引きつらせたまま溶解した。セロット達はそれをひどい仕打ちだ、

と思う暇もなかった。

 エルゥは瞬間、集中する。

「『我は正義のもとに命ずる 邪なものに天罰を 雷よ落ちよ』!!」

 エルゥの声と共に天から一筋雷が空間を切り裂き、ヴィルカルドに直撃した!あまりの

轟音にセロットとベオルは耳を塞ぎ、煙の中のヴィルカルドを確認しようとゆっくりと目

を開ける…。

 すると、いきなり巨大で太い腕が現れ、エルゥをなぎ払った。

「!!」

「エルゥ!!」

 エルゥはすっ飛ばされ、広場の周囲に建っている建物の壁にぶち当たった。その勢いで

壁が壊れる。

「ぐはっ…!!」

 エルゥはそのまま地面にくずれ落ちた。

 ヴィルカルドはほとんどダメージを受けていないばかりか、胸から巨人のごとき大きさ

の腕だけが出ていた。ヴィルカルドの身体を乗っ取った闇黒界の悪神の腕だが、この歪み

の大きさでは、これ以上こちらに出て来られないようだ。

「エルゥ!」

 ロンドが駆け寄ろうとするが、エルゥがそれを遮る。

「気を、つけろっ…!!」

「!!」

 瞬間、ロンドの頭上にも巨大な拳が下りてきて、ロンドは間一髪横に飛びのいて避けた。

 大きな音を立てて、拳は地面に大きな穴を空ける。

「ロンド、大丈夫!?」

 セロットが蒼白になって言った。こんなふうに理不尽に誰かが殺されるところなんて見

たくない。だが、この自分の理解を超えた力に対して、一体何ができるというのだろう。

 ロンドはすぐさま体勢を立て直し、素早くセロット達を囲むように杖で円を描いた。自

分も円の中に入る。

 悪神の腕はロンドに呪文を唱えさせまいと再び腕を振り上げるが、

「『裁きの光よ 敵を貫け』!!」

 エルゥの呪文と共に発せられた無数の光の矢によって腕を貫かれた。

「『エルロンディアの名において精霊に申す 魔を退け 我らを護り給え』!!」

 ロンドが杖を地面に突き立てると、円に沿ってぼうっと青白く輝くドーム状の結界が彼

らの上にかかった。

 悪神の腕は光の矢で傷を負ったものの、すぐに塞がってしまった。恐ろしいばかりの回

復力だ。これだけのエルゥの攻撃呪文をくらっても倒れないなんて、初めての相手だった。

 どうすればいい?

 エルゥはよろめきながら思った。もっと強力な呪文が要る。完全な「神」だったら、こ

んな相手に苦心しないのに、とエルゥは悔しかったが、今はそんなことを言っていても仕

方がない。人間達に忘れられている「エルロンディア」は、根本的に力が足りないのだ。

「ふはは、素晴らしい力だろう?もう終わりか!?」

 ヴィルカルドが嘲り言い、悪神の腕をロンド達を包む結界に振り下ろした。しかしその

拳は結界を破壊できず、跳ね返される。

 ヴィルカルドは少し不愉快そうに顔を歪めると、今度は何度も何度も乱暴に結界を叩き

だした。

「きゃあああ!!」

 恐ろしさのあまりセロットが叫び、父の腕の中で身を小さくする。

 ガン、ガン!と振動が伝わり、衝撃のすごさを物語っていた。ベオルは不安げに結界を

見上げ、次いで必死に杖を握り締めて耐えているロンドを見た。今のところ、たとえ一発

でも当たったら確実に全身の骨を砕かれて死ぬであろう攻撃をこの結界が防いでいるが、

いくらロンドがすごい魔法使いだろうとも、いつまでも保つはずがない。

「くそっ…!!ロンド、おれはどうすりゃいい!?…セロットだけは、死なせたくねえ!何が

あっても、こいつだけは護らなきゃならねえんだ…!!」

 ロンドの小さな背中に、ベオルが苦しげに言った。

「やだ、お父さん!!そんなこと言わないで!あたしはもう誰かが死ぬなんてイヤ!!お父さ

んもエルゥもロンドも、ジェイドさんもみんな一緒じゃなきゃイヤ!!」

 セロットがすすり泣く。

「大丈夫だよ、セロット。泣かないで。みんなは、ぼくが必ず助けるから」

 肩越しに振り向いて、ロンドがにっこり笑った。

「ロンド…」

 少し落ち着いたのか、セロットは涙を拭う。

 ジェイドはそんな父娘を見て、再びある少女のことを思い出し、胸が痛んだ。この善良

な親子だけはヴィルカルドの餌食にさせてはならない、と強く思った。

「『裁きの光よ 敵を貫け』!!」

 エルゥの呪文が響き、さっきよりもたくさんの光の矢が悪神の腕に撃ち込まれる。

 結界を攻撃していた腕は穴だらけになり、手首はちぎれそうになっていた。ヴィルカル

ドはそれでも少しも驚いたりうろたえたふうではなく、平然とエルゥに向き直った。

「やれやれ、まだ懲りないのかね」

 傷付いた腕はすうっと胸の中に引っ込み、今度は違う腕が現れた。

「我が名はルルド!腕の代わりなどいくらでもある!!」

 と言ったのはヴィルカルドの声ではなかった。

「お前の名前なんか知るか!!代わりがあるんならなくなるまでやってやる!!」

 エルゥはダッと飛び出し、杖で打ちかかる。杖は風をまとっていて、攻撃範囲を広げ、

手数を増やし傷を深くするのだ。

 ロンドはエルゥの手助けをしたいが、セロット達を放ってはおけない。

「君達はいつまでそうしていられるかな?」

 今度はヴィルカルドの声だった。そして、彼の足元から黒い触手のような物がうごめき

出て、地面を這いながらロンド達がいる結界を取り巻いた。よく見ると、触手はじわじわ

と結界を侵食しているようだった。

「こいつら…!!」

 ロンドは苦々しくつぶやいた。このままでは結界に穴が空いて無防備になってしまう。

 杖を支えながらロンドは懐と袖口に手を突っ込むと、何枚かの符をジェイドに差し出し

た。エルゥやロンドのほほにある神紋と同じ模様と、いくつかのジェイドには読めない文

字が描かれた符だ。

「これを穴が空きそうな所に貼って!」

「わ、分かった!」

 ジェイドはベオルにも符を渡して、慌てて危なそうな箇所に符を貼っていく。

 エルゥは杖で攻撃する合間に魔法を織り交ぜて戦っていたが、ルルド神の腕はあまりダ

メージを負ってなく、しかしエルゥにはあきらかに疲れが見え始めていた。それはセロッ

ト達を護るために結界を維持しているロンドも同様だった。これ以上戦っていたら、本当

に皆力尽きてヴィルカルドに殺されてしまう。

「もう…、もう止めてよ!!」

 セロットはたまらず叫んだ。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ