ボロアパートの一室の雪ツモル日
ボロアパートの一室の雪ツモル日
年が明けてから数週間。十二月が別れを告げて二月が遠くに見え始めた頃の、とある日の朝のことである。
僕はいつもどおりに九時くらいまで寝ていようと、ぐっすりと深い眠りに落ちていた。
そんな眠りと言う名の深い深い穴のそこから、僕を一気に引き上げる人が居た。
妻である。
重たい瞼をゆっくり持ち上げると、そこには当然のように妻が居て、『いきものかるた』を片手に僕をゆっくりと揺らしていた。
「かるた~♪かるた~♪軽くないけど、かるただよ~♪かるた~♪」
妻の物凄くのんきな歌を聞いていると、なんだか眠くなってくる。
目を閉じようとしたら鼻をつままれ、キスされた。
息が出来ない。
とりあえず反撃してみることにし、舌を伸ばした。
すぐに妻は驚いた様子で解放し、再度眠りにつこうとする僕を引っ張って起こすという何とも強制的な起こし方で、深い深い穴の底から一気に引っ張りあげたのであった。
「おはよう・・・」
そう言って朝の一連の作業を難なくこなした僕は、少し眠気の残る中、正座して待つ妻の前に同じく正座で座ると、既に並べられている生き物かるたを挟んで妻と僕は対じした。
「それでは・・・」
そう言って妻は、猫の形をしたかるたを読み上げてくれる便利な機械の頭をグイっと押した。
『フクロウを、じっと見つめて、にらめっこ』
読み上げられた後すぐ“ぱしっ”そんな音と共に妻の手が出ていた。
僕が探そうとしたときには、もう遅かった。
そもそも、妻がそんなに早く取れるものだとは思っていなかったのが油断となってしまっていた。
次こそは、と思い集中した僕だったが、何度やれど妻の速さには付いていけず、一枚も取れないまま札の半分ほどが、なくなってしまった。
そんな時だった。
妻の携帯がパッヘルベルのカノンの着メロで電話を知らせた。
「はい、もしもし・・・」
そう言って電話に出た妻を見て、僕は休憩することにした。
お湯を沸かしてココアをつくり、それを飲みながら妻を見ていた。
ココアを僕が飲み干す頃、妻は携帯電話を肩で抑えながら、メモを取り始めた。
その姿が可愛いとふと思った。
そのとき突然、心臓が大きく“ドクン”と鼓動した。
ビックリして目の前に置いてあったマグカップを倒してしまった。
幸い中身は先ほど飲み干していたので、こぼれることは無かったが、嫌な予感がした。
まさか?と、考えているうちに妻の電話が終わり、カルタが再開された。
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結局、カルタは妻の大勝利で終わった。
僕は三枚しか取らせてもらえず、妻の命令を一つ聞かなくてはいけなくなった。
そもそも、いつそんなルールが追加されたのか僕には分からないが、まぁ、妻が喜んでくれるなら、それでもいいと思えた。
そして肝心の妻が僕に出した命令は、昨日の夜から朝にかけて降った雪で遊ぶというものだった。
ただ、アパート前の道路の雪は溶けてなくなってしまっていたので、庭の小さなスペースに残った雪で、雪だるまを作ることになった。
まぁ、雪だるまなんてものはすぐに出来上がってしまい、最終的に妻が冷凍庫で保管するという事で雪遊びはあまりにもあっさりと終わりを告げてしまった。
それでもまだ今日という日はお昼が近づいたに過ぎない時間だった。
日が暮れるまでまだまだ時間がある。
僕は何をして過ごそうか?
妻は何をして過ごしたいだろうか?
永遠にも似たこの時間をどうやって楽しもうか?
終わりの近づく優しい時間を、冬の冷たい空気が包み込む。