ボロアパートの一室のクリスマス
ボロアパートの一室のクリスマス
クリスマスの朝。寒さのせいで目覚めると、目の前には妻の寝顔があった。
一瞬、呼吸を止めてしまうほど驚いたが、すぐに思い出す。昨日の夜、妻が“一緒に寝て欲しい”と、子供じみた我侭を言ったのが始まりだった。
クリスマスプレゼントという名目で、あれやこれやと我侭を言ってきた。
別に苦でもない・・・むしろ僕も嬉しいので全て答えたが、そのせいで眠りにつけたのは夜中の二時という寝不足まっしぐらな時間だった。
そして今は時計が示している時間があっているならば、六時過ぎであった。
つまり何が言いたいのかというと、寝不足の三文字のことである。
二度寝をしようと、再度、寝転がろうとしたとき、不意に妻が“もぞもぞ”と動いた。
動くと同時に寝言がこぼれた。
「なたでここけーき・・・ふふふ~」
不味そうだと思った。当たり前である。普通そんな組み合わせは誰もやらないからだ。
ただ、妻の寝言は可愛いと思えた。
嬉しそうに微笑みながら寝言を言われては、眠気なんてものはどこかへと消え去り、行動力と言う名のアホらしい計画を発案し実行に移さざる負えなくなる。
つまりは『なたでここけーき』の作成である。
材料は昨日のケーキに使ったのが残っている。あとは妻の好物であるナタデココをどうやってこの時間に調達するかである。
すぐに着替えるとコンビニまで急ぎ足で向かう。そこになければアウト。計画がなかったことにされてしまう。
だが幸いにもナタデココはコンビニでどうにかなった。
よしっ!と、コンビニを出てそう言って気合を入れると、家まで走って帰る。
あまり走ってはいけない身体だが、こういうときは仕方がない。
ボロアパートに戻るとまだ妻は夢の中に居るようだった。
ここでの問題もクリアである。
次はケーキのスポンジを焼く作業である。が、この工程をすっ飛ばせるのは楽だった。
昨日、妻が余分にスポンジを焼いて冷蔵庫で冷やしていたからだ。
用途不明のスポンジが、ナタデココケーキと言う名の意味不明な食べ物へと変貌を遂げるにはさほど時間を要さなかった。
「出来たっ!」
朝っぱらから大声でそう声を上げたのは、どうかと思うが完成した。
ただ単にスポンジとスポンジの間にクリームとナタデココを挟んで、最終的にショートケーキのごとく、イチゴを乗せる場所を設けて、そこにナタデココを置くというなんとも普通なアイデアの塊と言う名の『ナタデココケーキ』の完成であった。
まぁ、苺のショートケーキの“苺”を“ナタデココ”に置き換えただけのケーキを妻が喜ぶかどうかは別として、味見くらいはしておくべきだろう。そう思い包丁を手に取り六つに切り分けると一つを手に取り口へと運んだ。
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「おはようございま・・・しゅ」
そう言いながら起きてきた妻は凄く眠そうだった。
「おはよう」
僕はそれだけ言って、妻と入れ替わるようにキッチンから出て布団を畳んで押入れにしまう。
そのときだった。キッチンのほうから妻の声。
理由は分かっている。だから、あえて無視するように。僕は部屋の空気を入れ替えるため窓を開けた。
部屋に冬の冷たい空気が入り込む。
少し僕は身を震わせ、それから妻を呼んだ。
「―――さん。ほら、ホワイトクリスマスだよ♪」
外から、ふと聞こえてきたのは子供たちの声・・・それは。
それは、優しい時間の始まりを喜ぶ歓声・・・。