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ボロアパートの一室の夏祭り

ボロアパートの一室の夏祭り


夏も終わりに近い、ある日。僕は妻を連れて夏祭りへと足を運んだ。

妻は楽しそうなことが大好きだ。それは僕が孤独を抱えているから。それは妻が不安を抱えているから。それは僕らの抱える短い時間の流れを優しい緩やかなものにする。

だから楽しいことが大好きで、二人で居ることが何よりも幸せなのだ。

ほら、すぐそこにも幸せが落ちていたみたいだ。

「なにを拾ったの?」

しゃがんで何かを拾った妻にそう訊いた。するとゆっくり何かを包むように立ち上がると、寂しげな顔で僕に見せた。

「もう夏も終わりですね・・・なのに、この子はまだ幼虫・・・出遅れたんですね。」

蝉の幼虫だった。

茶色い殻を纏った小さな命。

何年も土の中での生活を強いられ、やっと外に出れたと思ったらすぐに力尽きてしまう。

まるで僕のようだ。

親の元からやっと巣立ったのに、残り少ない命・・・。

そんな暗い考え事をしていたのがバレたのか、いつの間にか僕は妻に抱きしめられていた。蝉の幼虫は妻の手を離れ、僕の浴衣を木のように登り、肩のところまで来ると、そこが良いのか止まった。

そこから少し歩いたところで祭囃子が聞こえてきた。

祭囃子は僕らを歓迎しているように楽しげに鳴り響いていた。

妻に手を引かれ人ごみの中を歩く。もちろん蝉の幼虫も一緒に祭りを回る。

まずは綿菓子、それからソース煎餅にりんご飴。宝石のようにキラキラと輝く屋台の数々。

一つ一つに幸せが詰まっているような、そんな気がした。

途中でビンゴ大会の開始を知らせる放送が流れる。妻が参加しよう。と、言うのでビンゴカードを売っている場所まで行くと、ちょうど二枚だけ残っていた。

一枚ずつ買うとさっそく真ん中を空けた。

既に一つ目の数字が出ていたが二人とも外れていた。それからも中々当たらず、どんどん景品が消えていく。やっとリーチが出来たときには、もう殆どの景品が無い状態だった。

「幸せは逃げない・・・手を伸ばせばいつでも届く」

妻がそう呟いたのが確かに聞こえた。

そして僕の持っているカードがビンゴになった。

景品と交換しに前へ行く、そこには縁日券五百円分とよく分からない植物の育つ植木鉢があった。

僕は迷わず植木鉢を取っていた。

誰も望まないものが、誰かの幸せって事もある。それを僕は知っている。妻がそのことを教えてくれた。

僕はゆっくり妻の元へ戻ると、今まで肩に乗っていた小さな命を、ビンゴの景品であるよく分からない植物の幹につかまらせてあげる。

最初からそれを望んでいたかのように微笑む妻に僕は言った。

「最後まで居ようか・・・今日は。」

言葉で返さずただ頷いて答えた妻は僕の腕を抱きしめた。

優しく、優しく、何かを繋ぎとめようとするように・・・。

優しい時間の流れを、ゆっくりな流れにするように・・・。

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