ボロアパートの一室の小さな花火大会
ボロアパートの一室の小さな花火大会
花火をしようよ。と、妻が言い出したのは一緒にスーパーへの買出しに行った帰り道のことだった。
僕が花火大会のポスターを眺めていたのを見て思いついたらしい。
僕はただ単に今書いている小説のストーリーに花火大会の場面があるからその取材を予ねてと、思って見ていただけなのだが・・・。
「とりあえず。一度、この大量の袋を家に置いてからだよ?」
「それくらい分かってますっ!」
頬を膨らませ、そう言った妻を見ながら、思わず僕は笑ってしまった。
その笑い声は、蝉の大合唱にのまれ、夕暮れ時の空に消えていった。
1
かれこれ十数分もの間、スーパーにこの時期限定で備え付けられている花火コーナーの前で妻は悩んでいた。
先ほどからずっと何かを呟いているようなのだが僕には聞き取れないような小さな声なので、内容は分からない。
「早く選びなよ?」
と、僕が言っても、妻は頷くばかりで一向に決めようとしない。
さて、どうしたものか・・・と、呟きかけたそのときだった。
一つの花火セットを手に取るとゆっくりと立ち上がり、僕に何も言わずレジのほうへ向かった。
僕は妻を追いかけることはせず、“ぐるり”と妻の並ぶレジの反対側へとまわる。
少しの間、外を眺めながら待っていると、妻に後ろから抱きつかれた。
突然の出来事だが別に驚きはしなかった。なんとなく予想は出来ていた。
妻は寂しがり屋だ。それに加え、甘えん坊でもある。花火を一緒に選んでもらえなかったことが凄く寂しかったのだろう。
僕は自分が時々嫌いになる。
妻を無意識のうちに遠ざけている自分が居るのを僕は知っている。
何の得にもならない。何の意味も無い。ただ、二人ともが傷つくだけ。それが分かっていても僕たちはそれを避けられない。
それは僕の命が不安定だから・・・。
それに怯えた僕らの心が互いを遠ざけようとするから・・・。
だから妻はよく僕を抱きしめる。不安を取り除くように、心を癒すように・・・。
2
再度スーパーから帰ってきた僕たちは、花火セットをひとまず置いて、夕食の調理に取り掛かる。
料理は二人で手分けしてやる。
最初は妻が一人でやっていたのだが、時々血染めの食材が混じってるシチューとかを見てから、怖くて僕も手伝い始めようとした。
妻は“大丈夫”と自信満々に断っていたのだが、段々血染めの料理が増えてきたことから、強制的に僕も手伝うようになっていた。
でも、僕が朝起きていることが少ないため、朝食は今でも妻一人にまかせっきりになっていた。
何とかしようと頑張って朝早くに起きてみたのだが、今度は僕が血染めの料理を盛大に披露してしまったので妻から禁止令を出されてしまったのが本当の理由ではあるが、そこは気にしないことにしている。
何はともあれ、二人で作ればあっという間に出来上がってしまう。
七時過ぎに出来上がった夕食を、ゆっくりと小説の話などをしながら八時過ぎまで楽しむと、食べ終わったものを全て片付け布団を敷いた後、花火セットの封を開けた。
妻は楽しそうに小さな庭に出ると僕の持ってきた水のたっぷり入ったバケツと、弱々しい火の灯った蝋燭を見て笑顔を見せる。
僕はバケツを置くと、次に蝋燭を置いた。
さっきからスタンバイ状態だった妻にOKを出すと、僕は縁側に座り妻を眺めた。
すぐに妻の右手に握られた花火に火がついて勢いよく火花を散らせた。
緑や赤に色を変えて噴出し続ける花火。
それを見て、はしゃぐわけでもなく楽しむ二人を包む虫たちの合奏に、綺麗な星空。
夏の夜にふく涼しい風。それに揺られて鳴り響く風鈴の音。
全てが僕たちを包み込む。
優しい時間へ、いざな誘うように・・・。