ボロアパートの一室の梅雨
ボロアパートの一室の梅雨
外ではシトシトと、ここ何日かずっと雨が降り続いていた。
降り続く雨は勢いを増すわけでもなく、ただ、ずっと降り続けるのだった。
そんな雨の日、僕は妻の陽気な鼻歌で目が覚めた。
目が覚めて、最初に飛び込んできた情報が“てるてる坊主”だったことに戸惑い、そして少ししてから、疑問はため息となって出て行った。
妻は鼻歌でリズムを刻みながら、てるてる坊主をティッシュ一箱で大量生産しているのだった。
僕はとりあえず起き上がると顔を洗いにキッチンへ行き、顔を洗い終えると次に少し遅い朝食を取り始めるのであった。
食パンにジャムを塗ったものをモソモソと食べながら、妻のてるてる坊主量産工程を眺めていた。
慣れた手つきでティッシュを一枚とり、丸めてからもう一枚のティッシュで包む。その後、てるてる坊主をさらにティッシュで三回ほど包んでから僕のほうに自慢げに見せると、
「うえでぃんぐてるてるっ!」
そう言って笑った。
僕は微笑み返すと、パンを食べる、朝食と言う名の作業に戻った。
1
お昼時、妻が作った大量の“てるてる坊主”を物干し竿に結びつける作業を二人で黙々と、こなしていた時だった。
ふと庭に視線を落とすと、そこには“ちょこん”と三毛猫が座っていた。
雨に打たれる三毛猫は、小さいながらも長い年月を生きてきたようなそんな落ち着きを見せていた。
妻も猫に気付いたのか、手を止めてしゃがむと、おいでおいでと猫に手招きをした。
すると猫は妻のほうへ引き寄せられるかのように、ふらふらと歩き出した。
それから妻の前まで来た猫は妻に飛びつき“にゃ”と一回鳴いた。
僕は一旦部屋に戻ると、タオルを取って妻と猫の元へと戻り、タオルを渡した。
優しく猫を拭いてあげる妻を見て、自然と笑顔になる僕がいた。
ほんの数年前まで明日に絶望しかいだ抱けずに、ただ嘆き、塞ぎこんでいたのが嘘のように、僕は今を楽しんでいる。今を幸せだと思える。
それは―――さんが、僕を大勢の人の中から見つけて、好きになり、愛してくれるから得られた時間・・・。
「ありがとう・・・」
小さく感謝の言葉を呟いた。
それから僕は、てるてる坊主を吊るす作業を再開した。
2
夕暮れ時、妻は猫とずっと遊んでいて疲れたのか眠ってしまっていた。
猫も妻同様に疲れたのか眠っている。一人と一匹は寄り添って眠っていた。
僕は、ふと窓を開けてみた。
妻と猫に気を取られていて、雨が止んだことに気付かなかった。
黒い雲が消えた空は、橙色に、綺麗に染まり、夜の訪れが近いことを教えてくれた。
「そろそろ・・・」
僕が独り言のように呟いたとき、後ろで妻が起きる音がした。
「おはよう」
振り向かず、妻にそう言うと抱きつかれた。
寝起きの妻の身体は温かく、僕の心までも温めた。
「愛していますよ・・・―――さん」
どうやら妻に止めを刺されたらしい。
猫はいつの間にか居なくなっており、僕たち二人に戻った部屋に、入り込んだ雨上がりの風には、土の匂いが混ざっていて、それが二人を包み込んだ。
止まれよ、時間よ。
優しい時間を永遠に・・・。