表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/12

ボロアパートの一室の一日

優しい時間。


それはずっと続くはずの僕と君との優しい時間。


ボロアパートの一室の朝。


朝、目覚めると、キッチンのほうから良い匂いが僕の寝ている布団のところまで漂ってきて“早く起きて朝ごはんにしましょう?”と問いかけてくる。

ゆっくりと体を起こし枕もとの時計を確認する。

6時半だった。

いつもより少し遅い・・・まぁ、しょうがない。昨日は夜遅く、っと言っても12時を少し過ぎたあたりまでだが仕事をしていたからだ。

ただ、それを今キッチンで料理をしている妻に言うと“言い訳は要りませんよ?”と聞いてくれないので、口に出さないことにして布団から出る。

少しだけど肌寒かった。

まだ4月になったばかりだから当たり前だといわれれば、そうなのかもしれない。

僕はわざとらしく“寒い寒い”と言いつつ妻に後ろから抱きついた。

すると妻は“またまた”と嬉しそうに微笑んで、包丁を操る手を休めて素直に受け入れてくれた。

そんなことをしている内に鍋が吹き零れる。

僕は妻を解放すると大人しく、さっきまで自分が寝ていた布団をたたんで朝食を食べるスペースを確保する。

布団をたたみ終わり、壁に立てかけてある折りたたみ式の丸いテーブルを部屋の中央に置いたのと同時に朝食が出来上がったらしい。

「――――さんは、お箸とお茶碗を運んでもらえますか?」

僕はひとつ返事でちゃっちゃと箸と茶碗をテーブルに並べていく。

すべてを並べ終え、僕と妻は正座をして箸を取りそして一緒に

「「いただきます♪」」

そう声を重ねて朝食の始まりを告げた。


ボロアパートの一室の昼すぎ。


六畳しかない部屋の中央で寝転がって天井を眺めて考えに耽っていると、妻が僕を覗き込むように視界に入ってきた。

そのまま妻は自分の顔を僕の顔に近づけると頬同士をすり合わせ、そしていつしか妻は僕の上に乗っかって優しく抱擁を求めた。

どうやら僕はしばしの間考えるのを中断し、妻に付き合わなければならないようだった。

優しく抱きしめてくる妻を、僕もそっと、優しく、抱きしめる。

そんな時間が数十秒くらい続いたときだった。

妻が僕をも巻き込んで左右に転がり始めたのは。

そこからはもうじゃれ合う子猫のような二人だった。

ただただ、二人の空間がそこに広がって、窓から入ってくる少し暖かい風がカーテンを揺らし、僕たちの頬を撫でていく。

「散歩に行くか・・・」

不意に僕は妻に提案した。

一瞬“きょとん”とした表情で僕を見た妻だったが、すぐに笑顔で頷くと“ぱたぱた”という音が聞こえてきそうな感じで準備をし始めた。


ボロアパート近くの公園の夕方。


子供たちが走り回って遊んでいるのを僕と妻は木製のベンチに座って眺めていた。

咲きかけの桜が風に揺られて少し花びらを散らす。

その花びらは“ひらひら”と妻の頭に舞い降りた。

僕はそっと花びらを取ると妻に見せてあげる。

妻は“ふぅ”と息を吹きかけ、花びらを再度風に乗せると、僕の手をとり踊ろうと誘ってきた。

僕はすぐ、それに応じると立ち上がり妻と踊り始める。

周りの視線が少しだけくすぐったいが、妻の笑顔を見る対価には軽いと思った。

やがて五時のチャイムがなるころには子供たちはほとんど居なくなった。

それでも僕と妻は微笑みながら、少しの花びらと共に舞っていた。

完全に日が暮れるそのときまで、飽きもせずに踊り続けた。


ボロアパートから少し離れたスーパー。


今日は週に二日しか行かない買出しの日。

公園で少し遅くまで踊っていたのでいつもより少し遅くなってしまった。

でも、そんな日もありだと思う。妻と一緒の買い物は、僕にとっては幸せな時間の一つであり、それはたぶん妻にとっても大切な時間・・・。

「今日は何にしようかしら?――――さんは何が食べたいですか?」

妻はカートを押しながら僕に問うてきた。

「――――が作るものなら・・・何でも♪」

その僕の答えに不満そうな妻は少し意地悪になった。

「それじゃあ、――――さんの今日のご飯は“私”でも良いですよね?」

そうこれが僕に対する妻の最強の意地悪である。

「よろこんで・・・と言いたい所だけど、僕は君との時間を縮める気は無いからね。だから、別のにしてもらえないかな?」

僕はそういって微笑んだ。

妻はそれを見てなのか、“しょうがないですね”と言って今日の献立はシチューにしてくれた。

たぶん僕のことを気遣ってくれているのだろう。

僕はそっと少し前を歩く妻の肩に触れた。

妻は立ち止まり振り返ると、僕を優しく抱きしめた。

人目など気にせず少しの間僕は妻の優しさに甘えることにした。

たぶんそれが、僕に唯一出来る、精一杯の恩返しだった。


ボロアパートの一室の夜。


夕食を食べ終えて、順番にお風呂に入り寝る準備ができたところで僕は妻に“今日も仕事あるから”と先に寝るように言って部屋の電気を消すと、汚れていて今にも壊れそうなパソコンを立ち上げると、キーボードをせっせとたたき始める。

少しして手が止まり、天井を見上げる。

気分転換にという感じに妻のほうを見る。

布団の中で“すやすや”と可愛い寝息を立てて眠っている妻の顔を眺めて思う。

こんな生活がいつまでも続けば良いのになと、そしていつまでも傍に居てあげたいと・・・毎日のようにそう考えては、眠る妻の頬にキスをするのが僕の日課だったりする。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ