乙女ゲームの世界に転生したらギロチンで処刑される寸前でした
「使用人ララ・フィリーアよ、言い残すことはあるか!」
やたら野太い声で怒鳴り声がする。
重たいまぶたを上げると、よくわからない光景が広がっていた。
まず私、外で広場の壇上っぽいところにいるみたい。
なぜ??
近くに何人かの外人がいて、その先にはより大勢の人たちが興味深そうにこちらを見ている。
そして……私は動けない。
腕と首がロックされており、動かせて数センチってところだ。
「なにも言い残すことはないのか! ギロチンの刃を落としても良いということだな!」
ヒゲがモジャってる偉そうなオジさんが声を張る。
あーなるほどー、私はいまギロチンにかけられているってことかー
な ん で だ よ!!
どうしてこうなったのだろう。
さっきまで日本で普通に生活していたのに……。
まさか死んで転生してしまったということだろうか。
だとしてもギロチン処刑スタートなんてあまりにも酷い。
この状況から助かるなんて不可能に近い。
「聞いているのかララ・フィリーア! 主人であるブロード卿の館から貴金属を盗んだ罪は重いぞ」
私のこっちでの名前に、どうにも聞き覚えがある。
使用人でララ・フィリーア…………まさか『愛を求めて令嬢バトル』のキャラなのでは?
私が人生で一番やりこんだゲームの中に、そういったキャラが出てくる。
ただしサブキャラもいいところ。
特殊な『イベント察知』という能力があるけれど、それで色んな秘密を知ってしまって処刑されてしまう悲しきキャラだった。
ちょっと待って、あのキャラに転生させられちゃったわけ?
しかも殺される寸前とか、神様がいるならあまりに鬼畜過ぎると文句言わせて。
「言い残すことはないようだ。刃を落とせ」
「あああああ──ッ。あっ、あります、言い残したことあります!」
もうやけくそで叫んでみた。
とりあえず、すぐに刃が落ちることはないので安心する。
私は思考をフル回転させてこの場を切り抜けるアイディアを考える。
ララがなぜ処刑されたのかは、よく覚えている。
特技のイベント察知で、色んなことを知りすぎたのだ。
本当は窃盗などしておらず、口封じのために無実の罪をかけられて殺されるという悲しきキャラだった。
もうしょうがないので私は起死回生の手を打ってみる。
「──あれは、夜風が肌に気持ち良い日のことでした。私は館のゴミを捨てるために外に出ました。すると裏庭に見慣れない方がおりました。とはいえ全く知らない方ではない。気品溢れるその方は、ロリード公爵家のフューリー婦人でした」
「ッッ!?」
処刑執行人だけでなく、広場の者たちまで目を丸くして驚く。
でまかせではなく、ゲーム内で本当に起こったことだ。
衝撃的なイベントだったので私はよく覚えている。
ララの主人であるブロードは、公爵家の婦人といちゃついていた。
両方とも結婚しているのでダブル不倫というやつ。
ブロードは侯爵なので、相手の旦那は当然格上。
しかも最悪なのは、ロリード公爵にはかなりお世話になっているのに、そういった悪質な裏切り行為をしていた。
ゲームでは、ブロード侯爵は主人公にも散々嫌がらせするが、最後は返り討ちにあって悪事がすべて暴露される。
可哀想なことに、ララも実は無実の罪だったと後ほど判明する。
でも、その流れは絶対ダメー!
だって私が死んでしまうので。
だったら私がすべて暴露してやろうと思ったのだが、案の定ブロードが阻止しにかかってきた。
見た目は丸々と太っており、二重顎が目立つ壮年男性だ。
「その女の言うことを聞いてはダメだ。ララは虚言癖と妄想癖が凄いと有名なのだ」
「ああっ……私の妄想だったらどんなに良かったことでしょう! まさか私の主人たる御方が、あんな裏切り行為をしていようとは!」
こっちも殺されまいと必死なので大仰に声を張った。
これはもう殺すか殺されるかの勝負なのだ。
しかも私は冤罪側というね。
ブロードは私の話を阻止しようと喚きまくるが、さすがにお偉いさんも妙だと感じ始める。
「ブロード卿、少し黙されよ。今回の裁判に関しては、私に任されている」
「いやしかし……」
「黙られよ!」
ヒゲモジャのおじさんは威圧たっぷりに叫ぶ。
ゲームでは見たことないけれど、きっと身分もかなり高いのだろう。
ヒゲ男性が場を仕切り直す。
「ララよ。その日、なにを見たのか答えるのだ。ただし真実のみを話すように」
「……はい。私はその夜、ブロード様と、ロリード公爵家のフューリー婦人が、裏庭の隅で熱〜い抱擁を交わしているのを見ました」
私の言葉は、広場のざわめきを一瞬で静寂に変えた。
野次馬たちは固唾を飲み、処刑執行人の隣にいたヒゲ男性は、目を見開いて私を見つめた。
「な、なんと馬鹿なことを! ララ、お前は本当に虚言癖が……」
ブロード卿が再び声を荒げたが、ヒゲ男性が素早く手を上げて制止する。
「ブロード卿! 黙られよと申したはずだ。ララ・フィリーア、続けよ。抱擁の他に、何か見たこと、聞いたことはあるか」
私は固定された首を少しでも動かそうと努力しながら、彼らの視線に負けないよう正面を見据えた。
「はい。その時、ブロード様はフューリー婦人に、ある宝石の首飾りを贈っていました。それは、フューリー婦人の瞳の色に合わせた、深く美しい青色の首飾りでした」
私はゲームで見た情報を死ぬ気で思い出しながら、詳細な描写を付け加える。
「そして、ブロード様は言いました。『公爵が君にプレゼントを用意しているらしい。青の首飾りだという。だから私はそれよりも良いものを君のために見つけてきたんだ』しかし私は知っています。その首飾りはブロード様の奥様が大切に保管している代物だと。奥様がお父様から頂いた宝物だと私に話してくださったこともあります」
広場に再びどよめきが起こる。ただの不倫ではなく、妻の財産を横領した疑惑まで出てくるからだ。
ブロード卿の顔は、血の気が引いて真っ青になっている。彼は震える指で私を指さした。
「嘘だ! まったくの作り話だ! 貴金属を盗んだ罪を逃れるための、卑劣な作り話に決まっている!」
「ならばお答えください、ブロード様!」
私は絶叫に近い大声で反論した。
「私が盗んだという貴金属とは、一体何のことですか? 裁判で私が盗んだとされたのは、銀の燭台一対だけ。しかし、燭台は二つ。どこに、誰に売ったか、その行方は一切問われておりません! それはなぜですか? 本当は、盗品など存在しないからです! 私に窃盗の罪を着せたのは、私がブロード様の裏切り行為を『イベント察知』の能力で知り、それを誰かに話してしまうことを恐れたからでしょう!」
実際ララのイベント察知は相当なものだったと記憶している。
ヒゲの男性は深く頷き、ブロードに向き直った。
「ブロード卿。今すぐ、その青い宝石の首飾りや不貞の件について、嘘偽りなくお話しなさい。もし、使用人の言葉が真実だと判明した場合、あなたは公爵家に対する重大な背信行為と、無実の人間に対する冤罪、更に妻といえ財産の窃盗による罪に問われることになるぞ!」
ブロードは、膝から崩れ落ちそうになりながら、絶望的な表情で私を睨みつけた。
──しゃっあああ!!
勝ったよ……!
これで生き延びられるかもしれない……と思ったのも束の間、ブロードが悪あがきをしてくる。
「ば、馬鹿馬鹿しい!」
ブロードは、血走った目で叫んだ。
「イベント察知などという胡散臭い能力が存在するはずがない! 都合よく不倫の場面に出くわすなど、あまりにも出来すぎている! 偶然だ、でっちあげだ、虚言だ!」
広場の空気が、わずかに揺れた。
悪あがきすごいなブロードは……。
でも、都合良すぎと思う者がいても不思議ではないのかな。
私は、ゆっくりと息を吸った。
「……お言葉ですが、ブロード様」
喉が乾いていた。
だが、今ここで引くわけにはいかない。
「私の能力は、探すものではありません」
「なに……?」
「ただ、願うだけです」
ざわ、と小さなどよめきが起こる。
「起きる出来事を、知りたいと願うだけ」
私は目を閉じた。
ギロチンに固定されたまま、意識を内側へと沈める。
(お願い頼む頼みます……設定集どおりなら願うだけでいけるはず……)
心の中で、ただ一つを願った。
この場で、今まさに起きるイベントを──
次の瞬間だった。
頭の奥が、きしりと音を立てる。
無数の糸が張り巡らされ、そのうちの一本が強く引かれた。
「──きた」
思わず、声が漏れる。
「集まった観衆の中で揉め事が起きます。男性二人が殴り合ってるところが見えました」
私は視線を、広場の右側の奥の方に向けた。
私からはかなり離れていて見えづらい。
あっちも私の声など、ほとんど聞こえてないのではないだろうか。
察知のタイミングはかなり良かったようで、すぐに争うような声が上がった。
「押しただろうが!」
「押してねぇって言ってんだろ!」
「嘘つくんじゃねえ! てめえ以外に誰がいるんだよ!」
──殴打音
乾いた音が響き、二人は取っ組み合いを始めた。
広場が、一気にざわつく。
「そこ、なにをしている!」
裁判長──ヒゲの男性が声を荒げる。
遠いがよく声が通ったおかげもあって、二人は胸ぐらを掴み合ったまま、一応は殴り合いを止める。
「こいつが、押したとか言って殴ってきたんです!」
「押しただろうが!」
「わかった。ひとまず、争いはやめなさい」
騒ぎはそれ以上は大きくならない。
改めて、ヒゲ男性や貴族たちが目を丸くして私に注目する。
能力が完全に証明された。
私は続ける。
「今のは、ほんの一例です。私はこれまでにも、たくさんの“イベント”を察知してきました」
一瞬、間を置く。
「たとえば、(ピー)男爵が、町娘相手に(ピー)をして、見事に嫌われた件。あるいは、(ピー)貴族と、(ピー)令嬢が、人目を忍んで密会していた件。しかも貴族の方には、実は他にも手を出している令嬢がいて……」
空気が、凍りついた。
数名の貴族が、明らかに顔色を変える。
中には、後ずさる者さえいた。
私は、はっきりと言った。
「ですが。私は口がかたいのです。自分に関係のないことを、面白半分で話したりはしません」
その言葉が、逆に効いた。
──知っている。
──だが、黙っていた。
その事実に、多くの貴族たちは震え上がる。
あなたたち、どんだけヤラかしてるんですか……。
裁判長は呆然としたまま、しばし沈黙した。
やがて、低く息を吐く。
「……これは、使用人の妄言ではありませんな。彼女は能力の証明もして見せた」
「──そうだな。そこまでだ」
低く、重い声が広場に響いた。
人垣が割れ、一人の威厳ある男性が姿を現す。
威厳、風格、そして圧倒的な存在感。
「ロリード公爵……!」
誰もが息を呑む。
公爵は壇上を見据え、短く命じた。
「フューリー、ブロード卿」
その声には、感情がなかった。
「二人とも、壇上へ上がれ」
ロリード公爵は、壇上に引き上げられた二人を冷ややかに見下ろした。
「──正直に話せ。そうすれば、死罪だけは免じてやろう。だが、嘘をついた場合は別だ。最も辛い拷問の末、その命を失うことになる」
その目は刃物のように鋭く、言葉に一切の虚偽がないことを、誰もが理解した。
この場にいる全員が、恐怖から息を呑む。
最初に耐えきれなくなったのは、フューリー婦人だった。
「どっ、どうかお許しください、貴方様……!」
彼女は泣き崩れるように公爵へ縋りつく。
「すべては……この人に強引に誘われたのです! 何度も断りました。でも……でも……!」
「なんだと!?」
ブロードが顔を引きつらせる。
「強引に、とは何ですか!? あなたも最初は乗り気だったでしょう!」
「嘘です! 私はただ……!」
二人は互いを罵り合い、責任を押し付け合う。
なんて醜いんだ! と黙している公爵に代わって私が叫びたいくらい。
もはや、かつての気品など微塵も残っていなかった。
「──静まれ」
公爵の一喝が、広場に叩きつけられる。
たった一言で二人は言葉を失い、震えながら頭を垂れた。
しばしの沈黙の後、公爵は視線をこちらへ向ける。
「その使用人の娘は、無実だ。離してやりなさい。……ララといったか。すまなかったね」
「いえ……とんでもございません」
私は、ようやく解かれた拘束に、ほっと息をついた。
処刑台から降ろされ、足が少し震える。
結局、その後の調べによって、青い宝石の首飾りも無事に発見された。
私が語った内容はすべて事実であったと正式に認められる。
ブロードとフューリー婦人の罪については、まだ裁定が下っていない。
だが、公爵家への背信、不貞、窃盗、冤罪──
どれを取っても、軽い処罰で済むはずがなかった。
特にブロードは死罪より酷い目に合うだろうという話だった。
当然だよね、人に冤罪なすりつけて悪行ばかりしている男だし。
ただ腹立たしいのは、牢屋の中で開き直っているらしい。
罪が確定するまではせめて楽しもうって魂胆だろう。
私はヒゲの男性にお願いして、ブロードと話す機会をもらった。
牢屋の前で二人きりにしてもらう。
「ララめ、貴様さえ大人しく死んでいれば私の計画は完璧だったのだぞ!」
「なんて醜く卑しい豚だ! 知性の欠片もなければ誇りも矜持もなにもない! その愚かな人生で蓄積したのは無駄な脂肪だけか!」
私は宝塚の女優ばりに声を張って罵った。
ララの心が生きていたら、きっと同じようなことは言うだろう。
あまりにも早口で大声だったせいか、ブロードの瞳に怯えの色が見える。
だがこんなもので許してなるもんか。
「すっきりしたので最後にいいことを教えましょう。私のイベント察知のことはもう知っているでしょう。これでお前の身に起こることをこれから見る」
私は目を閉じてから、大袈裟に口元を手で押さえる。
「えっ、嘘でしょ……さすがにそれは……グロすぎ……おえっ」
「なんだ!? 私の身になにが起きるんだ!?」
「言えない。さすがに可哀想すぎて言えない。皮を剥がされながら大事なアレを抉り取られて、その上────」
「なんだと、その上なにが起きる!?」
「……さあ? これ以上は言えない。口にするのもグロいので。さようなら」
「待てぇ! その先を教えろぉ!?」
なんか叫んでたけどフル無視で牢屋の前から去っていく。
見えない未来に苦しみ続けてほしい。
罪の日まで開き直って楽しむなんて許すことはできない。
さて、復讐は終えて一段落したのはいいんだけど……私の未来が心配すぎる。
命は助かった。
だが、主人を失って職も失った。
「これからどうしよう……野垂れ死にかなぁ……」
そんなことを本気で考えていたのは、せいぜい数時間だった。
そこから、あちこちの貴族から使用人として雇いたいと声がかかり始めたのだ。
しかも、どれも破格の条件付きで。
──たぶん、あれだ。
あの場に居合わせた貴族たちが、自分の秘密を思い出したのだろう。
私の能力を恐れ、同時に欲した。
私は、内心で苦笑する。
処刑寸前から一転。
どうやら私はこの世界で一番、雇いたくないけれど、雇わざるを得ない存在になってしまったらしい。




