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無効化令嬢の恋と改革  作者: 鴨治玲


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61.エピローグ

公爵家の庭園には、柔らかな陽光が満ちていた。

白い花弁が風に乗って舞い、まるで今日という日を祝福するように、静かに空気を満たしている。


人々の視線は、庭園の中央に並び立つ二人へと注がれていた。


純白のドレスに身を包んだ我が娘――ステラ。

その隣で、正装の騎士服をきたルカ・ヘイルが、緊張を隠し切れない面持ちで立っている。


誓いの言葉が交わされ、司祭が結びの言葉を告げた。

拍手が起こる。

温かく、穏やかな祝福の音だった。


私は少し離れた回廊の陰から、その光景を黙って見つめていた。

胸の奥に去来するものは、喜びだけではない。

父としての誇り、政治家としての計算、そして――手放す寂しさ。


騎士といえど、平民出の男を婿に迎えることは、貴族社会に波紋を呼んだ。

だが、ステラの功績は国の安定そのものだ。

そのステラの願い、そしてステラと王を助けた騎士の働きが、国の危機を救ったのも事実だ。

貴族たちは、誰一人として彼を軽んじることはできない。


「……ずいぶんと複雑な顔をなさっていますね、公爵閣下」

横から声をかけてきたのは、ロイだった。

私は視線を娘から外し、ゆっくりと彼へ向ける。

「貴方の企みはうまくいきませんでした?」

からかうような声音だが、その目はどこか柔らかい。

私は鼻で小さく笑った。

「……(ステラ)なら、アレン陛下もお気に召すと思ったんだがな」

「思惑は外れていませんよ」

ロイは、庭の中央――笑顔でルカの腕を取るステラに目を向ける。

「陛下は確かに彼女に好意を抱きました。友人として、ですが」

「……しかも、勇者の願いとあっては」

私は低く息をついた。

その言葉には、父としての葛藤が滲む。

「いくら父親でも、反対もできん」

ロイは一瞬だけ言葉を選び、それから静かに尋ねる。

「……不満ですか?平民が相手であることに」

すぐには答えなかった。

視線の先では、ルカが何かを言い、ステラが声を立てて笑っている。

あの笑顔を、父としてどれほど見てきただろう。

そして、これからは誰がその笑顔を守るのか――その答えが、今まさに目の前にある。

「……不満ではない、とは言えない」

正直な声だった。

だが、その後に続く言葉は迷いなく口をついた。

「だがな」

背筋を正し、ゆっくりと言葉を続ける。

「……あの子が選んだ男だ」

一息置いて、胸の奥にある本音を吐き出す。

「それが、娘の幸せなら――父として、それ以上の喜びはないよ」

ロイは、わずかに目を細めた。

「良い父上ですね」

「……そうでもない。欲を言えば、もう少しだけ……手元に置いておきたかった」

自嘲気味に呟くと、ロイは小さく笑った。


庭園に再び大きな拍手が広がる。

新郎新婦が、皆に向かって一礼をしたのだ。


その瞬間、ステラの視線が私を捉える。

それから、少し照れたように、しかし確かに笑った。

私は何も言わず、ただ小さく、頷いた。

それだけで十分だった。


ロイが、静かにその場を後にし、私は再び庭園へ視線を戻した。

拍手は次第に落ち着き、祝宴へ向かう人々の足音がゆっくりと散っていく。


目が合った瞬間、あの子は小さく笑った。

幼い頃と変わらない、けれどもう私の手の中には戻らない笑顔だ。

「……行ってこい」

誰に言うでもなく呟く。

白い花弁が風に揺れ、娘の背中を押すように舞い落ちた。


その花弁が地面に触れるのを見届けてから、私は静かに背を向けた。



******



祝宴がひと段落し、人々の笑い声が少しずつ遠ざかっていく。

庭園の奥――白い花のアーチの陰に足を踏み入れた瞬間、私はようやく深く息をついた。

夜風が吹き抜け、私のヴェールがわずかに揺れる。


「……夢みたいだな」

私の肩に頭を預けて、隣に座るルカ様がぽつりと呟く。

私は彼の手を握ったまま、小さく笑った。

「夢じゃないです。ちゃんと現実」

「それがまだ、信じられない」

その言葉に、胸がじんと熱くなる。

私の幸せを願って、何度も距離を置こうとした人。

その手を離さなかったのは、私の我儘ではなく――私自身の選択だった。


「俺が、君の隣に立っていいのかって……」

言い終わる前に、私は立ち上がり、彼の前に回り込んだ。

両手でそっと頬を包む。

「いいんです」

迷いなんて、もうどこにもない。

「私が選んだんです。誰に何を言われても、後悔しません」

ルカ様の瞳が揺れる。

その揺らぎが、まっすぐ胸に届いた。

「……一生、守るって誓ったのに」

「ええ」

私はそっと指先に力を込める。

「これからは、守り合いましょう」

その言葉に、ルカ様がふっと笑った。

「それなら俺は、一生守られっぱなしだな」

「どうしてです?」

「君の方が、ずっと強い」

思わず息を呑んで、それから困ったように笑ってしまう。

「……あなたがいるからです」


夜空には、いつの間にか星が瞬き始めていた。

花の香りが風に乗り、静かな夜を満たしていく。


ルカ様は私を抱き寄せ、そっと唇を重ねた。

それは誓いというより、これから続く日々への自然な始まり。


寄り添ったまま、私はふと、遠い日の自分を思い出した。


――異世界転生っていうのは、主人公がハッピーエンドになるためのお話だと思っていた。


両手足を縛られ、口まで塞がれ、麻袋の中でバッドエンドを想像していたあの日。

あの時の私は、きっと今の私を信じられないだろう。


白い花の下で、あの時助けてくれた、前世から大好きだった人の隣に座っているなんて。

自分の意思で選んだ未来を、こんなにも穏やかに抱きしめているなんて。


「ステラ」

名前を呼ばれて顔を上げると、ルカ様が優しく笑っていた。

あの日から変わらない、私を見つめる鳶色の瞳。

胸の奥が、満たされていくように温かくなる。

私はその手を握り返した。

もう、二度と離さない。


暗闇の中で始まった私の物語は、ようやく一つの終わり(ハッピーエンド)にたどり着いた。

けれど――

終わりは、静かに形を変えていく。


夜空に流れた星の光が消えても、胸の奥に灯った温かさだけは、そっと残り続けていた。


これにて完結となります。

最後までお付き合いくださった皆様に、心より感謝申し上げます。

読んでいただき、本当にありがとうございました!

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