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無効化令嬢の恋と改革  作者: 鴨治玲


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魔法


そして、――私自身の力の話。


あの時、アンの傍にいた冒険者の一人がが魔法師で、ロイ・マクラウドと名乗ったらしい。

アンは言った。


「あの光、多分……浄化魔法だったと思います」


初めて発動した私の魔力は、きっと不安定だったはずだ。

それでも、アンが助かったのは、ロイ様がそっと肩に触れて支えてくれたからだと、私は思っている。

あの時の、あたたかい手の感触は今でも忘れられない。


そのロイ様から、父を通じて「魔法の修練をしないか」と申し出があった。

胸が高鳴るのを抑えきれず、私は迷わず答えた。


「やりたいです!」


こうして、初めての授業の日が決まった。



町はずれの静かな一角。

教えられた赤い屋根の家は、まるで絵本の中から抜け出したように佇んでいた。

左右対称の二階建てのレンガ造り。

外壁には蔦が絡まり、丁寧に手入れされた美しさが漂っている。

馬房には栗毛の馬が一頭、こちらをちらりと見て鼻を鳴らした。


ドアを開けて迎えてくれたのは――

長く赤い髪を一つに束ね、彫刻のように整った美しい男性。

私の魔法の師となるロイ・マクラウド様。


「こんにちは」


私はステラとして身に着けたカーテシーで挨拶した。

こういう時、前世の私ではなく“ステラ”としての記憶が役に立つ。


案内された居室には、見覚えのある顔が並んでいた。

あの日、私たちを助けてくれた冒険者たちだ。


ロイ様が順に紹介してくれる。


まず――

私を袋から抱き上げてくれた、、ダークブロンドの髪と鳶色の目が印象的なルカ・ヘイル様。

少年の面影を残しながら、どこか影を帯びているその顔は、派手さはないが目を離せない不思議な引力があった。


その隣には、レン・ヴィル様。

深い緑色の瞳は切れ長で、長いまつげが影を落としている。

瞳の色と対照的に明るい緑色の髪は肩にかかり、鋭い頬のラインに冷たさはなく、凛とした気品を漂わせていた。


二人は十八歳ぐらいに見える。


そして――

アンから聞いていた、後始末を一手に引き受けてくれた人物。

ハロルド・ダスティン様。

ロイ様と同い年、二十五歳だと聞いたが、落ち着いた大人の雰囲気をまとった人だ。

短い黒髪に、鋭く整った眉と眼差し。頬の骨格は力強く、引き締まった唇は沈黙が似合う形をしている。


その中でも、ロイ様の美しさは際立っていた。

高く通った鼻筋に、整った目元。陶器のようになめらかな頬のライン。

その顔は見る者を一瞬で惹きつける。

口調は女性的で一瞬戸惑うものの、背丈と体格、低い声が彼が男性であることを雄弁に物語っていた。


「皆様、先日は助けていただきありがとうございました。お礼が遅くなり申し訳ありません」


私が頭を下げると、レン様が軽い調子で笑った。


「いやいや。もう、父上殿からしっかりお礼はいただいているしな」


……さすが、お父様。ぬかりない。


勧められた長椅子に腰を下ろすと、足元を黒猫がすっと横切った。

そのタイミングで、ハロルド様が静かに部屋を出ていく。


ロイ様が私の隣に座り、改めて口を開いた。


「ステラ様、あなたが魔力を持っていると知ったのは、あの時が初めてですか?」


「はい」


「魔法はね、才能と訓練。この二つが揃わないと使いこなせないんです」


この国では魔力を持つ人は全人口の四割ほど。

遺伝することもあれば、私のように突然目覚めることもあるという。

しかも、魔力というのは修練しないとうまく発動させることもできない。


「魔法師として、あなたの才能を伸ばしたいと公爵に願い出ました。改めてお聞きします。

魔法の修練に励むお気持ちはおありでしょうか?」


「はい! よろしくお願いします、ロイ様」


私は深く頭を下げた。


「ステラ様は魔法についてどのくらいご存じ?」


「一般的な基礎学程度です。魔法を使うためには魔力が必要であり、魔力と精霊の力を借りて、魔法が使えます」


「その通り。ただ、それに当てはまらない魔法もある」


「浄化魔法ですか?」


ロイ様は首を振る。


「浄化魔法も精霊の力を借りるの。彼らの力を分けてもらって、浄化の力を高める」


この世界には、人が触れると最悪死に至ることもある、瘴気が漂っている。

瘴気は一部の魔獣から発せられ、魔獣の力が強ければ強いほど瘴気も強くなる。

その瘴気を浄化できるのが、浄化魔法だった。

その名の通り、人の体だけでなく、植物などあらゆるものを浄化することができる。


ここで疑問に思ったことを聞いてみる。


「回復魔法とは違うんですか?」


「そうね。確かに精霊の力を分けてもらうのは一緒なんだけど、回復魔法には瘴気を浄化する力はない。回復魔法にできることは対象者の生気を魔力によって上げることで、傷を回復させるだけ」


ロイ様は続ける。


「しかも、浄化魔法を使える人は多くないの。特殊な魔法のせいか、例えば今回のように、誰かを救おうとして初めて魔力が発動したってパターンも少なくない。そういった経験をしなければ、浄化魔法の能力に気づかずに一生を終える人もいるかもしれないわね」


「でも、浄化魔法がなくても、ポーションを使えばいいのでは?」


「そう。ポーションで代用できる。でもポーションにもランクがあるのは知っているわよね?」


頷くと、話が進む。


「深い傷や大量の瘴気を浴びた時はランクの高いポーションが必要になってくる。ランクの低いポーションは薬草だけで作ることができるんだけど、高いポーションには浄化魔法がかかっているの。その希少な力を使いこなすためには、なるべく早くからの訓練が必要ってわけ」


「そうなんですね。ロイ様は浄化魔法は使えないんですか?」


「こればっかりは持って生まれた才能ね。私は大抵の魔法は使いこなせるけど、浄化の能力は持てなかったわ」


ロイ様は少し残念そうな顔をした。


「じゃあ、当てはまらない魔法って?」


彼は少し間を置いて、もったいぶるように口を開いた。

そして、私が今まで聞いたことのない言葉を告げた。


「無効化の魔法」


「……無効化?」


「そう。精霊の力を借りず、己の魔力だけで発動する魔法。使える人は、浄化魔法よりさらに少ないわ」


その為、どういった効果の魔法が使えるか、まだまだ未知数なのだという。


そんな魔法があるなんて、知らなかった。

私は、自分がどれほど何も知らないかを痛感した。


ずっと気になっていたことを、思い切って聞く。


「……私、今からでも魔法を使えるようになりますか?」


貴族の子たちは12歳までの間に家庭教師をつけてあらゆることを学んでいる。

その中でも、早くから魔力の発動に気づいた子は、魔法の家庭教師をつけていた。

しかし、私自身も周りも、私が魔力保持者であることに気づいていなかったため魔法を学ぶ機会がなかった。


ロイ様はまっすぐ私を見て、はっきりと言った。


「大丈夫。使えるわ」


その言葉が、胸の奥に火をともす。

私は礼を述べ、そしてお願いをした。


「様付けで呼ぶのは、やめていただけませんか?」


「えっ」


ロイ様が目を瞬かせる。


「公爵は父の身分で、私はただの娘です。ロイ様は私の師なのですから、ステラと呼び捨てにしていただけませんか?」


実はこれ、使用人たちや家庭教師など周りの人たちにもお願いしたのだけど、誰一人として聞いてもらえなかった。


ロイ様は困ったようにアンを見る。

私の希望を知っているアンは、ロイ様の目を見て「お嬢様の言うとおりに」と頷いた。


ロイ様はその思いを困惑しながらも受け取ってくれた。


「……わかったわ、ステラ。――では、さっそく魔法を使ってみましょうか」


ちょっと準備するから待っててとロイ様は部屋を出ていく。


目の前のレン様は猫と戯れていた。

その隣に座るルカ様から視線を感じたので、そちらを振り向くと、逸らされてしまう。


見られている気がしたけど気のせい…?


戻ってきたロイ様が、テーブルに三十センチほどのクロスを広げた。


「じゃ、さっそく実践してみましょう」


深い紫のベルベットの上に、大小さまざまなガラス玉が静かに置かれている。


「見てて」


そう言うと、ガラス玉はロイ様の指の動きに合わせて、ひとりでに宙に浮かび左右に移動しながら回転した。

初めて目にする魔法の動きに、息をのんだ。

ガラス玉が浮かぶたび、胸の奥がふわりと震える。


これは、魔力の流れを掴む基礎的なものだという。


「私にできるかな…」


不安な気持ちを漏らすと、ロイ様は言った。


「大丈夫。すでに、あなたはその力を私たちに見せてくれたでしょう」


――でも、あの時は無我夢中だったから……。


私はガラス球を見つめ、動かそうとする。

……動かない。


「イメージよ。魔法はイメージが大事なの。球を動かすイメージを頭の中に浮かべてみて」


ロイ様にそう言われるも、球は動かず。

焦りが胸を締めつける。

部屋の空気も重くなっていく気がした、その時。


「……空気が重いから動かないんじゃない?」


ルカ様がぽつりと言った。


「ははっ!空気が重いってなんだよ、それ!」


レン様が吹き出し、ロイ様も私もつられて笑った。


緊張がほどけた瞬間――

ガラス玉がふわりと浮いた。


「あっ……!」


落とさないように指先に力を込めたけど、ガラス玉は静かにベルベットへ沈んだ。

ロイ様はガラス球を手にとって、そっと私の手のひらに戻す。


「最初は難しいけれど、あなたなら絶対できるわ」


笑って、余計な力が抜けたみたいだった。


……もしかして、ルカ様は気を使って冗談を言ってくれた?

ルカ様と目が合うと、今度はそらされなかった。

彼の控え目な唇が、笑みを浮かべる。


無意識にガラス球が手の中でぎゅっと握られる。


深呼吸して、もう一度。

ガラス球を見つめ、浮かせるイメージを強く描く。


――浮いて。

いや、違う。


――私が浮かせる。


ガラス玉は、ふわりと浮き上がり、私の手のひらへ戻ってきた。


もう一度。

今度はさっきより高く。


「まずは、これがいつでもできるように頑張っていきましょう」


ロイ様の言葉に、私は小さく頷いた。


まだ頼りないけれど――

確かに私の中で、魔法は息づいている。


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