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無効化令嬢の恋と改革  作者: 鴨治玲


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36.-王宮学院編-協議

ジェームズ様が卒業してからの私は、入学式の準備に試験、そして議員との協議に向けた打ち合わせと、慌ただしい日々を送っていた。

その忙しさのおかげで、余計なことを考えなくて済む――今の私には、それがむしろ救いだった。


試験が終わると同時に、新たな生徒会が発足する。

役員の顔ぶれは変わらないものの、新しい仲間が加わったことで、生徒会室にはどこか瑞々しい空気が満ちていた。

トレヴァー様を会長とする、新しい生徒会が静かに動き始めたのだ。


「来月に議員たちとの協議が正式に決まった」

その言葉に、皆の背筋が自然と伸びる。

卒業したジェームズ様が最後の最後まで手を貸して仕上げてくれた資料は、すでにほぼ完成している。


私は胸元のポケットに忍ばせた懐中時計と、燕のブローチにそっと触れた。

夜明けを告げる星と、春を運ぶ鳥。

二人の想いは私の心に並んで息づき、迷いを抱えたままでも前へ進めと囁いている。

その囁きは、学院を変える勇気となり、やがて国を動かす一歩へと私を導いていた。



協議が行われるのは学院中央の棟、最上階の円卓の間。

ステンドグラス越しの光が円卓に青い影を落とし、インクと古書の香りが学びの中心であることを示している。

円卓の周囲に、私たち生徒会、学院側教職員、そして議員たちが座っている。


最初に口を開いたのは、教務長のオルド先生だった。

「学院は貴族子弟の教育機関として三百年の歴史を持つ。平民を受け入れるとなれば、規律の格差、生活基盤の違い、寮費の問題……問題は山積みだ」

語尾まで固く、その視線は私たち生徒会側を値踏みするようだった。

ローレン副学院長が静かに続ける。

「ですが、魔法学や軍事学の分野では血統では測れない才能も多い。試験的に数名を受け入れる案は、学院にとっても有益です」

「問題は、その有益が誰にとってのものかだ」


冷たく言い切ったのは、――お父様、オトムスタ公爵だった。


私はわずかに背筋を正した。

お父様は私を見ることなく、ただ議員としての鋭さで言葉を続けた。


「平民の受け入れが王都全体に与える影響を、甘く見てはならぬ。貴族子弟との摩擦が起きた場合、責任はどこが負う?」

「もちろん、生徒会もその管理に務めます」

トレヴァー様が即座に応じたが、お父様は目もむけない。


「言葉で済むなら苦労はない。ステラ、君はどう考えている?」


突然名を呼ばれ、心臓が小さく跳ねた。

仲間の視線が背中を押す。


「学院の閉じた構造は、すでに限界を迎えつつあります。魔法研究も、行政機構も、現場は多様な人材を求めている。ならば学院こそが、その第一歩を示すべきだと考えます」

議員たちがわずかにざわめく。

「もちろん、無条件にとは申しません。厳格な試験と学院内での保護制度、貴族子弟への説明――準備すべきことは多い。ですが、“可能性の芽”と最初から閉ざすのは、王国の損失です」


お父様の視線が、初めて正面から私を捕らえた。

甘さはない。ただ、政治家としての評価だけが宿る。


「…言葉は立派だが、理念だけでは動かん。具体案はあるのか?」

ステラが返答に口を開いた瞬間、横からさらりと声が入った。


書記のマシューが書類を差し出す。

「こちらに、選抜基準案と費用試算があります。貴族子弟との生活格差を埋めるため、奨学生として受け入れ、衣服・教本・寮室の基本備品はこちらの基金で賄います」

「基金…?誰が出すのかね?」

財政担当のリデル侯爵が険しい眉を寄せる。

すると、会計で一年生のチャールズが静かに答えた。

「学院祭の収益金に加え、有志の寄付を募ります。すでに数名の貴族家から支持をいただいています」

入学したばかりの若さを感じさせながらも、ここまで懸命に準備を重ねてくれたことに、私は心から感謝した。


「ほう…」

議員側の空気がわずかに動いた。

トレヴァー会長が一歩踏み出し、はっきりと言った。

「―生徒会は、王宮学院が未来を閉ざす学院であってほしくありません。試験的に数名でも構いません。どうか、道を開くことをお認めください」


長い沈黙。

室内には、外の風の音だけが流れる。

静かに口を開いたのは、お父様だった。

「…条件付きであれば、検討に値する。選抜は―」

「待っていただきたい!」


椅子が大きく軋み、ワジウラック子爵は机に両手をついた。


「学院は貴族の社交場でもある。平民が入れば、夜会の相手選び、家門同士の交流、婚約の斡旋にも影響が出る。三百年続いた伝統が、たった数名のために揺らぐのだ!」


その言葉に、一部の議員が頷く。


反論の言葉が喉まで上がった瞬間、隣のサラ様がそっと私の腕に触れ、静かに押しとどめた。耳元で「まだ。まずは相手の懸念を整理しましょう」と囁く声が、落ち着きを取り戻させる。


子爵の隣で、リデル侯爵が冷静に口を開く。

「費用負担の問題が、まだ甘い。寮費、教本、用具…貴族子弟が当然のように持つ装備をすべて学院側で補うとなれば、予算はどうなる?」

彼は卓上の書類を叩く。

「“基金”とやらも不確定だ。寄付が毎年安定する保証などない。今は良い話に飛びついた有志が数名いたとしても―、制度化されれば、莫大な支出が恒常化するのだ」


今度は会計のチャールズが口を開きかけたが、トレヴァー会長が制するように軽く手を上げた。

反対意見を聞き切るのが、今は最優先だ。


その時、学院警護隊との連携を担当するセルマール伯爵が手を挙げた。


「教育の話だけではない。治安上の問題もある。平民出身者の中には、王都の事情を知らぬ者も多い。学院は貴族子弟が集まる場所ゆえ、外部勢力が接触しようとする危険が常にある。平民の受け入れは、そうした“隙”を増やす可能性があるのでは?」


ローレン副学院長が静かに息をのむ。

これは学院内でも常に議論になる、根深い問題だった。


「学院の安全は、貴族家の信頼に直結する。少しでも不安が増すようなら、軽々しく賭けるべきではない」

その言葉に、数人の議員が重々しく頷いた。


その時、感情をあらわにした声が響いた。

「そもそも平民は貴族に近づくべきではないのだ!」

再び口火を切ったのはワジウラック子爵だった。彼は選民思想を掲げる急先鋒として知られ、言葉には鋭い偏見が滲んでいた。

「貴族は国家運営の担い手。平民はその恩恵を受ける側。立場も役割も全く異なる!そんな者を学院に入れて、平民側が勘違いを起こしたらどうする!」


これが壁なのかと、胸が微かに疼く。


反対の声が重なるたび、室内の空気はさらに張り詰めていく。

ワジウラック子爵は伝統と家門の誇りをかざして身分制度そのものを叫ぶ。

リデル侯爵は数字を突きつけ、

セルマール伯爵は治安の不安を語る。


そのすべてが積み重なり、巨大な壁となって私たちの前に立ちはだかった。


アンスベル学院長は眉間に深い皺を刻み、ローレン副学院長はじっと生徒会の方を見つめる。

暗に「反論をどうするか?」と問うように。


円卓の中央に置かれた学院紋章が、蝋燭の揺らめきに照らされて影を落とす。


私は一度だけ深く息を吸い、胸元の懐中時計とブローチに手を重ねた。

口を開いた声音は、自分でも驚くほど澄んでいた。


「まず、ワジウラック子爵の仰る伝統についてですが―」

子爵は憮然と腕を組み、椅子にもたれたまま私を睨み据えていた。

それでも表情を崩さぬよう、静かに言葉を紡ぐ。

「伝統とは、過去を複写することではないと考えます。王国の歴史において、学院は常に必要に応じて姿を変えてきたはずです」

「何を根拠にそんな―」

「学院創設期は、魔法師の身分は今ほど確立しておらず、地方の出自の者を受け入れていたという記録があります。つまり“平民の受け入れ”こそが、かつての学院の姿なのです」


その瞬間、低いざわめきが起きた。


「伝統とは守られ続けた形ではなく、王国の発展に合わせて変化してきた歴史そのもの。私たちはその流れに、もう一度戻るだけです」

子爵は言い返しかけたが、根拠が歴史に基づく以上、否定が難しいと判断したのかわずかに口をつぐむ。


次にマシューが穏やかな声で資料を示す。

「リデル侯爵のご懸念、財政についてですが…こちらをご覧ください」

侯爵が書類を受け取り目を細める。

「平民受け入れに必要なのは“貴族と同水準の生活費”ではありません。最低限、学習に支障のない環境だけです。実費は――こちらの通り、想定の半分以下に抑えられます」

チャールズが会計として補足する。

「さらに、学院際収益金は、昨年度から生徒会が管理し、前年比で二割の増収を達成しました。基金の運用は安定しています」

リデル侯爵が眉を上げる。

「…二割も?どうやって?」

「価格管理の見直しと、出店の入れ替えです。人気のない企画をやめ、新たに魔法実演会を設置しました。王都の来客が増え、学院祭そのものが収益事業として成長しています」


それは明確な実績だった。

リデル侯爵の表情が、わずかに柔らいだ。


「…確かに数字は悪くない。恒常的な赤字になる懸念はあるが、…検討の余地はあるな」


反対の壁が、少しずつ沈んでいく。


セルマール伯爵は腕を組み、沈黙のまま考え込んでいた。

その静けさを破るように、サラ様が静かに手を挙げる。

「治安に関するご心配―、もっともです。ですが、それを理由に平民全体を拒むのは難しいのではないでしょうか」


伯爵の鋭い視線がサラ様に向けられる。

彼女は怯まず、落ち着いた声で続けた。


「学院警護隊は日々、外部からの脅威に備えておられます。ですが、“学院生”として認められた者が脅威となると考えるのは、少しばかり学院の選抜制度を軽視しているように思えます」

伯爵は顎をわずかに上げ、先を促す。

サラ様は一歩も引かず、言葉を重ねた。


「だからこそ、厳しい選抜試験を設けるのです。不審な者は最初の段階で落ちる。才能・人格・背景の調査、すべてに通った者のみが合格します」

まっすぐに伯爵を見据えるサラ様の瞳は揺るがない。

「むしろ無選抜の外部者より、学院が明確な責任を持って選んだ学生の方が安全です」

セルマール伯爵の眉がわずかに動いた。

「…なるほど。一理あるな」


サラ様が小さく会釈をした。

横目で彼女を見る。控え目なサラ様が、必要な時には鋭く立ってくれる―。

その頼もしさに、胸の奥が温かくなる。


最後に、トレヴァー会長が立ち上がった。

その姿は、生徒会の代表というより、学院の未来を背負う一人の青年だった。

「身分制度の維持についてですが―」

ワジウラック子爵が睨むように視線を寄こす。

「私たち生徒会は、平民を“貴族と同列に扱え”などとは言いません。立場の違いは確かにある。ですが、貴族が国家運営を担うなら―、国家にとって有益な才能を見逃してはならないはずです」


円卓に静寂が走る。


「もし、貴族が才能ある平民の芽を握りつぶすなら…それは結果的に、王国の力を削ぐ行為です」

会長は揺るぎなく言い切った。


ワジウラック子爵の口が開きかけたが、その前にお父様が低い声が響く。

「…的を射ているな」


わずかにお父様を見ると、その目はトレヴァー様の言葉を真正面から評価するものだった。


私は立ち上がり、仲間の顔を一人ひとり見渡す。

「学院は、王国の“未来”を育てる場です。ならば、選ぶべきは安定した今ではなく、未来に必要とされる選択肢だと私は考えます」

議員たちが静かに耳を傾ける。

「貴族子弟と平民――両者が互いを知り、互いの力を補える学びの場になれば、王国はより強く、より豊かになるでしょう」

その瞬間、仲間の眼差しが私に重なり、声なき支援が胸に満ちた。


「どうか、最初の一歩だけでも――許していただけませんか」


室内に長い沈黙が落ちた。


最初に声を発したのは、セルマール伯爵だった。

「…選抜を厳格にするなら、治安面の懸念は払拭できる」

続いてリデル侯爵。

「財政の見通しも、ここまで説明されるなら賛同できる」

ワジウラック子爵がため息をつき、手を挙げた。

「伝統の話は……認めたくはないが反論しづらい。試験的受け入れならば、異議はない」

最後に、お父様が静かに告げる。

「では、まず試験的に四名。年度中の行動・成績は定期的に議会へ報告。規律違反が出た場合は、制度そのものを再考する」


アンスベル学院長が深く頷いた。


「王宮学院は、これをもって“平民出身者の試験的受け入れ”を承認いたします」

私たち生徒会側に、静かで大きな安堵が広がる。


やっと―、扉が開いた。


トレヴァー様が小声で言う。

「ステラ、君の言葉が決定打だった」

「いいえ。皆様がいたからです」


室内に差し込む陽光が、新しい未来の始まりを告げるように円卓を照らしていた。


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