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無効化令嬢の恋と改革  作者: 鴨治玲


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31.-王宮学院編-返答を待つ間

学院の承認を得るため、生徒会は提言書を正式に提出した。

理念と現状分析、改善策、そして反対意見への回答を盛り込んだその文書は、厳しい審査を経て学院の印を押される。


数日後、学院の承認を得て提言書が王宮へ送られたその日から、空気は変わった。

重厚な封筒に学院の紋章が刻まれ、使者の手に渡る瞬間、胸の奥に冷たい緊張が走る。

承認は通過点に過ぎない。王宮の返答こそが未来を決めるのだ。


「ついに、王宮へ届くんですね」

小さく呟いた私に、ジェームズ様が静かに頷く。

「ここからは、待つしかない」


その声は落ち着いていたが、瞳の奥には緊張が宿っていた。私も同じだ。

未来を決める返答を待つ時間は、長く、重く、そしてどこか甘美であった。


季節は冬から春へ移ろう。陽射しは柔らかくなっても、心の影は晴れない。

生徒会室で書類を抱えながら、私はついぼやく。

「…まだ返事がこない。いつになったらくるの…」

「そんなに早く王宮からの回答なんて来ないわよ」とフレイヤが穏やかに返し、トビアスは苛立ったように書類で私の頭を叩いた。

その光景に笑い声が広がり、新しくサラ様の補佐になったラーク様がからかうように言う。

「ステラは公爵令嬢っぽくないね」

「そうですか?でもそれを言ったらラーク様だって」

「私はいいのよ。騎士団目指してるし」

ラーク様が笑みを浮かべる。その横顔には憧れの強さが滲んでいた。


王宮騎士団―

この国で名誉ある組織。戦乱のない時代にあっても、騎士を志す者の夢の象徴だ。

ラーク様の言葉を聞きながら、ふと胸の奥に別の影が差す。


―ルカ様は、騎士団に興味はないのだろうか。

ハロルド様の口ぶりだと、騎士団長に匹敵するほどの力を持つと聞いた。

もし、彼が騎士団に入れば、身分の差も少しは薄れるのかもしれない。

だが、それは私の勝手な願いだ。彼の歩む道を縛る権利はない。


指先が胸元のブローチに触れる。冷たい感触が、心の揺れを静かに映す。


「だ~か~ら~仕事しろって言ってるだろ!」

トビアスの声とともに、書類の束が頭に落ちてきた。

思いに沈んでいた私を、現実へと引き戻す音だった。



******



放課後、魔法科棟の一室。窓から差し込む夕日が床に長い影を落としていた。

私はいつものように修練を続けていたが、扉が開く音とともにジェームズ様が現れる。


「試験の勉強はしなくていいんですか?」

思わず問いかける。王宮直属の魔法師団の試験を控えたこの時期、五年生たちは皆、必死に勉強しているはずだ。


「息抜きだ。ま、試験なんて余裕だがね」

軽く笑うその声に、根拠のない自信ではない確かな力が滲んでいた。

彼の魔法に触れればわかる。学年トップの成績、ロイ様に匹敵するほどの魔力。


「それより、新しい魔法を試させてくれ」

彼が放った魔法は、私の無効化によってあっさりと消え去る。

「これも駄目か。なぁ、無効化は物理的な攻撃にも効くのか?」


私は無効化の壁を作り、剣を突きたててもらう。刃は抵抗なく通り抜け、寸前で止まった。

次に、剣に魔力を帯びさせると、今度は無効化に阻まれる。


「なるほど。魔力が加わると無効化されるのか」

彼の瞳が鋭く光る。


ダーウィン先生の助言で、私は改めて自分の力を検証する。

結界に無効化をかければ解放できる。

瘴気や魔力の炎の壁も消せる。一定範囲内の魔力を消すことで、魔法攻撃が届かない空間を作ることも可能だ。

魔力を帯びた剣や矢を、ただの鉄に戻すことはできるが、完全な防御にはならない。

ただ、防具に無力化を付与すれば、魔力を消す盾や鎧を作ることができる。


試すたびに、可能性が広がっていく。

緊張に縛られていた心が、少しずつ解きほぐされていくのを感じた。


「意外と汎用性があるな」

感心したようにジェームズ様が呟いた。


チャイムが修練の終わりを告げる。

張り詰めていた魔力が途切れ、ふっと力が抜けた瞬間、視界が揺らいだ。

「ステラ!」

倒れかけた身体を、ジェームズ様の腕が支える。


その手から、暖かな光が流れ込んでくるのを感じた。

驚いて彼を見上げる。

「…回復魔法?以前は効かなかったのに…」

私の問いに、ジェームズ様も不思議そうに眉を寄せる。


ダーウィン先生が静かに口を開いた。

「ステラが受け入れられるかどうかは、相手への信頼なのかもしれないわね」


言われてみればそうだ。ロイ様、フレイヤ、先生――そして今、ジェームズ様も―。


彼の顔に浮かんだ微笑みは、ただの自信ではなく、私の心を映すような優しさだった。

「ようやく信用に足りたってことか」

その言葉に胸が熱くなる。自分の想いを勝手に暴かれたようで、恥ずかしくてたまらない。


「寮まで送っていくよ。立てるか?抱っこしようか?」

「立てます!」

赤くなった顔を見られたくなくて、彼より先に教室を飛び出した。


廊下に出ると、背後から声が追いかけてくる。

「ステラ。待てって」

「嫌です!」

拒むと、彼は笑い声を漏らす。

「そんな風に嫌がられたのは初めてだ」

何がおかしいのか分からない。彼の笑いは、私の緊張をさらに揺さぶる。


次の瞬間、彼は前に回り込み、両手で私の頬を挟んだ。

「こうしてみると思ったよりミャーに似てないな…」

「もう!勝手に触らないで下さい」

「好きなら触れたくなるだろ?」

「いつまで私を猫扱いするんですか!」

肩をすくめて視線を外す彼。

その軽さに、心が妙にざわつく。


女子寮の前に着くと、彼は背を向けて歩き出した。

「じゃあまたな、ステラ」

夕暮れの光に溶ける背中を見送りながら、私は立ち尽くす。

胸の奥でざわめく感情が渦を巻き、歩き出す足を縫い留めていた。


その事をフレイヤに話すと、大きなため息をつかれた。

「意外と鈍いわよね、ステラって」

鈍いって?

「…ねぇ、あなたジェームズ様のこと、どう思っているの?」

「どうって…女たらしで、人のこと猫だの猪だの失礼な人だと思っているけど?」

「それだけ?」


問い詰められて、胸の奥に積もった感情が少しずつ形を取る。

「…意外と頼りになるし、優しいと思う。…私、すごい面倒見てもらっている…」

一年以上、修練に付き合ってくれた。

討論会も提言書の時も、たくさん助けてくれた。

思い返すほどに、借りが積み重なっている気がして、胸が落ち着かない。


「ねぇ、フレイヤ。この借りはどう返せばいいと思う?」

「ジェームズ様は借りだなんて思っていないと思うけど」

「でも、私はもやもやするのよ。何か、プレゼントとかで返せばいいかしら」

「そうね…」

フレイヤが同情めいた眼差しを向けていることなど知らず、私はただ、借りを返す方法を探していた。



それから―、修練の終わり頃になると、ジェームズ様は決まって顔を見せに来た。

新しい魔法を試すでもなく、ただ私をからかっては笑い、そして帰っていく。

最初は鬱陶しいと思ったけれど、今ではそれが彼の息抜きなのだと分かる。

――私をからかうことで緊張をほぐしているのなら、無下にはできない。


その日の修練が終わった後、いつものように二人並んで寮までの道を歩く。

校舎の中は魔道具のおかげで快適だが、外に出れば初夏の熱が残る空気に、少し汗ばんでくる。

夕暮れの光が石畳を照らし、影が長く伸びる。


ふと、私は口を開いた。

「ジェームズ様、何か欲しいものはありませんか?」

「何だ急に」

彼は少し驚いたように眉を上げる。

「欲しいものねぇ…」

何かあるようだが、口にするには躊躇っている様子だった。

「私、気づいたんです。ジェームズ様には大変お世話になっているなって」

「今更か」

「はい。今更ながら」


「気付くのが遅いな」と、彼は笑う。

その笑みはからかいではなく、どこか柔らかい。


「そうだな…」

彼が立ち止まり、こちらを振り返る。

私も歩みを止めて、彼を見つめ返す。

夕日を映したブラウンの瞳が揺れ、何かを言いかけているように見えた。


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