2.出会い
その時ー
外の気配が変わった気がした。
「なんだ、てめぇは!」
男たちの怒号が聞こえたと思った、すぐ後に
「がっ」「うぐっ」「がはっ」
うめき声が聞こえた。
何が起こっているの?
そう思った瞬間に床が動き出す。
この感覚は荷馬車!?
このまま、どこかへ連れ去られる!
ヒヒィーン
馬のいななきと共に馬車が大きく揺れる。
荷台が大きく揺れて、私の体が入った麻袋は衝撃で外に投げ出された。
身体が荷台から離れ、宙に浮く感覚。
地面に落ちる衝撃を覚悟する。
落ちたと思ったけど、思ったより痛くなかった。
というより、誰かが抱きとめてくれた感触。
袋の口が開かれる。
夕暮れ前のオレンジ色の空と、大きな鳶色の目が心配そうに私を見つめていた。
「大丈夫?」
助けられた…?
鳶色の目を持つ青年は、言葉が出ない私を袋から出して、両手足と口の拘束を解いてくれる。
周囲を見渡すと、盗賊たちは皆倒れていた。
まさか…この人が倒したの?
「おーい!」
後ろから声がした。
目の前の人と同い年くらいの緑色の髪が特徴的な人が現れた。彼の手には弓が握られている。
私を見て驚いた顔をした。
「人が入っていたのか。よく気が付いたな」
「声が聞こえたから」
「痛いとこないかい?お嬢さん」
助けてもらえた実感が徐々にわいてくる。
ちゃんと、声が届いた。
安心して、また涙があふれてくる。
「どうした?どっか痛いのか?」
ふるふると首を振る。
「助けてくれて、ありがとう」
お礼を言うと、2人は顔を見合わせてふっと笑った。
そこで、
泣いている場合じゃないことを思い出す。
大事な侍女がピンチだった。
「アンは!?」
泣くのをやめて顔をあげる。
「アンっていうのは、あそこのお姉さんか?」
指さす先に、倒れているアンが目に入った。
彼女の傍らに、赤い髪を後ろで束ねた、落ち着いた雰囲気の男の人が一人座っている。
そこに駆けつける。
アンの体にはマントがかけられていたが、ぐったりと力を失って地面に倒れていた。
「アン!しっかりして!」
アンの手を取ると、驚くほど冷たかった。青白い顔で微動だにしないその状態に、嫌な予感が頭によぎる。
「やだ!アン!起きて!ねぇアン!」
私がいくら呼び掛けても反応しない。
「落ち着いて、まだ息はあるから」
傍らに座っていた赤髪の男の人が声をかけてきた。
「彼女、持病とかあった?」
否定の首を振る。
色々と試みたそうだが、目を覚まさないという。
アンが気を失った理由…
…あ、
「何か、飲まされたかも!」
そういう会話を聞いたことを話す。
「これか?」
アンの傍に落ちていたガラス瓶を、青年の一人が拾い上げる。
「これ…」
彼らはお互いの顔を見やる。
何か心当たりがあるようだ。
それを見た赤毛の人は、毒消しのポーションなら効果があるかもしれないと、鞄の中、ローブの中を探るが、すぐにがっくりと肩を落とした。
「毒消しのポーションがない…」
その言葉に一気に目の前が暗くなる。
「そんな!」
嫌だ。こんな形でアンを失うなんて。
アンの手を強く握りしめる。
ー突然
そこに光が生まれた。
何、これ?
私が出しているの?
「この光...!お嬢さん、魔法が使えるの?」
魔法?使ったことがない。
私に魔力があることを知ったのも今が初めてだ。
そう言うと、赤毛の人が私の肩をつかむ。
「お嬢さん、そのまま手を握ってて。光を消さないよう気持ちを強く持って。できる?」
わけがわからないけど、アンが助かるかもしれないならと、頷いてぎゅっとアンの手を握る。
お願い!光よ、消えないで…!
アンを助けて!
少しずつ、アンの全身に光が纏う。
「そう。そのまま、頑張って」
つかまれた右肩からあたたかい熱を感じる。その熱が光をサポートしてくれているようだった。
すると、アンの体からぽつぽつと黒い靄のようなものが、浮かび上がっては消えていく。
それがだんだんと少なくなって、次第になくなっていく。
同時に光も消えていった。
アンの目がゆっくりと開かれる。
「アン!」
「…お嬢様」
はっきりと私を認めるアンの声。アンの瞳に私の姿が映ったのを見たところで、私の意識は途切れた。
目を覚ますと、いつもの部屋の天井が目に入る。
私の部屋だとぼんやり認識する。ベッドの横には、いつものメイド服姿のアンがそこにいた。
「お嬢様!目が覚めましたか」
ほっとしたようなアンの顔をみて、どこからが夢で、どこからが現実か、私の頭はまだ判断がつかなかった。
その後すぐにお医者様がきて、どこにも異常はないが魔力を使い果たしたようなので、ゆっくりと休むように言われた。
魔力?
あの光はやっぱり魔力だったのか。
私の中に魔力があるなんて、今までそんな兆候すらなかったのに。
ということは、襲われたのも夢ではなかったという事か。
あの後、どうなったのか、助けてくれた人たちは誰だったのか。
色々と聞きたかったが、とにかく今は眠い。
眠くて何も考えられず、私はまた深い眠りについた。
はっきりと目を覚ましたのは3日後のことだった。
目覚めたばかりとは思えないほどの旺盛な食欲で、朝食を平らげた。
これも魔力を使い切った影響なの?
お腹がいっぱいになって、落ち着いたところでアンはあの日のことを教えてくれた。
私たちは盗賊に襲われたが、たまたま近くを通りかかった冒険者の一団に助けられた。
盗賊たちは全員捉えられ、領内の兵士に渡された。
気を失っていた私と、アンは、冒険者の人たちに家まで送ってもらったそうだ。
このことは、すぐに王都にいる父に伝えられて、父は急ぎ領地に戻ってきた。激怒した父は、捕らえた盗賊たちを即死刑にと命じた。しかし多数の余罪を全て明らかにするため、即執行とはならなかったが、死刑は免れないだろうとのこと。
アン自身は、気を失っていたので、よく覚えていないと言った。
犯行は未遂だったとはいえ、その恐怖は計り知れない。
私に心配かけまいとして、いつも通りにふるまっているのかもしれない。
あの時、なにもできなかった自分が悔しかった。
そう思って俯く私の手に、アンはそっと自分の手を重ねる。
「お嬢様のおかげで、私は助かったんです」
顔を上げると、アンはあの時のことを話してくれた。
「あの時、私の意識は別のところにありました。寒くて、暗くて、心臓の鼓動が遠のいていくのがわかりました…。身体が冷たくなる中、右手から少しずつ氷が解けていくように、身体が温かくなっていったんです」
あの時のことを思い出したのか、アンの目に涙が浮かぶ。
「目を覚ますと、私の右手はお嬢様の手に握られていました。私はまた、お嬢様に救われたんです」
一粒の涙を流したアンを私は抱きしめた。
こんなことが、二度と起きないように。
起こさないように。
―公爵令嬢としての責務を果たす。
その覚悟が、私の中で静かに芽吹いた瞬間だった。




