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無効化令嬢の恋と改革  作者: 鴨治玲


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29/62

28.-王宮学院編-議題の火種

「ミャー、次から次へと問題を持ってくるのは俺への嫌がらせか?」

ジェームズ様の掌から、鋭い光の矢が立て続けに放たれる。空気が震え、床石に反響する音が耳を打つ。


「嫌がらせではありません。学内で起こった問題を解決するのは、生徒会の務めです」

私は冷静に答えながら、無効化の壁を展開する。淡い光の膜が矢を吸い込み、音もなく消し去った。

ジェームズ様は肩を落とし、机の端を指先で軽く叩いた。苛立ちを抑え込む仕草だ。


「…まったく、君が焚き付けなければ起こらない問題だったろう?」

「問題の芽は速やかに摘まなければいけません。遅かれ早かれ、こういった問題はでてきます。たまたまジェームズ様が生徒会長を務めている時に起こっただけです」

「詭弁だな」

彼の視線が鋭く突き刺さる。

「それに、ジェームズ様は言ったじゃありませんか。本気で向き合ってみるって」


「…あれは、そういう意味じゃないんだよ」

声は低く、机に落ちる影のように重い。


「ではどういう意味で?」

問いかけると、彼は黙って私の顔を見つめた。

沈黙が長く続き、やがて視線を逸らす。


「で?どうするつもりだ?」

「私としては思いっきり恥をかかせてやりたいところですが」

「さすがに恨みを買うぞ」

「ですよね。なので討論会を開こうかと」

ジェームズ様は遠い目をして、椅子の背に身を預けた。

「まためんどくさそうだな…」

その声には、苛立ちと同時に、どこか私を突き放せない迷いが混じっていた。


「ミャー、言い出しっぺの君が責任をもって取り仕切れ」

「もちろんです。企画も準備も、私が責任をもって進めます。進行は会長にお願いするとしても、運営は私が担います」


「あなたたち、ここは生徒会室じゃないのよ」

修練場に落ちたその声は冷静で厳しかったが、どこか温かい諦めを含んでいた。

私たちは、放課後の修練時間を使って、魔法を繰り出しながら議論していたのだ。

「とはいえ、二人とも会話しながらそれだけの魔法を繰り出せるのには感心するわ」

先生は半ば呆れ、半ば感心したように腕を組む。


ふと、思い出したように先生が封筒を差し出した。

「そうだわ、ステラ。これ、ロイからよ」

封を開くと、中には瘴気特定の礼としての手紙と燕をかたどった小さなブローチが入っていた。

手紙に書かれたブローチの送り主の名に、頬が緩むのを自分でも抑えられなかった。

「ロイって誰?」

ジェームズ様の問いに、思わず先生と声が重なった。

「私の甥よ」「私の師匠です」


「え!ロイ様って先生の甥だったんですか⁉」

驚く私に、先生は「知らなかったの?」と答えた。


「で、ミャーは師匠からの手紙になんでそんな嬉しそうな顔をするわけ?」

ジェームズ様の声は低く、わずかに棘を含んでいた。

机の端を再び指で叩く仕草が、彼の苛立ちを隠しきれていない。


「久しぶりのお手紙でしたので」

私は素直に答える。

「ふーん」

ジェームズ様の声は妙に低く、机の端を指で叩く音が耳に残った。

冷ややかな視線に、私は思わず首をかしげる。

どうしてそんな不満そうな顔をするのだろう。


チャイムの音が空気を切り裂き、重苦しい視線から私を解放した。

「今日はここまでね。お疲れ様、ステラ」

ダーウィン先生の声に、張り詰めていた空気がふっと緩む。

私は深く一礼し、封筒を胸に抱えたまま、教室を後にした。


寮の部屋に戻ると、いつものように侍女のアンが静かに控えていた。彼女は窓辺のカーテンを整えていたが、私が机に封筒を置くと、動きを止めてこちらに視線を向ける。


ブローチを取り出す。

金色のツバメが光を浴びてほのかに輝き、その瞳にあたる青い石が一瞬きらめいた。

手紙にルカ様の名が記された一文が私の心を温める。

久しぶりに触れた彼の欠片。

胸の奥がくすぐったく、笑みを抑えきれない。

アンは何も言わず、ただ穏やかな微笑を浮かべていた。その沈黙が、かえって私の頬のゆるみを際立たせる。

彼女は察しているのだろうけれど、口に出すことはなかった。


その温もりを抱えたまま、私は食堂へ向かう。

夕食のざわめきの中、サラ様の姿を見つけて声をかけた。彼女は少し驚いたように振り返り、私の隣に腰を下ろす。向かいにはフレイヤがいて、三人で他愛のない話を交わしながら食事を進めた。

やがて、皿が空になり、私は意を決して口を開いた。


「サラ様、私……討論会を開こうと思っているんです」

「討論会?」彼女の眉がわずかに動く。

「まさか全校生徒の前で?」

その声には戸惑いと恐れが混じっていた。

「はい。議題はもちろん、平民の王宮学院への入学です」

「あなたが立つの?」

私は首を横に振る

「いいえ。サラ様に立っていただきたいんです。―でも、私も一緒に壇上に立ちます」

彼女の瞳が揺れる。

「相手は…ミックを指名するの?」

その名を口にするだけで、彼女の声は微かに震えていた。


「そうです。サラ様が立つことに意味があります。でも、一人ではありません。私も隣に立って、支えます」

私は真剣に告げる。

「私…、ごめん、自信がない」

彼女の言葉は小さく、食堂のざわめきに溶けそうだった。

「ミック様は今、反平民の生徒を先導しています。彼に異を唱えられるのは、同じ学年の代表者であるサラ様だけ。でも、私が共に立つことで、あなたの声を後押しできます」

フレイヤが向かいから口を挟む。

「ステラが代わることはできないの?」

私は頷いて答える。

「学年代表は学年の総意を背負う立場。他学年の私が出ても説得力はないの。でも、共に立つことで“孤独ではない”と示せるわ」

再びサラ様へ向き直る。

「もしサラ様が声を上げなければ、ミック様の意見は三年生全体の意見として扱われてしまいます。だからこそ、あなたが立つ必要がある。でも、私は必ず隣にいます」


長い沈黙の後、サラ様は深く息を吸い込んだ。

「……わかった。私、討論会に立つわ。ミックを指名相手に。そして…ステラ、あなたと一緒に」


その声は震えていなかった。決意の響きがそこにはあった。

私は思わず彼女の手を取る。温もりを伝えるように、力を込めて握った。



討論会の提案が受け入れられたものの、日程決定までには数日を要した。

その間、サラ様は不安げに私を頼り、私は議題の流れをまとめて彼女と練習を重ねた。


翌朝、私は燕のブローチを制服の胸元に留める。

鏡に映る自分の姿に、思わず微笑んでしまう。

ジェームズ様は会議の準備を進めながらも、私の胸元に視線を落とし、すぐに逸らすことがあった。

その仕草の意味は分からない。ただ、彼が妙に不機嫌そうに見えたのは確かだった。


役員と補佐メンバーが集まった生徒会室の空気は重く、窓から差し込む冬の光さえ冷たく感じる。

「二週間後、討論会を行う。テーマは平民の王宮学院入学についてだ。提案者はサラ・ハッセー。相手は?」

会長の声が響く。

立ち上がったサラ様に、ミックは驚いたように目を見開いた。次の瞬間、怒りに染まった顔で彼女を睨みつける。

「ミック・ステュアート。あなたを指名します」

サラ様の声は澄んでいて、震えはなかった。


「私は平民の王宮学院入学に賛成の支持を取ります」

「お前…そんな態度、俺にとっていいと思ってんのか⁉」

椅子を倒して立ち上がったミックの声が室内を震わせる。

「ミック・ステュアート、今の発言は学院の規範及び生徒会規則違反にあたる。取り消せ」冷ややかなジェームズ様の声が、室内の緊張を鋭く制した。

「…すみません。取消します」

言葉とは裏腹に、ミックの顔は怒りに歪んでいた。椅子を乱暴に起こし、再び腰を下ろす。

「この件でサラ・ハッセーに脅しや危害を加えた場合、補佐の資格を剝奪する。納得できないことは、討論会で決着をつけろ」

「……はい」

不承不承の返事。補佐の地位は領主候補にとって誇りであり、失うわけにはいかないのだろう。

詳細日時が伝えられ、会議は解散となった。

肩を怒らせたミックは誰よりも早く部屋を出ていき、その後をもう一人の補佐が追う。


静けさが戻ると、サラ様は椅子に深く座り直し、息を吐いた。

「…緊張した。でも本番はこれからね」

私は隣で頷く。

「準備は任せてください。議題の流れもまとめますし、壇上では一緒に声を合わせます」

ジェームズ様が腕を組み、私を見やった。

「ミャーが仕切るのか。暴走しないでくれよ?」

「暴走なんてしません。サラ様と一緒に進めるんですから」

「君はすぐ猪のように突っ走るからな。サラに迷惑をかけるなよ」

声は妙に低く、机を指で軽く叩く仕草が苛立ちを隠しきれていない。

彼の顔に浮かぶ影の意味を、私には理解できずにいた。

「誰が猪ですか!」

思わず声を荒げると、サラ様がくすくすと笑った。


緊張の中に柔らかな空気が生まれる。

その笑顔に免じて、今だけはジェームズ様の失礼を許してあげようと思った。


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