27.-王宮学院編-新たな生徒会
二年に進級し、校舎の空気は少しだけ大人びた。
見慣れた顔ぶれが生徒会室に並ぶのは昨年と変わらないが、そこに新たな一年生が加わったことで、場の空気は微かに揺れ動いていた。
今年度の新入生トップはマシュー・ヨーク。まだ幼さを残す顔立ちなのに、緊張の影はなく、堂々とした態度で自己紹介を終える。その姿は、生徒会に新しい風を吹き込むようだった。
彼に会計の仕事を引き継ぎ、私は新たに書記を務めることとなる。
議事録の作成や提出資料の整備など、これまでとは違う業務に翻弄される日々が始まった。
やがて始まる、決議の時間。
意見書の審議がすべて終わった後、私は手を挙げる。新たに生徒会長になったジェームズ様が苦笑する。
「ミャーの言いたいことはわかっているが、一応聞こうか?」
「平民の王立学院入学についてです!」
この言葉に一年生以外のメンバーは「またか」といった顔をする。
「なんですか、それは?」
マシューが問い返す。私は王立学院に平民を受け入れることの意義を説明した。
「面白いかもしれませんが、反発や秩序の乱れが起こるとは思いませんか」
さすがに学年トップ、簡単には納得しない。
「確かに混乱はあるでしょう。でもすべての民に門戸を開く姿勢こそが学院、ひいては王政の正当性を高めると私は思っているの」
議論は熱を帯びる。ジェームズ様は意外にも賛成を表明し、トレヴァー様も続いた。だが、サラ様は言葉を詰まらせ、背後の補佐―ミック・ステュアート―が舌打ちをした。
その音は小さなものだったが、まるで刃のように鋭く彼女の背中を突き刺す。冷たい視線が影のように覆いかぶさり、サラ様の肩がわずかに震える。
いつも彼女の背後から影のように圧力をかけるその姿を、私は以前から見逃していない。
結局、彼女の小さな声が反対を告げる。
「じゃあ、僕が賛成でも通りませんね」
マシューが淡々と結論を述べて、提案はまたもや否決された。
あと一歩だったのに―。
ため息をつきながらも、私は気づく。サラ様さえ説得できれば、道は開けるのだ。
席を立った彼女の背を追おうとしたが、既に生徒会室の扉は静かに閉じていた。
「ジェームズ様、こういうの、面倒だったんじゃないですか?」
片づけの手を止めて問いかけると、彼は肩をすくめて笑った。
「面倒かどうかはさておき…ミャーが真剣に言うことなら、聞いてみる価値はあると思ったんだ」
軽い調子の言葉なのに、その視線は妙に柔らかく、私の手元に落ちた紙束よりも長く私を見ている。
「でも、理由がよくわかりません。ジェームズ様には信条とかないんですか?」
私が食い下がると、彼は少しだけ目を細めて、からかうように唇をゆがめた。
「おや、反抗的だな。ミャーはこの提案を通したいんじゃないのか?」
挑発めいた言葉に、私は返す言葉を失う。
「っはは。冗談だよ」
子どものように笑ったかと思うと、ふいに真剣な眼差しを向けてきた。
「ちょっと、本気で向き合ってみようと思ってね。生徒会長としても…それに、個人的にも」
最後の一言は曖昧に濁されたが、彼の声音には微かな熱が宿っていた。
私はその含みを受け取ることなく、ただ頷いた。
「では、これから先も本気で向き合ってくださいね」
「もちろんだ。覚悟してろよ、ミャー」
何の覚悟が必要なのかわからない。けれど、私にはもう一つの目標ができた。
サラ様を説得する。
私はその決意を胸に、生徒会室を後にした。
閉じられた扉の向こうに、まだ彼の視線が残っているような気がしたが、振り返ることはなかった。
「サラ様!」
廊下の端で、彼女の後ろ姿を見つけ、声をかける。だが、彼女は振り返らずに走り去った。
「待ってください!」
必死に追いかけ、夕日が差し込む校舎の窓を横切る。影が長く伸び、二人の足跡だけが響く。とうとう、校舎の端で彼女を追い詰めた。
「もう、逃げられませんよ」
荒い息のまま口にした言葉は、まるで悪役の台詞のようだった。
怯えた目で見上げる彼女を前に、胸が痛む。
「反対の理由教えていただけませんか?」
問いかけると、彼女は視線を逸らし、唇を嚙んだ。
「サラ様、本当は賛成してくださるのでは?」
私の言葉に、彼女の瞳が一瞬だけ揺れる。だが、すぐに首を横に振った。
「…以前から思っていたのですが、なぜ試験で一番を取るのですか?」
問いかけると、彼女は驚いたように顔を上げる。
「点数を落とすことは簡単でしょう。ミック様の機嫌を取るなら、一位を譲ればいいはずです」
沈黙。だが、その沈黙こそが答えだった。
彼女の中に譲れないものがある。
その強さを、私は彼女の瞳の奥に見た。
「サラ様の立場は理解しています。でもここは学院です。平等こそが理念です」
私の言葉に、サラ様は顔をあげ、強い調子で返した。
「…そんなの建前よ!あなたみたいな公爵令嬢にはわからないの。立場が高ければ守られる、でも私たちみたいな下位の家は、一度でも逆らえばすぐに潰されるのよ!」
その声には震えと怒りが混じり、胸の奥に積もった不満が溢れ出ていた。
「でも、今ここで訴えなければ、サラ様は卒業するまでずっとミック様の言いなりです」
私も一歩も引かずに言い返す。
「しょうがないじゃない…!家を守るためよ。私が犠牲になれば済むなら、それでいいの」
サラ様の声はかすれ、必死に自分を納得させようとしているようだった。
私は息を呑む。
高位貴族としての私には「守られる側」の感覚がある。だが彼女は「守るために屈する側」なのだ。
その立場の差が、言葉の一つ一つに鋭い棘を生んでいた。
「…サラ様、あなたの気持ちはわかります。私だって家の名を背負っている。だからこそ、立場に縛られる苦しさも知っているつもりです」
私の言葉に、彼女は驚いたように目を見開いた。
その瞳には、信じられないという色と、わずかな期待が入り混じっていた。
「あなたが…私の気持ちをわかるなんて」
サラ様の声は震えていた。
「わかります。あなたの言葉で改めて思い知らされました」
そう告げると、彼女は唇を噛み、視線を逸らした。
「…本当は、賛成したいの。でも、ミックは平民を見下していて、絶対に賛成するなって…もし逆らったら、家がどうなるか…」
次第に声が震え、泣き声が混じる。
やはり、彼女の心は私と同じ方向を向いている。だが、ミックの影がそれを押し潰している。
ミック・ステュアートは常に、「平民など教育する価値もない」「秩序が乱れる」と公言し、反対派を煽っている。
その言動、そしてサラ様への圧力は、学院の規範から大きくはみ出ていることに―
―彼自身は気づいているのだろうか?
学院には五つの規範がある。
その中でも―平等、自由、そして秩序。
これこそが学院の理念であり、私の拠り所だった。
「サラ様、ミック様の言葉は学院の規範に背いています。平等を否定し、自由を奪い、秩序を乱している」
彼女は小さく肩を震わせ、視線を落とす。
「でも…家がどうなるか、怖いの」
その言葉には怒りよりも、深い恐怖が滲んでいた。
私は一歩近づき、静かに言葉を重ねる。
「怖いのは当然です。でも、ここは学院。平等と自由を守る場です。あなたが声をあげれば、規範が必ず味方してくれます」
彼女の瞳が揺れ、涙が光を帯びる。
「…本当に、私を守ってくれるの?」
「ええ。私だけじゃありません。学院そのものが、あなたの味方です。だから一緒に立ち上がりましょう」
私は手を差し出した。
しばしの沈黙。
やがて、彼女はその手を見つめ、迷いを振り切るように強く握り返した。
その温もりは、ただの同意ではなく―どこか心を寄せ合う気配を含んでいた。
震えはまだ完全に消えていない。
けれど、その手の力は確かに未来へ進もうとする意志を宿していた。




