24.-王宮学院編-賑やかな支え
魔法科のある西棟へ向かう途中、背後から声が飛んできた。
「ミャー、迷子か?」
振り返ると、副会長のジェームズ様が、珍しく女生徒を連れずに一人で立っていた。
彼は実家で飼っている猫の名を私につけて呼ぶ。
うるさいところが似ていると言って、いつからか“ミャー”と呼び続けているのだ。
「ミャーって呼ばないでください。それに迷子じゃありません」
何度言っても聞き入れてくれない。彼は肩をすくめて笑い、当然のように後ろをついてくる。
「一年が魔法科に何の用?どこへ行くんだ?」
「…ダーウィン先生にご用があるんです」
「ふーん」
軽い調子で返事をしながら、足取りを合わせてくる。
「…なんでついてくるんですか」
「暇だから?」
「女生徒が待っているんじゃないんですか」
「予定がなくなっちゃって」
「だからって、私はあなたの遊び相手じゃありません!」
言い合いの声が廊下に響いたところで目の前の扉が開いた。
「騒がしいですよ」
ダーウィン先生が姿を現す。私の後ろにいるジェームズ様を見て、ため息交じりに「なぜあなたがいるのか」と問うと、彼は屈託のない笑みで「興味があって」と答えた。
「で、一年坊がダーウィン先生相手に何をするんですか?」
興味津々といった様子で、私より先に教室へ入っていく。
「ステラ、どうしますか?」
先生に問われ、私は一瞬だけ迷った。彼を帰すか、このままにするか。
だが、力を隠すつもりはない。
―魔法は、誰かを救うためにある。
平民も、貴族も、誰であっても。
その理想を胸に抱く以上、誰が近くにいても魔法を繰り出せるようでなければならない。
そう思って、先生に伝える。
「構いません。ジェームズ様がいても」
先生は小さくため息をついて、「とはいえ、ジェームズ。あまり他言しないように」と注意をした。
「はい」答えたジェームズ様は、隠し事を見つけた子供のように、唇の端をあげていた。
「これ、瘴気ですよね?」
壁一面に並んだ瓶を、ジェームズ様は物珍しそうに眺めていた。
私たちは彼を放っておき、ダーウィン先生から渡された瓶の瘴気に無効化の魔法をかけていく。
瘴気は霧散し、静かに消えていった。
よし。
ジェームズ様という雑音がいても、集中を乱されずに無効化をこなせるようになってきたことに自信を持つ。
「…ミャー、何それ?浄化?」
驚いた様子で隣に腰を下ろす彼に、先生が答える。
「これは無効化の魔法です。その特性上、瘴気の特定も兼ねて修練しているの」
「え、どういうこと?」
「魔石に刻まれている文字と同じ文字が瘴気にも見えるので、どの魔獣から発せられたものか特定できるんです」
私が説明すると、彼は目を見開いた。
「無効化に瘴気の特定?なんでそんなことできるんだ?」
いつも余裕のある彼が混乱している姿は少しおもしろい。
「彼女の特性よ。私にも、この国のトップクラスの魔法使いにもできない」
先生が代わりに答えると、ジェームズ様は唇を吊り上げた。
「すごい!じゃあさ、これ消せる?」
そう言って彼が放ったのは――小さな雷球だった。
規模は小さいが、屋内で放てば十分危険な魔法だ。
「危ないです!」
反射的に無効化をかける。詠唱なしで魔法が消え、雷球は跡形もなく消えた。
「マジかよ。しかも詠唱なし。ミャー、すごい奴だったんだな!」
こちらの注意を無視してはしゃぐ彼に、ダーウィン先生の怒りが爆発する。
「ジェームズ・ディクソン!許可なく屋内で危険魔法を使った罰を与えます!」
先生の声は震えていた。
「反省文を提出の上、一週間の魔法科図書室の整理を命じます。さらに今すぐここから出ていきなさい!」
ジェームズ様は弁明する間もなく、教室から追い出された。
それからというもの―。
魔法科に行く日には、ジェームズ様がわざわざ教室まで迎えに来るようになってしまった。
女生徒たちの黄色い声に囲まれながらも、彼は笑顔を振りまき、私が逃げ出す隙を見計らって後ろにぴたりとついてくる。
「いちいち、来ないでください」
「ミャーを待ってたら女の子たちに捕まっちゃうんだよ」
「一生捕まってればいいじゃないんですか」
「冷たいな。そんなこと言うのミャーぐらいだよ」
口では軽口を叩きながらも、彼は楽しそうにしている。理解不能だ。
ダーウィン先生からは条件付きで同席を許されていた。
危険魔法を使わないこと。
私の邪魔をしないこと。
必要があれば協力すること。
ジェームズ様は「図書室整理の罰を受けているから、ついでに役立ちたい」と言い張った。
実際、彼が図書室で見つけてきた古い魔法書の断片は、無効化の修練に役立つこともあった。
埃まみれの書物を抱えて現れ、「これ、瘴気の記録じゃない?」と差し出す姿は罰を受けている人間とは思えない。
私は呆れながらも、その資料が役立つことを認めざるを得なかった。
学年トップの成績は伊達ではなく、彼はロイ様のようにあらゆる魔法を使いこなす。
火、水、土、風―それらを応用したどの魔法でも、私は無効化を試すことができた。
彼は自分の魔法が消されるたびに「面白い!」と笑い、実験体のような扱いをむしろ楽しんでいた。
「いいなー無効化。僕も欲しかったよ」
「そのかわり、他の魔法は一切使えませんよ?」
「でもどんな魔法でも消せる」
端正な顔に悪い笑みが浮かぶ。
その顔を見たダーウィン先生が冷ややかに言った。
「だから貴方に無効化の魔法がないのよ」
先生の皮肉に、ジェームズ様は肩を揺らして楽しげに笑った。
しかしまた、ジェームズ様は教えることにも長けていた。
『魔法の付与』
私はこれが苦手だった。
無効化の効果を道具に宿すはずが、思う様に力が定着しない。
盾も剣も、ただの器のまま。何度試しても失敗ばかりで、焦りが募る。
そんな私を見て、ジェームズ様は珍しく真剣な声を出した。
「ミャー、ただ“消す”ことを考えているからだ。瘴気を無効化する時、君は元の姿を思い描いているだろ?それは“戻す”力だ。付与も同じで、ただ魔力を押し込むんじゃなくて、その道具が誰を守り、何を救うかを具体的に思い描け。盾なら仲間を庇う姿、剣なら誰かを守る一撃。その未来を想像して魔力を流し込むんだ」
彼の言葉に胸の奥が熱くなる。
―無効化は命を救う。ならば付与もまた、命を守るための力になる。
私は深呼吸して、目の前の盾に手を置いた。
「この盾が、瘴気から誰かを守る未来を」
そう願いを込めて詠唱する。
「沈黙の星よ、語られし力を封じよ。 眠れる月よ、偽りの輝きを覆い隠せ。忘却の風よ、器に宿る記憶をさらえ」
手に宿る魔力の熱がいつもと違う。
盾が光に包まれ、一瞬大きく輝いた。
できた…?
試しにジェームズ様が火魔法を放つ。
炎は盾に吸い込まれるように消え、傷一つ残らない。
成功だ。
「ありがとうございます!初めてうまくいきました!」
喜びに声が弾む。
「また俺の意外な才能が発揮されてしまったね。学院に残るのもありかな?」
と笑うジェームズ様に、先生は冗談めかして肩をすくめた。
「でも、あなたは生徒に手を出して追放される未来しか見えませんね」
ジェームズ様は肩を揺らし、悪びれもせず笑い声を響かせた。
――その笑い声の外で、女生徒たちの視線が静かに交わされていた。
羨望と嫉妬の入り混じった気配に、私はまだ気づいていなかった。




